新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日A−


朝っぱらからえれぇ目に会った。

昨夜、蘭の髪を乾かしてやって、ちょっぴり濃厚なお休みのキスをして、それぞれベッドに入った。
けどな、やっぱり高原の夜を可愛い彼女と2人きりなら、イイコトはオアズケにしてもちょっとくらい熱い夜の気分を味わってもいいと思うんだ。
ということで、寝つきが良くて滅多な事じゃ夜中に起きない蘭がぐっすりと眠ったのを確認して、いそいそと隣に潜り込んだワケだ。

ペンションの2人部屋の狭いシングルベッドだが、そこはそれ、愛しい彼女をこう抱き枕にしてだな、心地良い眠りに引き込まれ……たあたりで、寝苦しそうにもぞもぞと動く蘭にベッドから突き落とされた。
高原の夜とはいえ、俺にぴったりくっつかれて暑かったらしい。
もう一回潜り込んでやる!と拳を握り締めてみたが、蘭のラブリーな寝顔見てたら毒気抜かれて、まあいいかとブランケットを掛け直してやって床に転がった。

まあ、床ってのがまた涼しくて気持ち良かったんだけどな。

そのまま寝ちまって、いつの間にか朝が来て蘭に踏んづけられて目が覚めて、強烈な鉄拳制裁を喰らって逃げ出して……。
廊下で肘をさすってる服部の様子に、ああ隣も同じだったんだなとしみじみと世の無常を噛み締めながら、俺たちの騒ぎに飛び出してきた連中に何でもないとひらひら手を振って部屋に戻って着替えて、何事もなかった顔で朝食のテーブルについた。

「随分賑やかなお目覚めね」
「すいません、煩かったですか?」
「枕変わったせいか、ヘンな夢見てもうて」

オーナー夫人が含み笑いしながら意味深な視線を寄越したけど、俺も服部も爽やか好青年の笑顔で受け流す。

「そーゆう事にしといてあげるわ」

要注意人物であるオーナー夫人は、楽しそうに笑いながらダイニングを見渡した。

昨夜の女の子グループ総入れ換えから、あからさまに俺と服部に纏わり着く連中はいない。
今も、俺と服部の間にある2つの椅子は空いたままだ。
とはいえ、目の前にはしっかり並んでるけどな。
だが、席取り合戦もなくすんなりと全員がテーブルについた所をみると、連中の間で色んな取り決めがされてる事は想像に難くない。
この分だと、おそらく車の割り振りだの見学先でのフォーメーションだのも決まってんだろう。
呆れるほど見事な統制は仕切り屋逆巻の手腕だろうが、大人しくしててくれんならまあいいって事にしておいた。
まずは朝メシだしな。

「蘭ちゃん、和葉ちゃん、お手伝いありがとう。さ、温かいうちに食べてちょうだい」

オーナー夫人が蘭と和葉ちゃんの背中を押して俺たちの間に座らせる。
ナイスだ!
気持ちのいい朝の美味しいご飯には、キュートな蘭の笑顔が不可欠だもんな!
蘭と和葉ちゃん挟んだ向こうにいる普段は食欲魔人の服部も、腹減ってんだろうにメシ喰う前から満足そうだ。

「いい匂いだな」
「コレ、焼きたてやん」
「翔子さんの手作りのパンなんよ。ジャムも手作りなんやて」
「昨夜のチーズとこのバターは、昨日お使いに行った農場の手作りなの。すっごく美味しいよね」
「本当に美味しい朝食ですね」

ほこほこと湯気を立てる朝食と可愛い蘭の笑顔。
ああ、いい朝だ……と、バターとジャムを塗ったパンに齧り付いたら、目の前からやけに機嫌の良さそうな声が割り込んで来た。

「シンプルなメニューって、それだけに素材や作る人の技量が必要ですけど、さすがです。ねえ?」
「ええ、このジャムも優しい味だし、先輩の奥様ってお料理上手ですよね」
「工藤君って、どのジャムが好き?」
「服部君、このマーマレードがお気に入りなんだ。あとでレシピ教えてもらおうかな」

目の前に座ってる女の子たちが、俺たちににこやかに話し掛けてくる。

賑やかな食卓。
うん、まあ、和やかと言ってもいいんだろうな、この状況は。
昨日みたく超音波も響かなければ放電もしてねえんだから。
ただ、蘭と和葉ちゃんの存在は意図的に消し去ってるらしいが。

