「 色喰夜会 」 第 二十三 話 | |
乾いた落ち葉を、谷川の血が紅く染めて行く。 じわじわと広がり染み込むその様を眺めながら、谷川の持っとったバッグからはみ出とったハンドタオルでラテックスの手袋に付いた血を拭い、用意してきたチャック付きのビニール袋にタオルと手袋とアームカバーを入れてコートのポケットに捩じ込んだ。 改めてゆっくりと回りを見回す。 包丁を手に、首から血を流して倒れている谷川。 その傍らに放り出されとるのは、切断された頭部とそれを入れとった鞄。 踏み荒らされた落ち葉の状況からこの場に谷川以外の人物がいたのは明らかやったが、呼び出されたオレのモノやから問題ない。 オレのコートの袖口に少々血痕が付いとるかもしれんが生地が黒やから見た目にはわからんし、もし万が一気付かれても生存確認のために谷川に触ったからやと言い訳のきく程度。 携帯には通話履歴が残っとるやろうが、それはオレが谷川に呼び出された証拠になる。 包丁の持ち方も、傷の付き方も、致命傷以外にも幾つも付いた傷も、全てが『自殺』を指し示しとる。 オレがココから通報しても、本人から呼び出されとったんやから当然や。 この公園には監視カメラはないし、ここには人も寄り付かんから目撃者も居らへん。 オレが殺ったて証拠は一切ない。 谷川の傍に屈み込んで、呼吸と脈拍を確認する。 生命の気配が完全に消えた『友人』。 「あの3人組のオンナ共を殺ってくれたんは感謝しとるで、谷川」 低く言い捨てて、吉村警部補を呼び出した。 この近くで聞き込みしとったとかで、吉村警部補は5分と経たずに現れた。 「おっつけ鑑識はんたちも来ますけど……」 挨拶もそこそこに現場を見渡した吉村警部補が、転がっとる『モノ』に気付いて眉を顰めた。 「服部はんは、何でここに来はったんですか?」 「谷川に呼び出されたんや。話があるからここに来てくれて」 「ほんで?」 「指定されたんはさっきオレが吉村ハン待っとった閉鎖された管理事務所の裏やったんやけどな、そこに居らへんかったから林ん中探しとったら、こうなっとったんや」 乾いた落ち葉が足跡を残さんでおいてくれとるが、念のために吉村警部補たちが来る前にこの周辺を適当に歩いておいたから、この説明にも齟齬はない。 「慌てて脈と呼吸を確認したんやけど……」 力なく呟いて、首に触れた時に血に塗れた自分の指先を見下ろす。 「この状況から見て、恐らくは自殺やろなぁ」 「ええヤツやったんですよ……。ホンマは、コイツが犯人やなんて思いたなかった」 吉村警部補の言葉に、深くため息をつく。 友人やったヤツが連続猟奇殺人犯で、挙句の果てに自殺。 自分はその捜査にも協力しとる探偵。 悲しさと落胆と怒りと、そんなモンが入り混じった感情を持て余した風を装うのは、そう難しくなかった。 「ここからは私ら警察の仕事です」 準備のええ吉村警部補が、オレにウェットティッシュを差し出した。 有難く受け取って、指先の血を拭う。 『自殺』やったらオレの出番はない。 吉村警部補から慰めと労いの言葉を貰ったオレは、ようやく到着した鑑識や応援の警官たちと入れ替わるようにその場を離れた。 警察は、谷川を『自殺』と断定するやろう。 4件の猟奇殺人についても、動機は不明のまま被疑者死亡で決着や。 オレにとっての害虫も、これで処分は終わった。 後は……。 あの篭は、オレが和葉を飼うために作ったモンや。 篭を維持するために必要な業者や親たち以外は、誰も入らせへん。 そのためにフロア占有の、エントランスのオートロックだけやなくて住人以外は管理人通さな使えない直通のエレベーターがある所を探したんや。 和葉もそれがわかっとったハズや。 なのにオレの留守中に他人を、それもオトコを引き込んどった。 オレに全部寄越すと誓いながら、オレを裏切ってオトコを咥え込んどった。 『ええ子で遊んどった』と嘘をついて、オレ以外のオトコと何度もヤっとった。 オレの作った篭ん中で、オレが和葉のためだけに特注して作らせたアクセサリーまで使わせて。 規制線から出て警察の姿が見えなくなると、オレは篭で留守番しとる和葉に珍しく帰るコールを入れた。 今は携帯がメインやし和葉にはインターフォンにも電話にも出るなて言うてあるから、留守録にしたままの家電は殆どがこんな使い方や。 内蔵音声のままの留守番メッセージが終わるのを待って、近くにいるだろう和葉に語りかけた。 「和葉、ええ子にしとるか?これから帰るから、もうちょお待っとり」 怒りを押し込めとるからか妙に平坦な硬い声になっとったのが自分でもわかったが、目ぇ見えへんようになってから前よりも耳の良くなった和葉はそれに気付くんか。 答えは『NO』やった。 篭のドアを開けると、和葉が上機嫌で玄関に座り込んどった。 「おかえりなさい、平次!」 最高の笑顔を浮かべた和葉が、甘えるように両手を伸ばしてくる。 今までやったら、すぐにでも抱き上げてキスの1つもくれてやる所やったが、今日はとてもやないがそんな気にはなれへん。 この篭ん中で、和葉はオレの帰りを大人しく待っとるモンやと思てた。 せやから、淋しがらせへんようにて『探偵』のオレへの依頼も必要最小限しか受けんようにしとるし、空いた時間は全部和葉にやっとる。 大学に通うんもツレらとの付き合いも警察への協力も、全てはこの篭を維持するためや。 せやのに……。 ハラの底から湧き上がった怒りは、熱を通り越してオレの心の奥底を冷たく凍らせる。 「平次?」 オレの返事がない事に焦れたんか、和葉がのろのろと立ち上がって訝しげに首を傾げた。 無言のままその細い腰を掴むと、普段はあれほど慎重に扱っとった和葉をまるで荷物みたいに無造作に肩に担ぎ上げた。 「平次?どうしたん?」 「煩い」 不安そうな声を上げる和葉を一言で黙らせて、そのまま寝室に入る。 ベッドの傍らで足を止めると、担いでいた和葉を乱暴に放り投げた。 |