新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日J−


もうとにかく後ろが振り向けない。
気になって仕方ないけど、絶対に無理。
だって、他の人がキ…キスしてる場面なんて…普段絶対に見ることなんてないんだもの。
しかも、それが良く知ってる親友なら尚更よ。
「和葉ちゃんに悪いことしちゃったかな…」
「さっきのことは、さっさと忘れろ蘭」
心の中で呟いたつもりだったけど、どうやら声に出してたみたい。
新一がとっても嫌そうな顔で更に、
「あれは服部が悪い。誰が何と言おうと服部の野郎が悪いに決まってるだろ」
そう付け加えた。
「………」
私はびっくりして未だに動揺しているんだけど、どうやら新一は服部くんに対して怒ってるみたい。
何をそんなに怒ってるのかしら?
さっきから黙々と前を見て、さっきより歩く速度の早くなった新一の横顔をそっと盗み見た。
眉間にくっきり皺が寄ってる。

はぁ…

今度は注意深く自分の中だけで、こっそり溜息を付いた。
だって、もうどこにも優雅な時間なんて存在して無くて、妙な緊張感が漂ってるっていうか。
私の手をしっかり握ってる新一の手に、変な力が入ってて痛くてしようがなかった。

お店に着いてからやっと私の手は解放されたんだけど、和葉ちゃんとゆっくり何を作ろうかなんて相談するゆとりも無くて、新一と服部くんに急かされるまま急いで材料を買い込むことになった。
「まぁ、これだけあれば何か作れるやろ?」
「まぁね。ほんとはもっとじっくり吟味したかったけどね」
「ほんまやわ。まったく、これやったら何しにわざわざここまで来たんか分からへんやん」
そう言いながらも和葉ちゃんのほっぺたは、少し赤くなってる。
私たちが困ったねって苦笑いしてたら、
「早く来い!」
とお叱りの声がお店の出入り口から飛んで来てしまった。

帰り道は、和葉ちゃんたちが前で私と新一が後ろ。
私としては二人が一緒に居る姿はどうしてもさっきの光景を思い出させるから、出来る事なら今はまだ見たくなかったんだけどな。
和葉ちゃんが持ってるトートバックをさっと取り上げた服部くんがスタスタと歩き出したから、和葉ちゃんが慌ててその後を追いかけて行ったの。
だから必然的に取り残された私と新一が、二人の後ろを歩くことになってしまった。
なるべく二人の姿を視界に入れないよう景色を楽しむ振りをしてたけど、
「わっ…」
前方不注意で遊歩道の入り口にある柵にぶつかっちゃうっていうお間抜けを犯した。
「大丈夫か蘭?」
「う…うん。ありがとう新一」
新一が咄嗟に支えてくれなかったら、きっと今頃私はひっくり返っていたかも。
「大分暗くなってきたからな、マグライト点けるか?」
新一が持ってくれているトーバックの中に手を入れる。
「ううん。街灯もあるし、もう少しこのままがいい…かな?」
ライトを点けちゃうと前に居る二人が余計目に入ってしまうから、せっかくの申し出だけどやんわりと断ってみた。
「まっ、別にかまわねぇけどさ」
「ありがとう」
もう一度お礼を言い、少し俯いて柵に当たったワンピースの汚れを叩いて顔を上げたら、

「 !! 」

何が起こったのか一瞬分からなかった。
余りに突然で、何の前触れもなかったから。
「蘭は気にし過ぎなんだよ。今はあいつらじゃなく、俺を見てろ」
耳元で新一の声がして、もう一度唇に暖かいモノが触れた。
今度はすぐには離れてくれなくて、気付くと頭の後ろにしっかりと新一の手が添えられてる。
「……んん…」
もう何も考えられなかった。
新一のシャツを両手で掴んでいることすら、無意識の行動だったかもしれない。

その後も新一は歩いてる途中で行き成りキスをしてきた。
それは軽く触れるモノだったり、もっと強引なモノだったり。

和葉ちゃんたちに気付かれる。
って心配はあったけど、少し距離が離れたこともあってか、二人は一度も振り返ることがなかったの。
でも暗がりの中、そんな二人の後ろ姿が一つに見えたことは何度かあったかも。

これは私の自分に都合の良い考えだけど、もしかしたら新一と服部くんの目的はこれだったのかなって。
私と和葉ちゃんの目的はお礼を作る為の買出しだったけど、新一たちの目的は私たちにはちょっと嬉しいドキドキな夕暮れ散歩。
もっと一緒に居たいって思ったのは、新一たちも同じなんだって。
和葉ちゃんたちのキスを見ちゃった時は本当に驚いたけど、こうやって同じことをしている私と新一にも実はとっても驚いてる。
いつ誰に見られるか分からないこんな場所で、堂々とキスしてるなんて。
普段の私からしたら考えられないんだもの。

これもこのステキな場所の影響なのかな?

昼間は賑やかな蝉の鳴声しか聞こえてこなかったのに、今は遠くから透き通るような虫の声が聞こえてくる。
「こんなのもいいね」
「そうだな」
私が立ち止まって虫の声に耳を澄ませると、新一も同じように止まってくれる。
「でも……少しお腹空いたかも…」
虫の鳴声に混ざって、小さく聞こえたお腹の音。
「ぷっ…」
「もう聞こえたんだったらちゃんと笑ってよね。余計恥ずかしいじゃない!」
「す…すまねぇ…くく…」
新一は体を折り曲げて笑ってる。
せっかくの雰囲気を台無しにしたのは、私のお腹の音。
だって今日はいっぱい動いたから、お腹空いたちゃったんだもの。
「もう新一なんか知らない!」
私は恥ずかしさも手伝って繋いでいた新一の手を振り解き、さっさっとまた道を歩き始めた。
「ま…待てって蘭」
まだ笑ってる。

それでも私の隣に並ぶと手を握って「これで許してくれよ」って、ペンションの敷地に入る前の暗い場所で、新一は今日一番長いキスを私にくれた。





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行きは平和で、帰りが新蘭!
ま、真っ直ぐ帰って来たぞ!さぁ、ペンションに入ろう!(笑)
by phantom

「 ”節操無し”ってのはどうだか知らないけど、”気障”って部分は間違いなくかぶってるわよ? 」



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