■ 第 4 話 ■   by 霧生 朱
キッ!と彼女の猫目は、平次を見据えている。
しかし突然、和葉はうつむいた。
「不安に、なるやん・・・。」
ぽつりとつぶやいた言葉。
それは何よりも彼女の心境を表していた。
うっすらと涙のにじむ目元が美しい。

「言うて、ええねんな・・・?」
絞り出すように告げられた声に、和葉が顔を上げた。
平次の目がすぅっと細まり、口を耳元へやる。
片腕が腰に巻き付いていく。
和葉が、声にならない叫び声を上げた。
「ただし、これ聞いたら、お前に選択肢は無いぞ?」
「ど、どういう、意味よ?!」
「拒否は出来ひん、言うてるんや。」
「う、うー・・・。」
ここまでされていて、普通なら「断り」の言葉であるはずはない。が、パニックの和葉は、この期に及んで「俺はお前とは付き合えへん。拒否はできひんぞ。」何て言われるのでは、と怖がって、まともな返事が出来ない。

「肯定やな。」
「え、やぁっ!」
平次の腕をふりほどき、逃げようとする和葉。
腰の腕はほどかれても、瞬時に腕をつかみ、逃がさないようにする平次。
「聞け、和葉。」
「うぅ・・・。」
「お前が、言えっちゅうたんやぞ?」
「・・・」
「・・・俺は、お前のこと」
「あかんっ!やっぱり恐いー!」
「うをっ?!」
次の瞬間、平次は遠山家の廊下に寝ころぶこととなった。


目が覚めると、そこは和室だった。
ご丁寧に布団まで敷いてくれてある。
床にぶつけた額には濡れタオル。
「和葉か・・・?」
今、この家には2人しかいないのだから、和葉以外考えられない。
しかし、平次の体重は、身長と筋肉から、和葉より少なくとも10〜20キロは重い。
その彼をどうやって運んだのかが不思議ではあるところだが。
「あいつ、強なったなぁ。」
感慨深くつぶやく平次はどこかずれている。

「あ、目ぇさめた?」
和葉が、洗面器を抱えて現れた。
「ごめんな、平次。思いっきり投げてしもたわ。」
明るく笑う和葉。
このまま、さっきの雰囲気を吹き飛ばそう、と考えているのが分かる。
いつもそうだ。
他愛のない喧嘩でも、気まずいのが続くと、折れたり、誤魔化したり。
歩み寄ってきてくれるのは和葉の方だ。
それが、彼女の気遣い。健気なところ。
平次は、それに便乗するだけ。
そのことに気付いた平次は、ぽつりとつぶやく。
「・・・たまには、な。」
自分から折れても良いだろう。
そうすれば、自分の心安らぐあの笑顔が見られるはずだ。

「あー、まだちょっと腫れてる・・・?」
そう言ってタオルを取り替えようとした手を、平次は掴んだ。
「ひゃっ!」

驚いた和葉の手からタオルが落ち、水が跳ねた。
和葉の目元に、涙のような雫が付く。
びくっとした。
泣いている訳じゃないのに、切なくなる。
「俺は・・・好きや・・・その・・・和葉、を。」
ぶつ切りの言葉。
文法も何もあったものじゃない。
それでも、和葉の心を満たすには十分だったらしく、今度は本物の涙の雫が落ちた。

「私も、平次が好きやぁ。」
ほろりと雫を流した後、和葉は微笑んで言った。
掴んだ手に、もう片方の手が重なる。
平次は起き上がり、片手はそのままに、もう片方を和葉の頬へ。
くすぐったそうに目を細める和葉。
やけに満たされたような気持ちになり、そのまま、顔を近づける。
和葉も、自然に目を閉じる。
徐々にお互いが近づきつつあったその時。
お約束のように、玄関のチャイムが鳴った

「―――!誰やねん、こんなときにっ!」
脳内はバラ色通り越してピンク色だった平次、怒って立ち上がる。
「配達かな?」
和葉が少し眉を歪ませる。
「・・・あのチャラいヤツか?」
和葉が頷く。
この間和葉の家に居ときにも来た宅配便屋は、和葉を気に入っているらしく、来る度に携帯の番号を聞こうとしたり、和葉の都合を聞いて出かける約束を取り付けようとしている。
最も、平次が居るときはいつも返り討ちに遭うのだが。
「俺が出たる。」
布団から出て玄関に向かう平次。
「あ、でも。」
和葉が後ろからトタトタと追ってくる。
「もしかしたら・・・お父ちゃんかも。」
思わず、歩いているポーズのまま、静止してしまった。
我が家のように玄関で彼女(につい先ほどなったばかり)の父親を出迎えるのは、いかがなものかと思う。
それでも、出ないわけにはいかない。
チャイムは相変わらず鳴っている。
チャイムを鳴らして家の前に立っているのは?

「和葉に気のある宅配便」   それとも   「娘を心の底から大切にしている遠山父」
「 かぼちゃのワルツ 」
< TRICK OR TREAT ? >
■「適当な言い訳を付けて、和葉の家から逃げ出した」バージョン  by 月姫

「何か言えて……」

追い詰めていたはずなのに、追い詰められている。

一瞬でお互いの立場が変わるのはよくある事だが、今の状況は自分にとってはあまりにも不利だと判断した平次は、この場から逃げ出す算段を始めた。

「……かぼちゃ」
「へ?」

唐突な話題の転換に付いていけずに、和葉が間抜けた声を上げる。

平次の視線の先には、下駄箱の上で伸び伸びと葉を広げる小さな観葉植物。
季節ごとに、あるいはイベントごとに、その鉢の周りを小物で飾るのが和葉の習慣だ。

「今年はかぼちゃないんか?」
「かぼちゃて、ジャック・オ・ランタンの事?」
「せや。あの三角の目ぇしたオレンジ色のかぼちゃ。去年はいくつも転がっとったやろ?」
「うん。今年も飾ろうと思てるんやけど、中々可愛えんが見つからんくて」
「おととい駅向こうの商店街通ったらな、新しい花屋が出来とって、何やら色々飾ってあったで?」
「え?どこに出来たん?」
「ちょお路地入ったトコやからな……。行きたいんなら案内したってもええで?」
「ホンマに?」
「ただし、案内料はしっかり貰うで!」

和葉の気を逸らす事にまんまと成功した平次は、内心ほっと胸を撫で下ろしつつ、さり気なさを装いながら遠山家を後にした。

平次に上手く丸め込まれたと和葉が気付いたのは、それから2日後。
手に入れたジャック・オ・ランタンを飾り終わった時だった。

「結局、振り出しに戻ってもうたやん!アタシのアホぉ!」

和葉の叫びを聞いたオレンジ色のかぼちゃが、クスッと笑ったように見えた。

オマケだよん!
illustration by AMISO-HI MATERIAL
「かぼちゃのワルツ」top オマケがあるよ ↓
■ 第3話 ■   ■ 第5話 ■
■霧生朱のコメント■

こんにちは。素敵企画に出させていただいて喜んでいる霧生朱です。
平次君、言ってしまいました。
思いきり、私の趣味入ってます。
告白は平次の方からして欲しいのです。
そして、和葉ちゃんはなにげにパワフルかと思われます。
・ ・・蘭ちゃんほどでないにしても。
続きのおかた、変なフリで申し訳ございません・・・。