「 狂気の宴 」 第 五 話 |
和葉が、オレの手を振り払って自分の目に爪を立てた。 背中を支えた腕はそのままに、もう一度和葉の両手首を片手で掴んで上げさせる。 痛みを堪えるためやろうきつく唇を噛み締めた和葉の、涙で濡れた蒼白い頬を彩る緋色の流れ。 初めはうっすらと涙に溶け込んどったその色は、すぐにその濃さを増して己の存在を主張し始める。 今までのオレやったら慌てふためく場面やし、取り敢えず応急手当して救急車呼んでてなっとるハズやけど、そんな事すら思いつかんくらい、その光景に釘付けんなった。 閉じられた和葉の瞳から生み出された宝石みたいな紅い雫が、頬を伝って形良く膨らんだチチに落ちる。 滑らかな白い肌に、オレのつけた印よりもずっと鮮やかで大輪の華が幾つも咲いた。 昔、和葉に付き合って読んだ神話に出てきた血で染めた糸で織ったドレスは、きっとこんな色をしとったんやろう。 染料なんかで出す事なん絶対不可能な、白い肌を艶かしく引き立てる、甘く華やかで官能的な色。 現場で何度も見た生命の色がこんなにも綺麗で淫靡なモンやと思ったんは、これが初めてやった。 「綺麗やで、和葉」 掴んだ両手を引き寄せて、紅く染まった指先に口付ける。 生臭いとか錆びた鉄みたいな味とかよう言われとるけど、和葉の血は蕩けるように甘い。 「何も心配いらんで、和葉。オッチャン説得して、ちゃんとオレがもろたる。独り立ちしてからて思てたんがちょお早くなるだけやし、オヤジやオカンは反対なんせえへんしな。まあ、その前に説教や制裁は待っとるやろけど、全部オレが引き受けたる」 少しだけ伸ばして綺麗に整えた爪から細い指を伝って掌へ、跡を残すようにゆっくりと滑り落ちていく血を追うように舌を這わせて、全てを舐め取る。 「家の間取りも内装も、オマエに合わせて誂えたる。オレがおらんかったら外に出られんのやし、一人で留守番しとる時にも不自由せんように整えたるわ。オマエを閉じ込めとくための篭やからな、服でもアクセサリーでも、何でも望むモン全部揃えたる」 血には嘔吐を促す作用があったハズやけど、今のオレには強烈な媚薬や。 力の入っとらん和葉の腕を背中に回して左手首に繋いだ紐を右手にも絡めると、腰を支えるようにして抱き上げて、そのままゆっくりと餓えとるやろうソコにオレのモノを飲み込ませた。 「あ…やっ………ああああっ!」 「……こんな奥まで飲み込むなん、よっぽど餓えとったんやな」 「……ちが…あっ……へ…じ……」 「ん?何や?」 力ない動きで、それでも顔を背けようとする和葉の頭を押えて、頬を流れる紅い雫を舐める。 和葉には、もうあの瞳はない。 せやのに、オレの狂気は収まらない。 それはきっと、自分でも気付かんかった心の奥底に眠っとった、オレ自身が持っとったモンやからやろう。 オトコを狂わせる瞳を与える鏡。 あの鏡が和葉に与えた瞳は、オレにとってはそれを解放するただのきっかけやったんや。 麻薬患者がクスリを断ち切れんように、一度その禁断の扉の向こうにある果実を味わったら、後は溺れていくしかない。 「オマエがオレの篭ん中でおとなしゅうしとれば、繋いだりせえへんで?篭ん中やったら自由にさせたるし、優しく抱いたる。せやけど、逃げようとするんなら、こんな紐なん比べ物にならんくらい頑丈な鎖で縛り付けて、そんな気力も起こらん程に抱き壊したる。全部オマエ次第や、和葉」 和葉の答えも聞かずに、思い切り突き上げる。 掠れた悲鳴も、オレの耳には甘い囁きにしか聞えない。 「まずは義眼やな。あの邸にいた人形たちなん足元にも及ばんくらい綺麗なん、作ったるわ」 右手だけ解放した和葉をベッドに押し付けて、閉じられたままの瞼にそっと口付ける。 睫に滲んだ雫を舌先で掬って存分に味わいながら、滾った熱が収まるまで和葉を貪った。 「全部、オマエ次第なんやで、和葉?」 オレの狂気を拒むのか、それとも飲み込まれて一緒に堕ちていくのか。 それくらいは、選ばせたる。 ――結果は、変わらんやろうけどな。 |