「 雨隠の館 」 第 十三 話 |
「かずはーっ!!」 薄暗い邸の中をペンライト片手に駆け回りながら、時々足を止めて叫ぶ。 物音一つしない広い邸は、まるで吸音材でも張っとるみたいにオレの声も足音も吸い込んで、木霊すら返ってこない。 「ったく、どんだけ人形集めれば気ぃ済むんや」 部屋ん中に廊下に階段。 ありとあらゆる所にいる人形。 立っとるんもおれば、座っとるんもおる。 中には長椅子に寝そべっとる人形もおった。 人形なん興味のないオレには、高級そうやとは思ってもそれがどれくらいの価値のあるモンかはわからん。 せやけど、幾つもの人形を見比べてわかった事もある。 顔立ちや衣装の違う何十体もの人形。 その中に、妙に精巧な造りをしとる人形が幾つかある。 殆どの人形がつるつるの肌しとるのにうっすらと産毛が生えとったり、袖やハンカチや扇で隠された掌に細かい皺があったり、本来計算されたバランスで造られとるハズの目鼻立ちが微妙に左右で違っとったり。 一言で表すなら、あまりにも『人間くさい』人形。 多分、これがあのオンナの言っとった『人形』や。 「こんなとこにも2体あったんか」 3階の左側の、他のどの部屋よりも広くて豪華な部屋。 さっき和葉捜した時には気づかんかったが、ヨーロッパ風のアンティークなクローゼットの横の大きな姿見の向こうに、もう1部屋あった。 鏡をドアにした、ヒラヒラしたレトロなドレスやらリボンや羽の飾りのついた大きな帽子やら着物が入っとるんやろう桐の箪笥やらが並んだ衣裳部屋。 その華やかな服の奥、互いに向き合うようにして肘掛のついた椅子に座っとる人形。 1体は、昨日和葉が着とった服によう似たフリルやらレースやらで埋まっとるようなレトロなドレスの、栗色のくるくるとした巻き毛の人形。 もう1体は、年代モンの恐らくは西陣織やろう重厚でいて華やかな振袖を着た、背中まである真っ直ぐな黒髪の市松人形。 1階の階段の影に1体。 1階から2階へ上がる階段の踊り場の左右に1体ずつ。 2階の左側の奥の部屋と右側の2つの部屋に、それぞれ1体ずつ。 3階への階段を上りきった廊下に2体。 そして、この部屋に2体。 これで、見つけた特別な人形は10体。 残りの3体は、多分右側の部屋のどこかにあるハズや。 あのオンナのセリフから拾ったヒントは『13体の人形』。 それが何を意味しとるんか、まだわからん。 人形自体に意味があるんか、それとも人形のおる場所に意味があるんか。 どちらにしろ、残りの人形を見つけてから考えるべきやろう。 市松人形に引っ掛かるモンはあるが、まだ見つけとらん人形にどんなヒントがあるかわからんうちはそっちの捜索を優先した方がええ。 ペンライトの小さな光しかないが一応人形の奥にはもう壁しかない事を確認して、その部屋を後にした。 「これで全部やな……」 3階の右側、奥から2番目の部屋には、まるでパーティーでもしとるみたいに何体もの人形が思い思いの格好で並んどった。 その中心で、ティーカップの載った丸いテーブルを囲むように椅子に座っとる3体の人形が、オレが捜しとった『特別な人形』に間違いない。 「これでええか」 何も入れた様子のないうっすらと埃を被った空のティーカップを端に寄せて、サバイバルキットからマジックを取り出した。 軽く埃を払った白いテーブルクロスをメモ帳代わりに、この邸の見取り図と人形の位置を書き込む。 サバイバルキットん中の小さなメモ帳はこんな時には使い辛いし、荷物ん中には使い慣れた手帳もあるが取りに行く時間が惜しい。 向こうが勝手な事しとるんやから、コッチも勝手にやらせて貰う。 『 面白い事をしておるの 』 不意に、背後からオンナの声がした。 反射的に振り向いても、やっぱり姿はない。 ただ、冷たい熱を持った存在感だけがあった。 『 この邸の図か。確かに迷うような造りではないが、 細かい所までよう覚えておるの 』 「煩いわ!黙っとれ!!」 『 そう邪険にせずともよかろう? 』 「……和葉はどこや?」 『 そちが鬼じゃ。隠れておる娘を捜すのは鬼の役目であろう? 』 「和葉はどこやて訊いとるんじゃ!!」 楽しげなオンナの声が、オレの神経を逆撫でする。 一気に頭に血が上って噛み付くように叫んだオレに、オンナは心底楽しそうな嗤い声を上げた。 『 娘はすぐ傍に隠れておるわ。もうそちにも見えたであろう? 』 ひとしきり笑ったオンナが、笑み含んだ声で続ける。 『 さ、早う見つけてやるがよい。時はそう残っておらぬぞ? 』 オンナのセリフに、ポケットから携帯を引っ張り出す。 時計は、もうすぐ10時半になるところやった。 『 そちらのおかげで、退屈の虫も大分消えた。 されどまだまだ足りぬ。 長の退屈を忘れるまで、我を楽しませてくりゃれ 』 神経に触る嗤い声を残して、オンナの気配が消えた。 気持ちを切り替えるように強く頭を振って、深呼吸する。 「……置いとる場所に法則性はなし。ドレス着とるんも振袖着とるんも、顔立ちは日本人で見た目には同じくらいの年頃のオンナや言う事以外に共通点はなし。着とるモンから察するに、造られた年代には結構なバラつきがある」 自分を落ち着けるために、1つ1つ声に出して確認する。 オンナの挑発に乗って苛立った気持ちのまま闇雲に動いたら、和葉は絶対に見つからん。 わかっとっても、追い立てられるような焦燥感に考える事を放棄して走り出したなる。 「どこにおるんや、和葉ぁっ!!」 怒りと不安と焦り。 自分の内に鬱積したやり場の無い感情を叩きつけるように、テーブルに拳を振り下ろす。 ごんっという鈍い音と衝撃に、端に寄せておいたティーカップが床に落ちて砕け散った。 おさまらない感情のままに、今度はテーブルクロスを乱暴に払い落とす。 思いっきり振り払った腕が黒髪のおかっぱの人形に当たって、座っとった椅子ごと床に倒れた。 椅子が倒れる重い音に我に返って荒い息を整えながら人形に目をやったオレは、そこにあった光景にすうっと血の気が引くのがわかった。 椅子から半ば投げ出されるように、床に倒れた人形。 すとんとした長いワンピースから覗く手足も、乱れた髪の間から見える顔も、割れたカップの欠片で切り裂かれている。 その裂け目から覗いてる、人形の土台部分。 「……人形…やんなぁ……?」 確認するために人形の傍にしゃがみ込んで、乱れた髪を払ってサバイバルナイフで頬の裂け目を少しだけ広げる。 そこにあったものに、思わず息を飲み込んだ。 アンティークな人形の中がどうなっとるんかオレは知らんが、こんな土台になっとるハズがない事だけはわかる。 頬の裂け目から見えた、特別な人形の土台。 それは、人間の頭蓋骨やった。 |