新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日C−


蘭と和葉ちゃんの登場で、ピキンとダイニングの空気が固まった。

大きなトレイを持って現れた2人の格好に、俺と服部はがっくりと肩を落とした。
だってよ、エプロンて萌えアイテムはあるが、Tシャツにジーンズってシンプルすぎねえか?
まあ、野郎共にあの魅惑的な姿を見せずに済んだのは良かったっちゃあ良かったけどさ。
……っと、それよりまずは女の子バリケードから抜け出して愛しの彼女の元に走るのが先だ。

2人の登場から俺がさっと蘭の手からトレイを取り上げるまで、わずか数秒……もかかってねえかもしれねえ。
特に服部は。

あいつ、いつの間にあんなテク身に付けやがった。
この俺がポジショニングで負けるとは、一生の不覚。
後で覚えてろよ。

和葉ちゃんを抱きこんだままの服部に心の中で中指立てて、俺はグラスを配って歩く蘭の肩に腕を回してぴったりと寄り添った。
凍り付いてたのが溶けてきたのか、何か言いたそうに俺を目で追ってくる女の子たちはオール無視だ。
何しろ、俺の目は蘭を見るためにあるし、俺の耳は蘭の声を聞くためにあるんだしな。

事件はまあ、今は遠い棚に置いとく。
この状況だって、重要な事件の1つだし。

グラスを配り終わって、けしからん事に蘭にぼーっと見惚れてる野郎共に絶対零度の視線をくれてやってふと服部の方を見ると、ヤツに抱き込まれてる和葉ちゃんがトレイを抱き締めて可愛く笑ってた。

「シロップとミルクはいるかしら?」
「あ、シロップ1つ下さい」

シロップとミルクの入った小さな籠をトレイに乗せて現れたオーナー夫人が、俺にシロップを差し出しながら蘭にウインクする。
何の合図かは知らねえが、蘭が嬉しそうに小さく会釈したからいい事にする。
服部の方も同じような反応してたしな。

「なあ、蘭。オメーも喉渇いてんじゃね?」
「あ、うん。でも……」
「オメー、アイスティーはシロップだけだろ?」

蘭と和葉ちゃんが持って来たグラスは18個。
手元にある俺のためのグラスにシロップ入れて差し出してやると、蘭は『ありがと』って頬染めて受け取って、グロスで艶々なさくらんぼみてえになってる唇でストローを咥える。
ああ、ストローじゃなくて俺の唇咥えてくれなんて淡いピンクな妄想を繰り広げながら服部の方を伺ってみると、相変わらずな遣り取りが飛び込んで来た。

「……甘い。オマエ、ホンマにお子様味覚やな」
「うるさいわ!あたしにくれるんやなかったん!?」
「コレはオレのやねんから、ちょお待っとれ」

相変わらずだが、和葉ちゃんを抱きこんだままグラスの取り合いしてやがるあたり、いつもとは違う。
服部はゴクゴクと三分の一くらい飲んだグラスを和葉ちゃんに渡して、彼女がこくんこくんと可愛らしく喉を潤してほっと息をついたところで、またグラスを取り上げて中身を飲み干す。
勿論、1つのストローで。

ちょっと待て。
ヤツはいつの間にあんなテクを身に付けやがった?
この俺が出遅れるとは、油断ならねえヤツだ。

「はい、新一」
「おう」

俺だって、蘭と一緒のストローで仲良くお茶ってのを見せびらかすつもりだったが、そこはかとなく敗北感を覚えたのが納得いかねえ。
次は俺が先手を打ってやる。
心の中で拳を握り締めてると、オーナーが両手に皿を持って現れた。

「お茶請けにクッキーはどうだ?美味そうに焼けてるぜ?」

どう見てもこの状況を楽しんでますって笑顔のオーナーが持って来たクッキーは、蘭と和葉ちゃんが焼いたものに間違いねえ。
よし、あのクッキーを平らげたら、蘭と高原の楽しみその1の散歩に行ってやる。
可愛い彼女との高原満喫スケジュールは、俺と服部とで完璧に組んであるんだ。

こっそりと服部と目配せをして、蘭の肩を抱いたまま皿の方に向おうとしたら、解凍が終わったらしい女の子たちのトゲトゲの声が飛んだ。

「先輩!合宿のスケジュール確認しましょう!」
「そうね。詳しい計画はまだだったもんね!」
「夕食まで時間あるんだし、今のうちに明日の予定をきちんと話し合っておきましょうよ!」
「工藤君!服部君!ミーティングするよ!」

雷雲を頭に乗せて背中に食虫植物背負った女の子たちが、妙に爽やかに手招きしてる。

「服部!工藤!さっさと行動計画立てて、ゆっくりしようぜ!」

サークル代表の大野さんにまでそう言われたら、建前とはいえ『合宿』ってなってる以上、俺たちも参加しねえワケにはいかねえ。

「あらあら、大変ね」
「まあ、頑張れよ」

楽しげなオーナー夫妻のエールを背に、俺たちは可愛い彼女を引き連れてしぶしぶ中央のテーブルに歩み寄った。





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平次、頑張ってます。
新一も、蘭ちゃんラブの合間にちゃんと平和を、というか平次を見てます。
でも、何だか短く終わりそうにない雰囲気が漂ってきました(汗)。
by 月姫

「 楽しくなんかなかったって!こうやってオメーの顔見てる方が、俺にはずっと楽しいんだぜ? 」



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