「 色喰夜会 」 第 二十 話 | |
「んぅ…ぅぅ…」 口に入れられた布のせいで、息が出来ない。 「どんな理由があろうと二度と体に傷を付けるな。ええな?」 耳元で囁かれて、アタシは大きく頷いた。 「心も体もお前のすべてが俺のモンや言うことを、忘れるんやないで」 後ろから抱えられ、顎を捕まえられて上に向けられる。 そして喉を撫でられながら、 「次は無いで」 と首に軽く噛付かれた。 「んんん…」 アタシは平次のモノ… 平次はアタシのモノ… やっと布を取ってもらい、大きく呼吸をする。 「はぁ…」 すると平次がアタシから離れて行こうとするから、慌ててその服を掴んだ。 「心配すんな。今日はもう何所にも行かへんわ」 それでも掴んだ服は離さない。 「体を拭くタオルを取りに行くだけや」 そう言われても離せない。 この手を離すとまた平次が何所かに行ってしまいそうで、恐いから。 抱き付きたいけどこの拘束された腕はどうしようも出来なくて、体をその胸に押し付けた。 「しゃぁないヤツやなぁ」 溜息のようにそう零されて足の鎖と両手の鎖を外され、ふわっとアタシの体は浮き上がった。 「傷が悪化したらあかんから風呂は無しや」 「うん」 平次の首に抱き付いて、その首元に顔を埋める。 ここはアタシだけのモノ… 少し歩いてアタシはすぐに下ろされた。 「体拭いたるから、ちょうここに掴まっとれ」 多分ここはお風呂の前に在る脱衣所。 水の流れる音がして、お湯の香りが微かにした。 「顔からや。こっち向いて顔上げや」 アタシは言われるがままに、平次の声がする方に向くと瞼を閉じて顔を上げる。 平次の左手が頬に当てられ、次いで温かいタオルの感触が額に触れる。 気持ちいい… 額、瞼、頬、鼻、口と順番に、優しく拭いていってくれる。 「和葉」 少し冷めたタオルが首に下りると、唇が乾かないうちに平次の味が口中に広がった。 「ん…」 口の中を拭うように舐めまわされ、舌を甘噛みされる。 でもそれは一瞬のこと。 すぐに平次は離れていって、再び温められたタオルで今度は首と腕を拭いてくれる。 「包帯外すで。痛かったら言えや」 「うん」 左腕から包帯が外され、下に貼られていたモノもそっと取られる。 「痛ないか」 「気持ちええよ」 「それは痛みがまだ残っとる言うことか?」 「よう…分からへん…」 「お前は…」 「やって…気持ちええんやもん」 平次が触ってくれるから… 右腕の包帯も外され、両腕を体の前に持ち上げられる。 「この傷は…残るかもしれんな…」 「……」 アタシの体は平次のモノ。 「平次のモノに傷を付けてごめんなさい」 平次は何も答えてはくれず、それからは無言のまま体を拭いてくれた。 足の指まで綺麗に拭ってくれてから、肌触りのいい下着を着せてくれる。 「包帯巻き直したるから、ソファ行くで」 「うん」 アタシは今日始めて、寝心地いい自分の指定席に下ろされた。 「なぁ、へぇじぃ。今日の餌は何?」 首に腕を残したまま聞いてみた。 平次が側に居てくれると思うたらほっとして、また何も食べていないことを思い出したから。 「何や、腹減ったんか?」 「うん」 「どうせ何も食うてへんのやろが」 「……」 「俺が居らんでもちゃんと食え。痩せてしもたら、せっかくここまで大きゅうした」 「ぁん…」 平次の手が行き成りアタシの胸を鷲掴みにした。 「コレが小いそうなってまうやろが」 「ぁ…ぁ…ぁ…」 強弱をつけて揉みしだかれ、冷めていた熱がまた上がり始める。 「これも命令や。これからは俺が居らんでも餌を食え。ええな」 「あん!」 「それが返事か?」 「やって…あぁぁ…平次がぁ」 乳首を摘むから。 「ええな?ちゃんと食うんやで」 「ぅ…うん」 「ええ子や」 「あああぁぁ…」 今度は下着の上から甘噛みされた。 「ほな、先に包帯や。餌はそれからやで」 平次は少しアタシから離れると病院から渡された言う薬で傷を消毒してから、両腕の包帯を巻き直してくれた。 それからまだ体のだるいアタシの為にお雑炊を作って、食べさせてくれる。 「熱いからゆっくり飲み込めや」 左手でアタシの体を支えてスプーンから少しずつ口に入れてくれるそれを、ゆっくり食べる。 普段はなるべく自分で食事をするようにしているけど、熱いモノや食べ難いモノは必ず平次が食べさせてくれる。 平次はアタシが食べている間に、自分の分を食べるんやと思う。 そしてアタシが食べ終わると、 「もうええんか?」 言うて唇を綺麗に舐めてくれる。 これがアタシの餌が終わった合図。 アタシはこの合図が好き… やから独りで餌を食べるのが余計に寂しくて嫌い… 「今日はもう寝るで。シャワー浴びてくるから、先にベット行きたいんやったら連れてったるで?」 「ここで待ってる」 「やったらソファに居れ」 「うん」 アタシは再びソファに戻されて、猫のような背伸びをした。 平次が側に居てくれると感じるだけで、気だるい幸福感に包まれる。 ヘイジハアタシダケノモノ… そのまま眠ってしまったアタシはベットの中で目覚めたけれど、昨日と違い自分を包み込んでいる温もりに安心して今度こそ本当の眠りについた。 朝いつものように平次に起こされて、服を着せてもらう。 「シルクタフタの桜色や。袖は七部で同じ色のシルクレースになっとる」 アタシはシルクの少し冷たい肌触りが好き。 立ち上がってその場で、くるりと回ってみた。 裾がふわって広がってから、また体に沿って戻って来る感じが気持ちいい。 「何や、今日は朝からえらい機嫌がええんやな」 「うん」 アノオンナハモウイナイ… 「似合うてる?」 「ああ」 「おおきに、平次」 抱き付いて頬を摺り寄せると、抱き上げられた。 「餌食うか?」 「うん」 平次に抱き上げられたまま、ダイニングテーブルまで運んでもらう。 アタシは平次が側にいるときは、ほとんど自分の足で歩くことはない。 平次がアタシを椅子に下ろそうとしたら、平次の携帯が着信を告げる音を奏でた。 アタシをそっと座らせると、リビングの方で鳴っている携帯を取りに平次が離れていった。 「平次…」 また警察からかもしれない。 平次のどこか硬い話声に、そう思った。 今日は大学も休んでずっと側に居ってくれるて言うたのに… 戻って来た平次は、 「すまん、和葉。昼から現場検証に付き合うから、ちょう出掛けるで」 アタシの悪い予感通りにあさっりとそう言うた。 「嘘吐き…今日はずっと一緒に居ってくれるて言うたのに…」 「すまん。けど辛抱せぇ。俺は外では今まで通りの服部平次をやらなあかんのは、お前かて分かってるやろ」 「……」 「用が済んだらすぐに帰って来たる」 「……」 「ええ子にしとれ」 また1人でお留守番… それからのアタシは平次が出掛けてしまうまで、一言も言葉を発するとこが出来なかった。 「ひとりぼっちはイヤ」 平次の居ない真っ暗な空間に手を伸ばす。 「ひとりは嫌いやの」 どんなに伸ばしても、平次には届かない。 そんなアタシ誘うように、インターフォンの音が鳴り始めた。 |