ちょっとむっとした俺のシャツの裾を、蘭がテーブルの下で引っ張った。
ちらっと蘭を見ると、困ったような目を向けられた。
何を言われたワケでも何をされたワケでもねえんだから、余計な波風立てるなって言いてえんだろう。

仕方ねえなぁ、今は流してやるか。

ふっと流した視線が服部とぶつかった。
ヤツも俺と同じように和葉ちゃんに釘を刺されたらしい。
お互いこっそり苦笑を交わして、所謂『オトナな対応』ってヤツに徹する事にした。

その前に、言うべき事は言っておくがな。

「俺たち、この後オーナーとレンタカー借りに行って来るんだけどよ……」
「大丈夫です。服部君と工藤君と部長が迎えに来てくれるまでには、全員きちんと出かける仕度を整えてペンションの前で待ってます。スケジュールが結構厳しいですからね、サクサク動かないと」
「運転するんはええけど、あんまり騒ぐなや?慣れへん道やし、気ぃ散って事故りたないし」
「あら、私たちそこまでお子様じゃないわ」
「乗せてもらうんだもん、運転手の邪魔なんてしないわよ」
「運転に集中したいからな、頼むぜ?」
「わかってるわ」

よし、言ったな。
これで、道中こいつらがあれこれくだらねえ事話し掛けてきても、堂々と無視してオッケーだ。
その分、車降りてからが煩いかもしれねえが、大野さんたちもいるんだし何とかなるだろう。

サクサクと朝食を済ませて、オーナーとレンタカー借りに行って……と、その前に蘭と和葉ちゃんには別の意味で釘を刺しておかねえとな。
蘭と和葉ちゃんが『格好いい』なんて言う男がいる場所になんか、たとえオーナーが一緒でも行かせられねえ。
いや、オーナーの事も『神様』だの『格好いい』だの言ってたんだから、付き添いなんて却下だ。

「なあ、蘭」
「なあに、新一?」
「昨日、農場にお礼に行くって言ってたけどよ、今日はやめとけよ」
「え?何で?」
「和葉も姉ちゃんも怪我しとるやろ。夏やし包帯目立つしな、先方に余計な心配かけたらアカンやろ?」

俺の意図にすぐに気付いた服部も、真面目に心配してる顔作って参戦してきた。
いや、傷が心配なのは本当だぜ?
ただ、今は外出阻止に重心が傾いてるってだけで。

「せやけど、せっかくケーキ焼いたし……」
「ねえ?」
「包帯やって、カーディガンでも着れば隠せるやん?」
「いくら高原で街中より涼しいったってよ、真昼間っから長袖の上着ってのも何だろ?」
「まして、昨日の服がアレやったんやし、どうしたかって思われるやろ」
「うん……でも……」

あと一息!

「それなら、帰って来てから俺たちが連れてってやるよ」
「ああ、レンタカー返しに行くついでに送ってったるわ」
「今日一日大人しくしてれば、もう少し包帯も目立たなく出来るだろうしな」
「それに、涼しなってからやったら上着もおかしないやろ?」
「だからさ、今日はこの辺で散歩とかしてろよ」

打ち合わせてあったワケじゃねえが、こんな場面での俺と服部のコンビネーションは自分たちでも惚れ惚れするくらいに完璧だ。

「ペンションの裏側にな、綺麗な湖があるらしいわ。今日一日大人しくしとったら、明日にでも連れてったる」
「ホンマに?」
「夏場は朝日が昇る頃が綺麗なんだってさ。早起き出来るか?」
「勿論よ!」

『綺麗な湖』やら『朝日』やらに喰い付こうとする女の子たちを、コーヒー飲むフリしながら視線で黙らせて、蘭にはにっと笑って見せた。
ピリっと小さく放電してたような気がするが、それは服部が視線で散らしたらしい。

「なら、オメーらは今日はこのペンションで留守番な」
「ちゃんとお礼には連れてったるから」

それでもまだちょっとだけ迷ってたらしい蘭と和葉ちゃんが、顔を見合わせて一つ頷き合う。

「ほんなら、そうしようか、蘭ちゃん?」
「うん、そうだね」

よっしゃ!!

会心の笑みを交わした俺と服部は、くれぐれも大人しくしてるように言い置いて、本日の苦行をクリアするべくオーナーの下へと足を向けた。





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やっと出発のようです(汗)。
by 月姫

「 ……っふう……オメー、笑いすぎ。止めてやるよ。んちゅーっ…… 」



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