「 色 」  第 二十一 話
学祭が終わって2日目、今日から通常通りに始まる講義を自主休講て事にして一日和葉の傍に居るつもりやったオレに掛かってきた、1本の電話。
携帯のディスプレイに浮かんどる名前は、谷川やった。

『服部か?』

通話ボタンを押すと同時に携帯の小さなスピーカーから流れて来たのは、間違いなく大学で聞き慣れた谷川の声。

和葉が傷を作った時、篭に来たんは恐らくはこの谷川や。
ドアや玄関に残っとった血痕からして、和葉が血を流していた事はわかっていたハズ。
それなんに手当てしようとした痕跡もなく、救急車を呼ぶでもなく、オレに電話すらせんとその場を立ち去った。
それが、今んなって何を言おうとするんか。

和葉に通話相手を気取られんように慎重に言葉を選んで応答するオレの声は自然と硬くなったが、谷川は気付きもせんと上ずった声で一方的に捲し立てた。

『とにかく来てくれ!』
「……わかった」

谷川のオンナが殺された今、警察よりも先にコイツと会えるチャンスはもうないやろう。
ましてや、向うからのお誘いや。
篭を作る前ならともかく、今のオレをここから引き離せる電話なんそうそうないが、こればかりは無視出来ひん。

拗ねて口もきかへん和葉に餌を与えてから使い込んだ黒いコートを羽織って書斎に向かうと、机の引き出しからラテックスの手袋とチャック付きのビニール袋とアームカバーを取り出してポケットに突っ込む。
これらは『探偵』として依頼受けた時の為に用意しとるモンで最近は殆ど出番はなかったが、今のオレには都合のええアイテムやった。

和葉と篭の存在を知った谷川の口を封じる為に。

猟奇連続殺人犯である谷川の口から和葉の名前が出れば、たとえ警察が名前を伏せようとマスコミはこの美味しいネタのためにあらゆる手段を講じてその人物を特定しようとするやろう。
大学での谷川を洗えばオレがツレやて事はすぐにわかるし、オレが幼馴染と結婚した事も、学祭に連れて来てツレらに引き合わせた事も、あの3人組のオンナ共が来てた事も、猟奇殺人ていう格好のネタを目の前にぶら下げられれば、無責任な野次馬共はあっさりと吐く。
そうなれば、この刺激的なネタを骨までしゃぶり尽くそうとするマスコミ連中は、表面上は悲痛さを装いながらも面白おかしく書き立てるハズや。

人の口には戸は立てられへんのは、今まで散々見てきた。
そんなら、その大元を断ってやればええ。
谷川のオンナからの写メを見る限り、あのノート以外に和葉の存在を指し示すようなモンはなかったから、アイツの口さえ封じてしまえばオレに有利なように情報操作するんはそう難しくはない。

和葉には現場検証やて言い置いて台所から果物ナイフを取り出して柄と刃を綺麗に拭うと、カバーの掛かったソレをコートのポケットに忍ばせて、オレは指定された場所へと向かった。

「服部!ココや!」

朝の電話で市街地から外れた自然公園の奥、広場や遊歩道から離れた閉鎖された管理事務所裏を指定してきた谷川は、そのまま雑木林の奥へとオレを誘った。

「こんなトコまでスマンかったな」
「いや」
「人目につかんトコて思たら、ココしか思いつかんかったんや」

そう言うと、谷川は管理事務所が見えなくなった所でようやく足を止めた。

「昨日ドコに居ったんや、谷川?」

オレの問いに、持っとった小振りの旅行鞄を足元に置いた谷川は、ゆっくりと振り向いた。

「用があってな、出掛けとった」
「オマエのオンナがな、オマエと連絡取れへんて心配しとったで?」
「そうか?」

反応を見ようとオンナの話題を持ち出してみたが、谷川は足元に置いた鞄を見つめたままや。

「……オマエのオンナ、殺されたで?」
「ふうん……」

オンナがコイツの部屋から持って来たあのノートを見た時から予想はしとったが、恋人が殺されたて聞かされても谷川は興味なさそうな相槌を打つだけで、自分が殺したんやろうに動揺もせえへん。

乱雑に並べられた単語と和葉の名前で埋め尽くされとった、どこか病的な匂いのするノート。
アレは、谷川が自分のオンナから和葉へと心変わりした証拠や。
せやけど、何でや?
確かに、あの時の和葉の義眼は冷たい水の痛みで艶っぽい彩を浮かべとったし、一目惚れて現象も否定はせんが、それが何故あのオンナ共を殺すて方向に向かうんや?

