新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日G−
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結局、ミーティングが終わったのは辺りがすっかり夕焼けに包まれた頃だった。 すぐ終わらせるって言ってたのによ。 非情に不機嫌なまま、服部と一緒にペンションの玄関前で腕組みしながら仁王立ち。 何故なら、ある種の超音波が飛び交ってたミーティングからやっと解放されて何気なく窓の外を見たら、遠く蘭と和葉ちゃんとオマケのオーナーの姿が見えたからだ。 3人はお喋りしながらゆっくりと歩いてくる。 楽しげに笑う蘭は可愛いが、それがオーナーに向けられてるのは気に入らねえ。 さらに面白くねえ事に、オーナーに向って『格好良い』とか言ってるし。 その上、また知らねえ男の名前まで口にしてるし。 その笑顔も賞賛の言葉も、全部俺に向けられるべきモンだろ! 俺の方がずっといい男だ! 俺と同じ事を思ってるのか、隣からも『これぞ不機嫌』ってオーラが立ち上ってた。 「随分と楽しそうじゃねぇか蘭」 「だ〜れが贅沢なんや和葉」 お喋りに夢中だったのか、俺たちの声にびっくりしたように蘭と和葉ちゃんがこっちに向いた。 「新一」 「平次」 俺たちの不機嫌さに気付いたのか、蘭と和葉ちゃんが一瞬固まる。 どこからどう見ても『不機嫌』としか見えねえだろう俺たちにびくともしてねえのは、オーナーだけだ。 「おやおや、お迎えかい?」 「ええ。コイツ方向音痴なのに知らない土地で外出するから、心配だったんですよ」 「道案内て部分やと、コイツも役立たずやし」 俺は蘭の腕を、服部は和葉ちゃんの腕を掴んで、オーナーから引き剥がす。 ついでに、何が入ってるんだか結構な重さのある小さな紙袋も取り上げた。 「何や、コレ?」 「ああ、健司さんとお使いに行った農場の奥さんに貰たん」 「手作りのチーズとジャムだって。明日、お礼に行きたいんだけど、いい?」 農場の手作りチーズとジャム。 それは俺としても楽しみだが、さっき名前が出て来た男はその農場の人間とみて間違いねえな。 だが、明日は朝からスケジュールがそれこそ分単位で入ってて、俺たちに自由になる時間は殆どねえ。 いや、それならそれで無理にでも作るけどな。 蘭と和葉ちゃんを、よりにもよって彼女たちが褒め称えるような男のいる所になんて行かせられねえし、そいつが万が一独身だったりしたら大問題だ。 絶対に行かせるワケにはいかねえ。 服部と視線だけで会話して、舌先三寸で蘭と和葉ちゃんを丸め込もうとした時、オーナーがのんびりと口を挟んできた。 「そんなの気にしなくていいのに。美味しく食べてくれれば十分なんだぜ?」 ナイスだ、オーナー! 折角の好意なんだし、有難く頂くのが一番だよな! だが、蘭も和葉ちゃんもこれくらいで引き下がるような女じゃねえんだよなぁ……。 「そうはいかへんやん!なあ、蘭ちゃん?」 「そうですよ。ご馳走になった上にこんな素敵なお土産頂いたんだもん」 「お礼言うても大した事出来ひんけど、お茶請けのお菓子くらいは作りたいし」 「あんな美味しいケーキ焼ける人だからちょっと気後れしちゃうけどね。健司さん、キッチン貸してもらっていいですか?」 「なあ、平次。材料買いに行きたいんやけど、付き合うてくれへん?」 まるで台本でもあるみてえに彼女たちの間でぽんぽんと見事に続く会話のパスに、さすがの服部もツッコミ入れるタイミングが掴めなかったらしいが、やっとこっちにボールが回って来た。 「今からか?もうすぐ日が暮れるで?」 「せやったら、明日……はアカンやんな」 「そうよね。新一たちは合宿の予定があるし……」 「明日なら、俺が車出してあげるよ」 違うだろ、オーナー!! ギンっと睨む俺と服部に、オーナーはやれやれって顔して笑ってやがる。 「ほらほら、妬かない」 そう言いながら身軽に玄関に入ったオーナーが、両手に蛍光オレンジの小さなトートバッグ持って戻ってきた。 「はい、これ。中にマグライト入ってるから」 俺と服部に手渡されたトートバッグの中には、懐中電灯より一回り大きいマグライトが1つずつ入ってる。 「天気がいいからいらないと思うけど、一応念のためな。日が落ちるまではまだ時間あるし、散歩がてら町まで行っておいでよ。但し、夕食までには帰って来る事」 やっぱりナイスだ、オーナー! 「あ、でも、お手伝い……」 「大丈夫よ。もう殆ど仕込み終わってるから」 いつの間に現れたのか、オーナー夫人が悪戯っぽい笑顔でダイニングの窓を見上げる。 そこにあったのは、鈴なりの顔。 それに気付いて、俺は勝ち誇った笑顔でこれ見よがしに蘭の肩を抱き寄せた。 ふと見た服部は、和葉ちゃんの腰を引き寄せてる。 やっぱり、コイツは侮れねえ。 「さ、お土産は預かっておいてあげるから、存分にラブラブしてらっしゃい」 オーナー夫妻に見送られて、俺たちはやっと買い物という名の散歩に出かけられた。 |
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まっすぐ行って、まっすぐ帰って来いよ!(笑)。 by 月姫 「 何も困る事なんかねえぜ。お手をどうぞ、お嬢さん 」
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