新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日M−


オーナー夫妻と大野さんに愚痴りつつ、宥められてんだか虐められてんだかわかんねえ調子で慰められつつ、一応は明日の朝車を出してもらう時間を確認してたら、いつの間にかドアの向こうは静かになってた。
どうやら、女の子たちのお風呂タイムは終わったらしい。
そんなら俺らも部屋に帰るかと暇を告げて客室へと向ったら、今度はそっちから超音波が聞こえて来た。
チッ、こっちに移動しただけかよ、と思った俺の耳に飛び込んで来た声。

「痛いっ!本当に痛いってばぁ〜〜!」

蘭!!
アルコールで火照った顔から一気に血の気が引く。
一瞬でトップスピードになった足を捌いて廊下の角を曲がったら、女の子たちが団子になってた。
その中心部にいるのは、間違いなく蘭。
たとえ頭のてっぺんしか見えてなくても、俺が蘭を間違えるなんて絶対にありえねえ。

一歩分の誤差もなく俺の隣につけた服部も、あの中心に和葉ちゃんを見つけたらしい。

「蘭っ!!」
「和葉っ!!」

狭い廊下に俺と服部の声がビンビンに響き、女の子……いや、もう女でいいな、そいつらの発してた超音波と動きがピタッと止まった。

「オマエら何しとんねんっ!!」

続いた服部の怒声は、流石剣道で鍛えてるだけあって窓ガラスがビリビリ震えて割れそうなくらい凄まじくて隣にいると耳が痛ぇ程だし、間違いなくペンション中のみならず外まで聞こえてる。
おまけに、声に圧倒的な力があるから、女どもはもとより俺たちの後ろにいる大野さんまでが声にならねえ悲鳴を上げて凍りついた。

だが、今はそんな事に構っちゃいられねえ。
とにかく蘭を確保するのが先決とずかずかと足音も荒く女どもの固まりに歩み寄ると、蘭と和葉ちゃんが彫像みてえに固まった女どもの間を擦り抜けて俺たちの傍に駆けて来た。

「新一!」
「平次!」

2人とも髪はボサボサ、ワンピースはぐちゃぐちゃ、もしかしたらどっか破られてるかもしれねえ。
その上、腕には引っ掻き傷があるし、和葉ちゃんはリボンもなくしてる。

怒髪天の勢いで、カッと頭に血が上った。

「助かったぁ」
「ホンマ、どうしよかて思たわ」

自分に向けられたものじゃねえってわかってるからか、あの服部の怒声にビビリもせず、俺たちの灼熱の怒りに怯えもせず、蘭と和葉ちゃんは髪を軽く手櫛で梳きながら顔を見合わせて苦笑してる。

「ほんで、コレはどーゆう事やねん?」
「どうって、あたしらお風呂行こうとしたんやけど、足止めされてしもて……」
「それで?」
「まあ、よくある言い合いって言うか……」

蘭と和葉ちゃんは、また顔を見合わせて苦笑する。
その様子に、どこからかプッツンと何かがキレる音がステレオで聞こえてきて、それと同時に灼熱の怒りが絶対零度の怒りにシフトチェンジした。
普段ならガーっと怒鳴り散らす服部までもがだ。

「コレが言い合いか?」

蘭の腕を取って、血の滲んだ傷を指し示す。

「傷害やろ」

服部が、検分するみてえにじっくりと和葉ちゃんの肩の傷を見る。

「現行犯だな。ここからは警察の出番だ」
「傷から見て、犯人の爪には皮膚片、指には髪も絡まっとるやろ」
「服から指紋も取れるし、目撃者として大野先輩もいる。その気になれば、今は人体からも指紋の採取は出来るし、証拠は十分」
「オレの携帯にここの県警本部におる三木本警部の携番入っとるから、直で呼べるで?」
「大野先輩、それとオメーらも、あの女どもが証拠隠滅しないようにきっちり見張ってて下さい」

大野さんには『先輩』の部分を強調して、ついでにいつの間に出て来たのか後ろで成り行きを見守ってる役立たずの野郎共にも言外に圧力をかけてやる。
ペンション中に響いただろう服部の怒声で駆けつけたらしいオーナー夫妻が揃って、野郎共のさらに後ろで呆れたようにため息ついて片手で顔を覆ったのが見えた。

「あ、あのね新一、事件とか、そんな大袈裟なものじゃないから!」
「そうそう!ちょお意見の食い違いがあっただけやねん!」

蘭が俺の腕を引っ張り、和葉ちゃんが携帯を開いた服部の手を抑えようとする。
残念だが、蘭と和葉ちゃんの今の状況を見たら、いくら怪我させられた本人からの言葉だろうとあの女どもを庇う言い訳は聞けねえな。

服部と視線で意思確認する。

ただのケンカなんかじゃ済ませてやらねえ。





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蘭ちゃんと和葉ちゃんが新一と平次を宥めてくれる事を祈ります(苦笑)。
by 月姫

「 気障だろが!あのお調子者のイメージが目くらましになって騙されっけどよ 」



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