新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日A−
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「じゃあ、お願いします」 大野さんの声に片手を上げて、紺色のワゴンが走り去った。 東京から電車を乗り継ぎ指定された最寄り駅に着いた俺たちを出迎えてくれたのは、探偵倶楽部のOBで合宿所として世話になるペンションのオーナー。 何時もの年なら5〜6人しか合宿に参加しないから車で直接ペンションまで行ってたらしいが、今年は総勢18人の大所帯って事で電車移動となって、オーナーが駅まで迎えに来てくれたってワケだ。 とはいえ、オーナーの車は7人乗りのワゴン、3回も往復させるのもアレだしタクシーってのも味気ないし2キロくらいなら景色見ながら散歩気分で歩けるだろうと、荷物だけ先に運んでもらう事にした。 ……建前はな。 最初は女の子たちだけ車で先に行ってもらって野郎共は徒歩でって話だったんだが、女の子たちの遠慮に見せかけた凄絶な居残り合戦に気圧された大野さんを見かねたのか、オーナーが『荷物預かっておくからみんなで散歩しながらおいでよ』と助け舟を出してくれたってのが真相だ。 東京駅で集合した時から、電車の席に弁当に飲み物にと何かにつけて小競り合いがあったんだから、この結果は見えてたけどな。 ああ、昼は電車の中だって事で女の子たちは弁当作って来たみたいだけど、俺も服部も『電車の旅の楽しみは駅弁だろ』と途中の乗換駅で美味そうな駅弁とお茶を買った。 女の子たちも何故か俺たちと同じ駅弁とお茶買って、作って来た弁当や飲み物は大野さんたちに回ったらしいから、野郎共にはこれはこれでOKだったのかもしれねえが。 「いい天気だ……」 「せやな。これぞ夏ってヤツや……」 そんなこんなで、ちょっぴり現実逃避してる俺と服部。 だが、ペンションまでの道程さえクリアすれば、愛しの彼女に会えるんだ! 避暑地の高原、せっかくだもんと言って買っていたサマードレスを着た蘭は悶絶するくらい可愛いだろう。 いや、もしかしたら今日はタンクトップにショートパンツって魅惑のファッションかもしれねえ。 どっちにしても間違いなく魅力的だと断言出来る。 早く拝んでみてえ。 それだけを心の支えに、緩やかな坂道をサクサクと進む。 隣の服部をこっそり観察してみれば、そこには微妙なニヤケ顔があった。 夏の高原+和葉ちゃん=ナイスバディを惜しげもなく曝した眩しい装い。 ヤツがニヤケるのも納得だ。 俺の視線に気付いた服部が、ついっと顎で先を示す。 そうだよな、さっさとペンションに行って、野郎共の目に入る前に可愛い彼女たちを隔離しねえとな。 よし、スピード上げるぞ! ……と、気合を入れたところで、障害物に足止めされた。 「待ってよ、工藤君!」 「あ、服部君!あの花、何て名前?」 「ねえ、見て見て!緑が綺麗!」 ご丁寧にも俺たちの前に回りこんだ女の子たちが、足を止めてあちこち指さしてる。 ペンションまで、車が通れる舗装された道とは別に遊歩道みたいなコースがある。 そこを通ればペンションまで2キロって事で俺たちはそっちを歩いてるワケだが、歩道としてある程度整備されてるとはいえ道幅は3人も並べばいっぱいって程度だから、前を押さえられたら俺たちも足を止めるしかねえ。 さすがに遊歩道から外れて自然の花畑ん中に踏み込むワケにはいかねえからな。 仕方なく適当に相槌打ったり解説したりしながら女の子たちを誘導してペンションに着いたのは、駅に着いてからゆうに2時間はたってからだった。 「随分ゆっくりだったね。改めて、いらっしゃい」 ペンションの玄関で出迎えてくれたオーナーが、俺と服部にどこか気の毒そうな視線を寄越す。 ああ、この人はわかってくれてるのか。 思わず『先輩!聞いてくれ!』と縋りついて喚きそうになるのを何とか堪えて、案内されたダイニングの隅っこの椅子に服部と揃ってへたり込んだ……んだが、すぐに周りを取り囲まれた。 「今年は盛況だね。このペンション始まって以来の貸切だよ」 男6人に女12人の団体を見回して、オーナーが楽しげに笑う。 今年の夏合宿は参加希望者が殺到したが、ペンションのキャパの問題もあってサークル代表の大野さんと餌である俺と服部以外は抽選にしたらしい。 公平に籤にしたのにそれでもひと悶着あったらしいってのは聞こえてきてたから、外れた連中がどうしてるかってのが気にならないでもないが、それより何よりまずは蘭だ。 きょろきょろと見回してると、エプロンをした女性が籠に入ったおしぼりを持って現れた。 「いらっしゃい。暑かったでしょ?」 オーナー夫人だという女性がテーブルに置いた籠から我先にとおしぼりを取って、封を切ってから俺と服部に差し出してくる女の子たちの手を交わして、自分の手で未開封のおしぼりをゲットする。 冷蔵庫にでも入ってたのか、ビニールに入った紙おしぼりはひんやりとしていて気持ちいい。 「工藤君と服部君よね?」 「ええ」 「せやけど?」 牽制し合う女の子たちと、その手から逃れようとしてる俺たちとを楽しそうに見ていたオーナー夫人が、茶目っ気のあるウインクをした。 「彼女たち、もう来てるわよ。今ね、おやつに出すお菓子作るの手伝ってもらってるの」 一瞬、ダイニングが静まり返る。 次の瞬間には、感電しそうなほどのピリピリした空気が部屋を満たした。 「先輩」 「これって、どーゆう事なんですか?」 「ペンション貸切だってオーナー言ってたのに、まさか部外者がいるとか言わないですよね?」 女の子たちが眉を逆立てる。 髪も逆立ってる気がしないでもない。 実際、放電してたのかもしれねえ。 何せ、一緒に来た野郎共がこっそりと距離取ってるしな。 「い、いや、ほら、工藤と服部に参加して欲しかったじゃん?それとも何か?工藤と服部が一緒の小旅行、ないほうが良かったか?」 大野さんのセリフに、女の子たちの放電が少し収まる。 「『小旅行』じゃなくて『合宿』だろ?」 「サークルの合宿やから来たんやで?」 「似たようなもんじゃん!だろ?」 俺と服部のツッコミをさらりと交わした大野さんが、女の子たちに同意を求める。 放電を収める事にしたらしい女の子たちが、一斉に頷いた。 「そろそろお菓子が焼ける頃ね。一緒に冷たいお茶も仕度するわ」 「荷物はメールで送ってもらった部屋割り表通りに運んで置いたから。風呂と食事の時間だけは守ってくれよな」 女の子たちの放電など何処吹く風とにこやかに笑って眺めてたオーナー夫妻がダイニングを出て行くのを見送って、俺と服部はこの包囲網を突破する方法を考え始めた。 |
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「新蘭の平和観察日記」と銘打っておきながら、やっぱり新一の蘭ちゃんラブラブ日記になりかけております。(汗) さてさて、新一が望むような甘い一時は訪れるのでしょうか? by 月姫 「 い、いや、それはほら、遊歩道は一本道だしさ!和葉ちゃんも一緒だしさ!さすがに大丈夫かなって…… 」
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