「 雨隠の館 」  第 十五 話
「骨……?」

目の前の光景に、一瞬和葉の事を忘れた。

「まさか……」

倒れた人形の手足についた裂け目にナイフを入れて、少し広げてみる。
剥製とは違って中に何も詰めモンのされとらん人形が、どうやって形を保っとるんかはわからん。
せやけど、そこには紛れも無い『人間の骨』があった。

「人間……なんか?」

あまりにも人間くさい、『特別な』人形。
それは『人間に近づけて造った人形』やなくて、『人間を人形にした』いう事なんか?

「……そんなん、あるワケないやろ」

その考えを否定したくて言葉にしてみたが、声が震えとるんが自分でもわかった。
今までいろんな事件にかかわって凄惨な現場も幾つも見てきたのに、凍りついたように身体が動かせない。
鉛を飲み込んだみたいに胃が重くて、吐き気がしてくる。
それくらい、異質な恐怖を覚えた。

「和葉……和葉捜さな…」

強張った指を何とか動かして、サバイバルナイフをポケットに突っ込む。
力の入らん膝を叱咤して立ち上がろうとした時、しゅるっという衣擦れの音、それこそ普段なら聞き逃してまうやろう小さな音がした。
どくんっと心臓が跳ねる。
オレの目の前で、いきなり人形がその形を崩し始めた。

髪と肌が乾いた膜を剥すようにパラパラと落ちて、骨が白い砂みたいにサラサラと崩れる。
まるで今日下ろしたばかりみたいに綺麗やったワンピースも、埃に薄汚れてあちこち痛んどる。
唯一、ガラスの瞳だけが綺麗なままで、塵の中から虚ろに宙を見上げとった。

『   愛い人形じゃったに、壊れてしもうたの   』

呆然とその様子を見とったオレの後ろから突然響いたオンナの声に、はっと我に返った。

「……人形やと?」
『   そうじゃ 
    それはまだ百年とは経っておらぬ新しいものじゃが 我の可愛い人形ぞ
   』
「これが『人形』や言うんか?」
『   そう言うておろう  この邸には人間共が我に貢いだ何十という人形もおるが 
     やはり我が手ずから造った13の人形は格別に可愛い
     ああ 1つ壊れてしもうたから12じゃったな  
     何  それもまたすぐ13に戻るじゃろう
  
 』

オンナが嗤う。
良く通るその声は、蛇が這い上がるようにオレにねっとりと纏わりつきながら部屋に広がった。

『   そうじゃ、そちに1つ言うておく
     もう我の可愛い人形を壊すでないぞ  
     次に壊したなら そこで終わりじゃ  
 』
「和葉はどこや!?」
『   これは鬼が娘を捜す遊びゆえ 見つけるのはそちの役目じゃ 
     それとも 娘を諦めたのかえ   

「誰が諦めるかっ!!」
『   ならば 捜してやるがよい 
     ほれ こうしているうちにも時は過ぎるぞ   


オンナの声に促されるように、ポケットから携帯を引っ張り出す。
デジタルの時計は、既に11時を過ぎとった。

『   刻限を過ぎたなら 娘は我が手ずから人形にしてやろう 
     その暁にはそちにも見せてやろうほどに 楽しみにしておるがよい   


楽しげなオンナの嗤い声を背に、部屋を飛び出す。
どこから捜すかなん、決めとらん。
ただオンナの声から逃れるために、階段を駆け下りた。

「かずはーっ!!」

ワケのわからんモン全てを振り払うように、ハラの底から叫ぶ。
返事なんないんはわかっとるけど、それでも何度か繰り返し叫んだ。

「……どこにおるんや」

上がった息を深呼吸を繰り返して無理やり落ち着けて、頬を流れる汗を拭う。
吐き気がする程の嫌悪感や身体が冷えるような恐怖を何とか押さえ込めたんか、幾分冷静さを取り戻せた。

人形のおる位置には、特に意味を見出せんかった。
という事は人形自身に意味があるハズやけど、さっきの人形は関係なかった。
和葉が隠れとるのに関係しとる人形と、それ以外の人形の違いがどこかに必ずある。

階段の影にある人形と、2階への踊り場にある人形。
2階の部屋にある人形、3階の廊下の人形。

さっきと同じように、もう一度見て回る。
1体、もう1体と見て回るうちに、あの衣裳部屋の奥にあった市松人形がどうしても気になった。
何が引っ掛かっとるんかはわからんが、何故かあの人形と比べとる。

「あと10分」

手ん中で震える携帯を黙らせて、時間を確認する。
この邸ん中やと自分で感じとるより時間の流れが早いから、感覚的には多分5分くらいしかないやろう。

「衣裳部屋……やな」

まだ右側のあの部屋に2体の人形があるが、それは無視した。

「人形が、動いとる……?」

照明もない衣裳部屋の奥、開け放した姿見を兼ねたドアの向こうからの頼りない灯りとペンライトの小さな光の中で、向かい合うように椅子に座った2体の人形。
さっき見た時はお嬢様みたいに上品に両手を揃えて座っていた栗色の髪の人形が、まるで遊びに飽きた子供に乱雑に投げ出されたようにだらしなく両手を垂らして、椅子に凭れとった。

「誰が動かしたんや?」

この邸におるのは、オレと和葉とあのオトコと姿を見せんあのオンナだけのハズや。
もし他の誰かが入り込んだとしても、人形を1体動かしただけで消えるなん、ありえん。
だとすると、この人形を動かしたんは、恐らくはあのオンナや。
せやったら、何故あのオンナはこの人形を動かした?

「……和葉?」

栗色の髪の人形と向かい合わせに座っとる、華やかな振袖を着た市松人形。
この人形が、隠れとる和葉や。

「オマエが和葉やな?」

人形はぴくりとも動かんし、表情1つ変えん。
ガラスの瞳もただ光を反射しとるだけやったけど、オレにはこの人形があのオンナが捜せ言うてた和葉やと確信した。

丁度その時、邸の裏手から鐘の音が響いてきた。

「これが和葉や!聞いとるか!?この市松人形がオレの和葉や!!」

そう言い切ると同時に、何かがオレの身体に巻き付いた。
次の瞬間、オレはしたたかに床に叩きつけられとった。





「カードを使ってアイテムを交換する」
引き続き、ホラーなお約束のグロ系人形ですみません(汗)。
やっと和葉ちゃんと再会……直前です。
 
「こんなトコにおったんかい。携帯はどうしたんや?」

by 月姫