新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日E−
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「服部くん!」 「工藤くん!」 「早く!」 「ミーティング始めるよ!」 キッチンに戻って行く蘭のキュートな後姿を名残惜しく見送ってたら、後ろから矢継ぎ早に甘ったるい声が飛んで来た。 実際、背中に矢が当たってる気がしないでもない。 それも紐のついた、こう水飴みたいにべったりと張り付いて剥がれねえ矢が。 いや、水飴には罪はねえっつうか、例えに使っちまって悪いって思うんだけどな。 こうなったら、俺と服部とできっちり仕切ってさっさと完璧な計画立てて、夕暮れの高原を蘭とラブラブ散歩してやる! ラブラブって言えば、さっきの服部のあの砂吐きそうなくらいのセリフは何だ? セリフってえか声音の方だけどよ、どこにあんなモン隠してやがった。 今日は服部に対する認識を改めさせられる行動ばかり取りやがる。 侮れねえやつ……。 「服部!工藤!早く来いよ!」 大野さんの声に何気なく服部の方に目をやると、拗ねたガキみてえな顔が見えた。 ああ、わかるぜ服部。 俺たちは餌の役割を立派に果たし終えたんだ。 後は釣り人が料理するだけのはずなんだ。 なのに、釣り上げた魚を外してくれねえなんてよ。 仕方なく大野さんを挟むように椅子に座る。 その途中で一緒に来た野郎共の肩を掴んで、強制的に逆隣に座らせた。 「それじゃ始めましょうか、先輩」 両側から『さっさと終わらせろ』と無言の圧力を掛けられた大野さんが、引き攣った笑いを浮かべながらポケットから携帯を引っ張り出した。 合宿関連の連絡は全て携帯メールだったからその内容から確認って事なんだろうが、はっきり言って集合場所や待ち合わせ時間とこのペンションの連絡先くらいで、大した案内はなかった。 だからこそ、ミーティングなんて建前が力を持っちまったわけだ。 だけどよ、これってミーティングなのか? 蘭と和葉ちゃんが焼いたクッキーを頬張りながら、延々と続く意味のねえ激論を脱力しながら聞き流す。 最初はサクサク仕切っていかにも『合宿』らしいスケジュールを立てて終わらせてやろうと思ってたが、どんな提案しても『だって』『でも』の繰り返しばかりで先に進むどころか振り出しに戻っちまうから、この女の子たち相手に理屈は通じねえって匙投げてひたすらクッキーを喰う事に集中してんだ。 服部も、ひっきりなしに話し掛けてくる女の子たちを無視して黙々とクッキーを喰ってる。 ああ、やっぱり蘭のクッキーは最高だ。 どれが蘭のでどれが和葉ちゃんのかわかるのかって言われれば微妙ってか、この味は初めてだから多分生地はオーナー夫人作なんだろうが、蘭が手掛けたってだけで数段美味くなってるのは間違いねえ。 さっきアイスティー飲んじまったから口ん中がカラカラだが、他の奴らに取られねえように1枚でも多く喰わないとな。 グラスの底に残る僅かな氷水で口を湿らせて次の1枚に手を伸ばした時、甲高い声の渦ん中に大野さん挟んだ反対側から低い声が割り込んだ。 「なあ、クッキー喰わんのやったら、手ぇ出すのやめや」 服部の声は決して大きくもキツイくもなかったが、ある種の超音波みてえな声を消すには十分だったらしい。 「喰わんモンに手ぇ出して、挙句にテーブルにボロボロ零しとるなん、行儀悪いで」 服部の指摘に、女の子たちはその良く回る口を閉ざしてお互いこっそりと視線を交し合ってる。 俺もずっと気に障ってたんだが、女の子たちの何人かは蘭と和葉ちゃんが焼いたクッキーを手にとって、一欠けらすら口には入れずに指で砕いてた。 それはもう見事なくらいに粉々に。 恐らく、彼女たちはクッキーを蘭と和葉ちゃんに見立てて鬱憤晴らしと宣戦布告してるつもりなんだろうが、不愉快極まりねえ。 野郎共が蘭の手作りクッキーを喰ってるのが気にいらねえってのは俺の嫉妬も入った独占欲からくるモンだが、これはまた別の神経を逆撫でされるような嫌悪感を伴った感情だ。 女の子たちの中には蘭と和葉ちゃんが作ったクッキーは喰うのはおろか見るのすら嫌だって態度で示す事で対抗心燃やしてるのもいるが、そっちのがよっぽど潔いし可愛く見える。 「あ、ごめんなさい。ミーティングに夢中になっちゃってて。ねえ?」 「うん。つい話の方に力が入っちゃって」 「布巾借りてくるわね」 女ってのはグループを作りたがるモンらしくて、今回合宿に来た12人も幾つかのグループが出来てるみてえだが、その中でもどうやら一番行動派らしい連中のそのまた中央にいるらしい女が白々しく言い訳すると、クッキー砕いてた他の女たちもそそくさと証拠隠滅に動き出した。 ああもう、面倒だ。 ミーティングなんて言っても、何も進まねえし。 早く可愛い蘭と高原を満喫したいってのによ。 残り少ないクッキーを野郎共に取られないように両手に持って、ついでに口ん中にも1枚入れたままがっくりと項垂れた時、窓の外から『行ってきます!』って可愛い声がハモって聞こえた。 この声は蘭と和葉ちゃん。 ぐりんと体ごと窓の外を見ると、涼しげなワンピースに帽子を被った超絶可愛い蘭が、白い花束持ってにっこりと笑ってた。 隣には、やっぱり可愛らしく装った和葉ちゃんが黄色い花束持って笑ってる。 その2人の後ろには、このペンションのオーナー。 びっくりして固まってる俺たちに気付いたのか、蘭と和葉ちゃんは可愛く手を振って、オーナーと一緒に出かけて行った。 ちょっと待て! あの超絶可愛い格好で、おまけに花まで抱えてどこに行くんだ! 両手にクッキー、口ん中にもクッキーって間抜けな格好のまま服部と顔を見合わせる。 ああ、念のため言っとくと服部も俺と同じ格好だし、どんなに驚いても欠片1つ落とさなかったのも同じだ。 もぐもぐと口ん中のクッキーを胃に収めてから新たなクッキーを口に放り込んで、空いた片手を大野さんの肩に置く。 大野さんのもう一方の肩には、勿論服部の手がある。 「ど……どうした?」 もぐもぐと口を動かしたまま、大野さんの肩に置いた手に力を込める。 「すぐ!すぐ終わらせるから!な!」 両肩に俺たちの手を乗せた大野さんが、近くにいる野郎共に目配せする。 それだけでわかったのか、野郎共が残ってるクッキーを慌てて1皿に纏めて大野さんの前に滑らせた。 「夜は長いんだ。落ち着け。な?」 いつの間に買ってきたのか、俺たちの前にはお茶のペットボトルが置かれてる。 「喉渇くだろ?俺のおごりだ」 野郎の1人がキャップを開けてくれたお茶を前に、両手で捧げるように皿を持った大野さんの肩から手を離さないまま、俺と服部は黙々とクッキーを口に運ぶ。 おのれ、どうしてくれよう。 「さ、さあ、ミーティング続けようか」 俺と服部の不機嫌さにびびったのか、さっきまで喧しかった女の子たちも大野さんのこのセリフに素直に頷いた。 |
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鬼気迫る表情で黙々とひたすらクッキーを食べる新一と平次は、ちょっと怖いかもしれません(笑)。 by 月姫 「 見てるだけ?誰がそう言ったよ。勿論、散歩は俺がエスコートするさ 」
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