訝しげに見遣るオレに気付いたんか、谷川が顔を上げた。

「それよりもな、頼みがあるんや、服部」
「頼み?」
「せや!」
「自首か?」
「ちゃう!」

こんな所に『探偵』のオレを呼び出しての頼みやから、少しでも罪が軽うなるように警察への口添えでも期待しとんのかと思たが、谷川は大きく首を横に振った。

「せやったら、何や?言うとくが、逃げたいから手ぇ貸せゆうのは却下やで?」
「何で俺が逃げなアカンねん!」

自分がやった事をわかっとらんのか吐き捨てるようにそう言うと、谷川は熱でぎらついた目をオレに向けた。

「和葉をくれ!」
「なん……やと……?」
「和葉や!和葉をくれ!!」

予想外の谷川のセリフに、一瞬思考が止まる。

何を言うとるんや、コイツは?
和葉をくれやと?

言葉を失ったオレの沈黙をどう捕えたんか、谷川は熱に浮かされたように喋り続ける。

「和葉ほどええオンナ、他には居らんやろ?彼女は特別や。あの目ぇがたまらん。お前もそう思うやろ、服部?」

あの時はただずぶ濡れのオンナを前にして戸惑っとったんやと好意的に解釈してやったが、どうやらそれは間違いやったらしい。
谷川は、冷たい水の痛みに欲情した和葉の義眼が浮かべたあの魅惑的な彩を自分に向けられたものやと思て、邪な思いを抱いとったんをオレに知られまいとして慌てて取り繕おうとしとったんや。

ふつり、とオレん中で何かが切れた音がした。
それと同時に、ふつふつとハラの底から怒りが湧いてくるんがわかる。
口封じという以上に、はっきりとした殺意がオレの全身を満たした。

オレの和葉を、心もカラダもその流れる血の一滴までもがオレのモノである和葉を寄越せなん、戯けた事を抜かす谷川。
和葉と篭の存在を隠すためだけやなく、オレの敵としてこの世から抹殺する必要がある。
それも、間違いなく自殺と断定されるようにして。

今はそのチャンスを待つ時やとぐっと拳を握り締めて自分を落ち着かせてるオレの様子に気付きもせんと、谷川は自分の中の熱を吐き出すように喋り続ける。

「せやからな、和葉のために最高のプレゼント持って行ったったんや。お前が彼女に贈ったクリップみたいなどこにでもあるモンとちゃう、この世に1つだけのモンやで?」
「……何で、オマエがあのアクセサリーの事知っとるんや?」
「和葉へのプレゼントなんやろ?ココにつけるんやて乳首撫でながらそう言うとったで?せやけど、お前も相当のスキモンやな。どんだけ仕込んだんや?乳首にクリップ付けて引っ張ったったら、和葉エラい悦んどったで?」
「……」
「せやけど、和葉はええな。柔らかい唇も、手ぇに吸い付くような滑らかな肌も、揉みがいのある張りのええ胸も、甘い蜜垂らす締りのええ膣も、何もかも最高や。感度もええし、セックスに素直なんもええ。何度ヤっても飽きないどころか、もっと欲しなる。お前が仕込んだんやて思うとちょお複雑やけどな、そんなん些細な事や」
「……谷川」
「あんだけ仕込んだんやし、お前はガキん頃からもう散々愉しんだんやろ?せやから、俺にくれ!」

調子付いてベラベラと喋り捲る谷川に、熱くなっとった頭の芯がすうっと冷えて行くんがわかった。
人間、怒りが度を越すと返って冷静になるらしい。
……オレの性格なんかもしれへんが。

どんな手ぇ使うたんか、こいつは篭に入り込んでは和葉を抱いとったらしい。
あの散らかったリビングも、ソファに投げ出されとったアクセサリーも、乳首に付いとった傷も、全てはコイツのやった事やったんや。
毎日違うコートを着とったんはヤった跡を誤魔化すためのシーツ代わりにでも使うたからで、コイツと和葉がボディーソープの匂いをさせとったんも汗と精液を洗い流すために風呂に入ったから。
全てはオレにバレへんようにするための小細工やったてワケや。

