「 色喰夜会 」 第 八 話 | |
「ん…」 喉の渇きに目覚めてみても、アタシの世界は真っ暗なまま。 体を包み込んでいるこの温もりがなければ、きっと何処に居るのかすら分からない。 「…ぇ」 その温もりに声を出そうとしたけど、乾き切っている喉からはただ空気が漏れるだけ。 お水… 何度やっても声に成らない自分の喉に手をやってみても、この渇きを止められる訳もない。 お水が欲しい… こんなに喉が干上がっているのに、アタシの体は汗一つ掻いてない。 それは平次がそのまま眠ってしまったアタシを、綺麗に拭いてくれてるから。 アタシのお水… 手探りで平次の口元を探し当てて、その唇に吸い付いた。 舌先で平次の口の中に有る水を探しては、吸い上げる。 「んんん…」 平次が苦しげな声を漏らしたけど、構わない。 もっと…もっとチョウダイ… 平次の上に馬乗りになって、両手で肩を押さえ付けてただひたすらに水を求める。 ここはアタシの器…アタシの水はココニアル… 「んっ」 体が浮いたと思うたら、平次がアタシを抱えたまま体の向きを変えた。 それでもお互いの舌は、繋がったまま。 今度はアタシが吸わなくても、平次の口の中から水がアタシに流れ込んで来る。 ああ…アタシの水… 平次がくれるアタシダケノミズ… コクリと喉を鳴らして、平次がくれるアタシの水を飲み干した。 「…もう、ええんか?」 「うん…」 潤された喉は、アタシに声を返してくれた。 そんなアタシを平次は再び腕の中に納めると、 「おやすみ…和葉…」 そう言うて髪を優しく撫でてくれる。 おやすみ…へいじ…… アタシの意識はまた、平次の腕の中で途切れた…。 「……はっ……かずはっ…」 「ん…」 「朝やで」 「ん…」 「まだ喉が痛いやろうから、今日はヨーグルトだけにしよか」 「………」 「何やここで食うんか?」 「……ん…」 目が見えへんようになってから、アタシは寝起きが酷く悪い。 目を開けても光を見つけられず、暗闇を彷徨っているアタシには朝であろうと昼であろうと真っ暗な世界に変わりはないから。 「もうちょいしたらちょう学祭に顔出して来るさかい、だるいんやったらこのまま寝とくか?」 「……抱っこ」 アタシがそう言って両手を広げると、平次が顔を近付けてくれてそのまま布団から抱き上げてくれる。 「ほんまに大丈夫なんか?」 「…ん」 「ほな服着るか?」 「………ん」 ベットにそっと座らせてくれると、平次が下着とワンピースを着せてくれる。 肌触りのいいノースリーブのワンピース。 アタシが動き易いようにと、いつも袖のない膝丈のワンピース。 だけどここに居って寒いと思うたことは一度もない。 デザインも素材もいつも違うように思うけど、アタシには見えへんから分からない。 「今日は真っ白なシルクや。よう似合うてんで」 「……ほんま…」 「ほんまや」 「やったら……」 平次のシャツの中に右手を差し入れてその滑らかな肌を摩ろうとしたら、 「今日はあかん。さっきも言うたやろ、今日も学祭の店に顔ださなあかんて」 とやんわりと押し戻されてしもた。 「アタシも」 「お前はここに居れ。また嫌な目ぇに合いたないやろ?」 「………」 「それにお前に何ぞあったら、オレがどうなるか分からんしな」 「………」 「あんまし美味うわないけどな、土産に昨日喰い損ねたケーキとクッキーを貰うて来たるから」 「早う帰って来てな」 平次は一度決めたことを絶対に変えたりせんから。 「学祭行く言うてもオレのシフトの間だけやし、そんなに掛からんやろ。そやから、お前はここで自由にしとったらええ。ここでやったら、何をしとっても構わん。好きなようにしとったらええ」 平次の篭の中は、唯一アタシが自由に出来る場所。 「…うん」 それから平次はアタシに餌と水を与えてくれて、いつものソファに運んでくれた。 アタシは平次のいない時間の殆んどを、このソファの上で過ごす。 「ええ子にしとり」 「うん…」 アタシは送り出す言葉を返したことがない。 平次の気配が消えてしまうと、アタシの意識は自然とまどろみ始める。 起きているのか、寝ているのかすら自分で分からない時間。 いつもやったら”邪魅の目”が暗闇の中に見せてくれる平次の姿を見て過ごすんやけど、今日はきっとまたぎょうさんのオンナに囲まれてるやろうからそれもいやや。 ソファにいくつも置かれているクッションに身を預けながらただ何もない時間を過ごしていたら、インターフォンが鳴る音が聞こえた。 「………」 平次に出んでええ、言われてるから無視をする。 それなのに、煩い音はいつまでたっても鳴り止まない。 煩わしくて堪らなくなって、ゆっくりと体を起こした。 「はい」 「和葉!俺や谷川や」 「…平次やったら、もう行ってしもたよ」 「服部が居らんのは知ってる。やから、来たんや」 「何で?」 「和葉が昨日言うたプレゼントを持って来た!やから、俺を入れてくれ!」 「プレゼント…」 「そうや!和葉が望んだモンや!」 「………」 「プレゼント持って来たら、眼ぇ開けてくれる言うたやんか!」 あぁ……そうや! 「何持って来たん?」 「それは見てのお楽しみや!とにかく俺に会うてくれ!」 「…ええよ」 アタシは扉のロックを解除した。 そのままではここまで来れへんから、管理人さんに連絡してそのオトコをこの階まで来させてくれるように言うた。 すると僅かな時間で、今度は玄関のベルが鳴り始める。 「和葉!俺や!」 ドアのロックを回すとアタシが開けるのを待てないのか、オトコが勢い良く開いた。 「和葉!」 煩いオトコ……やけど…アタシのお人形さん。 「持って来たで!プレゼントや!」 アタシの手に四角い箱を押し付けてくる。 「リビングまで持って来て」 そう言うてオトコの差し出す箱を押し返すと、アタシは元いた場所に帰り始めた。 篭の中なら、見えなくても歩けるから。 「それにしても、ほんまにごっついトコに住んでんのやなぁ〜」 「ほんまに…て、どういうこと?」 「服部んファンのオンナどもが騒いでるんを聞いたことがあるんや。服部は学生なんに、億ションに住んでるて」 「そう…」 「アイツどんだけ金持ちやねん。和葉、もしかして玉の輿狙いやったんか?」 「興味ないわ」 「ほんまか〜?」 このオトコがここまで饒舌なのは、きっと自分と平次を比べてる証拠。 「アタシは平次が欲しかっただけやから」 そして平次も、アタシを欲しがった。 やから、この篭でアタシを飼ってる。 アタシは自分のソファに寛ぐと、オトコにプレゼントの箱を開けるように即した。 するとそれまで世話しなくしゃべっていたオトコの、気配が違うモノへと変わり始める。 「和葉が望んだんはこれやろ」 アタシはオトコに『アタシの眼ぇが見たいんやったら、あたしが望んでるプレゼントを頂戴』って言うただけ。 オトコが箱から取り出してアタシに差し出したモンは、とても冷たくて硬い。 「服部やったらこういう匂いにも敏感そうやから、切り取って冷蔵庫で凍らせて来たんや」 オトコからアタシへのプレゼント。 それは……凍ったオンナの手首やった。 |