新蘭の平和観察日記 −7月31日金曜日Q−


風呂は渋々許したが髪は洗うなってあれほど念を押して、実力行使でシャンプーも石鹸も取り上げたってえのに、湯上り艶々ほこほこで機嫌よく戻ってきた蘭と和葉ちゃんはちゃっかりオーナー夫人に髪を洗ってもらってた。
引っ掻き傷ってのは痕が残りやすいから手当てを優先したかったのによ。

だがまあ、あのオーナー夫人には逆らわない方がいいってのが俺と服部の共通認識になったんで、素直に言いつけに従う事にした。

借りた救急箱は1つだが、ドライヤーは2つ。
手早く慎重に手当てして、まるで打ち合わせてあったみてえに俺と服部は自主的に部屋割りを変更。
慌てる蘭と和葉ちゃんをそれぞれ確保して、朝まで付きっ切りでガードだ。

「ちょ、ちょっと、新一!」
「いいから、そこに座れ。ちゃんと髪乾かさねえと風邪引くぜ?」

蘭を椅子に座らせて、部屋に備え付けられてるタオルを肩に掛けてやってから、髪を纏めてたタオルを解いた。
濡れた髪からほわんと薫ってくるのは、いつもと違う匂い。
何だか妙にゾクゾクする。

「ブラシはあるのか?」
「うん」
「女の髪梳かすのは初めてだからよ、拘りがあるんなら指示してくれよな」

蘭が風呂に持って行ってた小さなバッグから取り出したブラシとオーナー夫人が貸してくれたドライヤーを前に、まずは髪を包むようにしてタオルに水気を吸わせる。
蘭の髪に触れるのはそりゃもう日常茶飯事ってくれえだが、こんな風に風呂上りの濡れた髪に触るのは初めてだ。

艶のある、長くて綺麗な髪。
蘭に言われるままにドライヤーとブラシを使いながら、ふと隣が気になった。

「服部のヤツ、ちゃんと和葉ちゃんの髪丁寧に扱ってやってんのかね。綺麗な髪してんだから、乱暴に扱ったらもったいねえよな」
「大丈夫じゃない?服部君って結構器用だし、和葉ちゃんの綺麗なポニーテールはお気に入りだもん」
「『馬の尻尾』とか言ってるけどな」

髪を乾かしてやってるうちに落ち着いたのか、蘭がクスクス笑う。

和葉ちゃんのポニーテールは、服部のお気に入りの1つだ。
彼女には良く似合ってるし、何よりあの項がいいらしい。
いつだったか、夜中の野郎トークの中でポロっと『項にキスマーク付けたいんやけど、そうすると髪下ろすやろから見えへんし……』とボヤいてた。

「もういいよ、ありがとう」

髪に指を通した蘭が、にっこりと笑う。
サラサラの髪はやっぱり、蘭に良く似合うな。

ドライヤーは明日返せばいいやと机の上に置いて、俺もシャワーを浴びる事にした。

「じゃあ、俺シャワー浴びてくるから、待ってろ」
「え?でも……」
「隣に突入するか?」

隣には服部と和葉ちゃんがいる。
そして『何か』をやってるハズだ。

その『何か』ってのは俺たちと同じって考えてまず間違いねえんだが、夕方の買い物という名の散歩の事を思い出したのか、蘭は湯上りの桜色の肌をもっと赤くしてぶんぶんと首を振った。
そしてついでに、俺を不審そうに見上げる。

「何もしねえって」
「……本当に?」
「キスはさせろよ?」

夏の高原の夜を恋人と熱く過ごしてえってのは本音だが、さっきの今でサークルの連中も一緒のペンションじゃあイヤだろう。
それに、傷も痛えだろうし、疲れてるハズだ。
服部はどうだか知らねえが俺は紳士だからな、おやすみのキスで我慢してやるさ。

明日の事はまあ、朝まで忘れておく事にする。





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引き続いて、今回は色気のない美容院ごっこ(笑)。   でもベット(笑)p →
by 月姫

「 服部が薔薇咥えてフラメンコ……やめろよ!……くくくっ……ハラ痛ぇ…… 」



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