「 色 」  第 九 話
この篭で暮らし始めてからの和葉は、酷く寝起きが悪い。
特に今朝はぐずっとったが、昨日の学祭での事や与えた褒美を思えばそれも当然やろう。
いつものようにあやしながら世話をして、和葉のためだけに選んだソファに座らせた。

「ええ子にしとり」
「うん…」

水も餌も今朝の分は充分に与えたったが、留守番させるにはそれだけやと足りへんしカラダにも良うない。
オレが居らんと和葉はあんまり喰わへんが、欲しなった時にいつでも口に出来るようにと、いつものようにソファの横に並べた木製のワゴンに載せた小さな冷蔵庫に夕方までの水と餌を、下の棚におやつを入れたバスケットを置いて部屋を出た。

大学は、昨日以上に賑やかやった。

「今日は時間通りやな!」
「あ!服部くん!」
「本物やぁ」

茶店にしとる教室に入ると、マスター姿の横山の声に被ってオンナ共の耳障りな甲高い声が飛んで来る。
和葉の声はいつやって心地ええのに、同じオンナのハズなんに何でこんなに違うんか不思議や。

「昨日はスマンかったな」
「ええて。あんな可愛え奥さんやったら、心配んなるんも当然やろ」
「今日はちゃんと予定通り居るから」
「ああ、それなんやけどな……」

カウンター代わりの長机からエプロンを取り上げたオレに、横山が『サービスや』言いながらコーヒーを差し出して来た。

「……何やウラがありそうやなぁ」

訝しげな視線を送ってやると、横山はまいったなて風に苦笑した。

「ちょお頼みがあるんやけど……」
「何や?」
「谷川がな、何や急に家族に呼び出されたとかで、今日明日と夕方まで来られんて言うてきたんや」
「谷川が?」
「せや。そんでな、悪いんやけど穴埋め頼めんかなと思て。勿論、無理にとは言わんで?」

昨日はオレと谷川が同じ時間に入っとったが、今日と明日はオレの後に谷川の予定やった。
みんなツレやらオンナやらと約束しとるからと調整して決めたシフトやったから、いきなりの変更は中々無理があってオレにお鉢が回って来たんやろう。
とはいえ、所詮は学祭の茶店で他にも人手はあるからそう不自由はないハズや。
せやけど、ほんの数時間の事やし昨日の借りもあったから、しゃあないとため息1つで引き受けた。

「お嬢様たちがお待ちかねやさかい、頑張れや」

横山に盆を押し付けられて、オレはある意味営業用の笑顔でホールを回った。

昨日と違うてオレがずっと店に居るからか、一部を除いて客の回転はそこそこや。
それに、媚びるような視線や態度は変わらんが、和葉の事を話題にしようてオンナも殆ど居らへん。
多分、昨日のオレの不機嫌な様子でも聞いたんやろう。
オンナの噂ゆうのは早いモンやと、変な所で感心した。

ホールを一周して最後にカウンター横の席に行くと、昨日のオンナ共が居った。

「あ、服部君」
「昨日も来とったやんな?」
「覚えててくれたの?」
「嬉しい」

可愛えつもりらしいねっとりとした話し方をするオンナ共は、待ち構えとったようにしなを作ってオレを見上げて来た。

「注文は?」
「チョコレートケーキと紅茶お願い」
「あたしも同じのお願い」

チョコレートケーキと紅茶は、昨日オレが和葉のために選んだメニューや。
そんなトコまで真似て媚びようとするオンナに胸ん中で冷笑を投げたが、テーブルに2人しかいない事がちょお気になった。
オンナはグループを作りたがるモンやし、昨日の様子やと1人だけ来ないゆうのもヘンや。
身に付いた探偵根性ゆうんか、あまり依頼を受けんようにしとる今でも気になる事があれば確かめてみたなる。

「昨日は3人やったやんな?もう1人はどうしたんや?」
「ああ、あの子ならこっちで見つけた男と一緒じゃないかな」
「あたしたち、服部君とお話したくてここの学祭に来たのに、大事な用事が出来たって昨夜ホテル出たまま帰って来なかったの」
「自分勝手なのよ、あの子」

友人やろうに特に心配もしとらん様子に、オトコと遊ぶための外泊も約束のドタキャンも普通のオンナなんやと理解して、記憶の奥に蹴り込んだ。

「服部君!」

オーダー票を横山に渡してカウンターで冷めたコーヒーで一息ついとると、すぐ後ろから聞き覚えのある声が掛かった。

「漣さん……やったっけ?昨日は世話んなったな」
「ええて、あれくらいの事。それより、奥さん風邪引かんかった?」
「おかげさまでな。さ、約束通り何でも奢ったるで?」

昨日、ずぶ濡れんなった和葉のために服とドライヤーを調達して世話してくれた谷川のオンナに、カウンター前の席を勧めてメニューを渡した。

「ほんなら、遠慮なく」

嬉しそうに笑ったオンナが、大して品数もないメニューを楽しげに眺める。

「夕方んならんと谷川来れんらしいで?」
「そうなんよ。昨夜はちょっとお洒落なレストラン行くハズやったんに、突然実家から呼び出されたゆうてドタキャンされてもうたん」

不満気に頬を膨らませて見せたオンナは、ヤケ喰いしたると次々に注文を出した。

「チーズケーキとコーヒーは服部君の奢りな。後は保からふんだくっといて」
「了解や」

悪戯っ子みたいに笑ったオンナに、オレも意地悪気な笑みを返した。





大学内では今まで通りを演じている平次。
探偵である自分も、まだ持ってます。
 
「 ついでに全面ガラス張りにしたってもええで?オレ以上にええオトコなん居らんし、たっぷり目ぇ愉しませてもらうわ 」

by 月姫
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