「 雨隠の館 」 第 十八 話 |
平次! 行かんといて平次! ああ・・・・。 闇ん中にあたしを抱きしめた平次の姿が消えてしもた。 『 今宵はほんに楽しいのう 』 どこまでも沈みそうなあたしの気持ちとは違うて、女の声は本当に楽しそうやった。 もうその声に逆らう気力すら残ってへん。 『 男など詮ずるところこの様なものよ どうじゃそちも解したであろう 』 女は人形をさっきまであたしの体がおった椅子に座らせた。 『 そちはもう我のものじゃ 器が手に入らなんだは口惜しいがの 時には趣が違うのもまた一興じゃ 』 頭が割れそうな程に、女の笑声が響いてくる。 そん声が薄れると、体の力が抜けるみたいに人形がまた動かんようになってしもた。 『 その器をそちに供してやろう 』 闇ん中から、今度は白い女が現れたんや。 真っ赤な目ぇに真っ赤な口、それ以外は真っ白な女。 『 異存などあるまい そやつは”小野小町”と言う称にて 人間共にも殊の外愛でられておったでの 』 女がとんでも無いことを言うた気がしたんやけど、あたしにはもう、そんなんどうでもよかった。 もう考えることを止めようと思うた時、微かやけど音が聞こえてきたんや。 女の声しかせぇへんかった、この湿った空間に。 それは段々とはっきりした音になった。 足音や。 それも走っとるような。 荒い息遣いまで、聞こえるほどに近付いて来る。 『 どうした?カワエロとはぐれたのかえ? 』 「いや、忘れモンしてな、取りに戻っただけや。」 ああ。 平次や。 帰って来てくれたんや。 平次。 平次。 「そこに和葉おるんやろ?元通りの和葉を返せ。」 平次はあたしがここにおるって、気付いてくれたんや。 静かな声やったけど、そこには平次の気持ちがぎょうさん込められとるようやった。 あたしの後ろにおる姿は見えへんけど、平次の気持ちは伝わって来る。 『 懐疑の多い男よのう そに申すならそちが見定めるがよかろう 』 女は楽しんでるんや、この状況を。 あたしらが必死になってるんが、楽しくて堪らへんて感じや。 『 じゃがそやつに幾許の傷でも残してみよ そちも小娘も我が直様喰らうてやるぞ 』 吊り上げられた女ん口元にちょろちょろ出とる舌は、蛇特有の先が2つになったもんやった。 「ほな和葉返して貰うで。」 女の姿を遮る様に平次があたしの前に現れた。 腕にしっかりとあたしの体を抱きしめたままで。 やけど、その顔はさっきまでの恐い顔やなくて、とても優しいもんやった。 「戻って来い和葉。」 言葉と同じ優しい口づけ。 人形にしてるはずやのに、その温かさが伝わって来るみたや。 「オレんとこに戻って来い和葉。」 平次・・・。 帰りたい。 あたしも平次の側に帰りたい・・・。 そん時、意識がふわぅっとなって、体が浮くみたいな感じがした。 ―――――――――――― ミツケテクレタ ―――――――――――― アノカタガワタシヲミツケテクレタ この声はあん時の・・・。 やけど、あん時みたいに悲しそうやない。 嬉しゅうて嬉しゅうて溢れた想いがあたしにまで入ってくる。 この人は人形にされてからもずっと、愛しい人が自分を見付けてくれるんを待ってたんや。 ―――――――――――― イマイチドアナタサマノオソバニ あたしが平次の腕ん中で目を開けた時には、その人形は塵のように儚く消えていった。 ”アリガトウ”って、最後にそう聞こえた気がした。 「平次・・・ありがとう・・・。」 やからあたしは彼女の気持ちをそんまま言葉にして、平次に伝える。 「おう。」 平次の短い返事にも、いろんな想いが込められてるはずや。 あたしはお礼のキスを返そうと平次の首に腕を回した。 そこで・・・・気ぃ付いた。 あの白い女がいてへんことに。 平次も突然動きの止まってしもたあたしを不振に思たんか、あたしを抱いたまま振り返ったんや。 2人して炎が薄く揺れるだけの闇を見る。 そのさらに奥ん闇で、何かが動く気配がした。 |