和葉が『遊んどった』て言うてたんは、コイツとヤっとったて事やったんやな。
オレのモンを咥えただけで満足して寝てもうたんも、軽い愛撫だけであっさりイってソレ以上をねだらんかったんも、コイツとヤっとったからなんや。
引っ掛かっとった事の全てが、綺麗に繋がった。

「ホンマはな、昨日もプレゼント持って行ったんやけど、和葉留守やったみたいやから……」

しゃがみ込んだ谷川が、足元に置いた鞄のファスナーを開く。

「ああ、さすがに溶けてきてもうたか。また凍らさんとアカンなぁ」

谷川がぼやきながら取り出したんは、まだ見つかっとらんかった3人目のオンナの首やった。
恐らくは、あの鞄の中には自分のオンナから抉り取った目も入っとるんやろう。

「左手と右足首は部屋にあったで?」
「ああ、アレはもうええねん」
「……切り取るんは面倒やったやろ?」
「まあな。大した道具もなかったから、ちょお手間取ったわ」

世間話みたいに軽い調子で話し掛けながら、足音を忍ばせてしゃがみ込んだまま首の状態を見とる谷川の後ろに回る。
音を立てないようにそうっと、ポケットに忍ばせてきたラテックスの手袋とアームカバーを両手にはめた。
これで、指紋も残らんし返り血も防げるハズや。

「得物はどうしたんや?」
「ここにあるで?一番使いやすかったんは包丁やな」

谷川が得物を持ち歩いとったのは、オレにとってラッキーや。
ポケットに忍ばせてきた果物ナイフは、足がつかんようにて大量生産品でそこそこ使っとるモンを選んだしコイツの指紋だけが残るように細工してきたが、元々本人が持っとった凶器があるならそれを使うに越した事はない。
得意げに包丁を取り出した谷川の右手をいきなり後ろからぎっちりと掴んで、油断しとる隙をついてそのまま首筋を切りつける。
まだ動脈には辿りつかん程度の傷やったが、溢れた血が紅い筋を引いて谷川の首を伝った。

「は……服部!?」

慌てて裏返った声を上げる谷川を後ろから抱え込むようにして、左手を押さえ込む。
谷川はあんまり体格のええオトコやないし、テニスやらスノボやらはやっとるが特にカラダ鍛えとるワケでもないから、暴れたところでこの状態ならオレからは逃げられへん。

「はっとり!や……やめ……」
「谷川、オマエ誰に断って和葉に手ぇ出したんや?」
「やめ……」
「和葉はオレのモンや。髪一筋やって他人にはやらん。カラダに傷つけるなん、以ての外や」
「は…とり……」

冷たく凍った怒りのままに、オレの声も硬く平坦になる。
谷川が怯えたようにカラダを震わせた。

『自殺』には躊躇い傷がつきモンやし、カラダに余計な力が入って上手く切れなかったりもする。
谷川が無駄な抵抗しとるこの状況は、それを作り出すには丁度ええ。
掴んだ右手を無理やり動かして、首に傷をつけていく。
1つ1つの傷はまだ小さいが、流れた血が谷川のオフホワイトのセーターを紅く染めた。

「あの篭はオレが和葉飼うためだけに作ったんや。たとえ誰やろうと、オレの許可なく入る事は許さん」
「…か……飼うて……」
「和葉の全てはオレのモンや。オマエの汚い手ぇで触ってええもんとちゃうで?」
「は…はっとり……やめ…」
「和葉とヤった罪はオマエの命くらいで贖えるモンやないけどな、それ以上に払わせられるモンがないんやからしゃあない、我慢しといたるわ」
「や……」

抵抗する谷川を解放して、バランスを崩した所に手刀を入れて意識を奪う。
力の抜けた両手でしっかりと包丁を握らせて後ろから抱え込むと、今度は首筋に当てた包丁を思いっきり引いた。





平次は今も『探偵』なので、殺人が犯罪だという事はわかっています。
けれど、この行為は平次にとっては『殺人』ではなく『害虫駆除』にすぎません。
なので、良心の呵責もなければ探偵としての自分との矛盾も感じてはいません。
 
「 イタっ!蹴るなや!暴れんな!オヤツやらんで!? 」

by 月姫
 「色喰夜会」top matrial by 妙の宴
「 第 二十 話 」 「 第 二十ニ 話 」