新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日E− | |||||
まずは記念館からだ。 助手席の松本さんと後ろの女の子たちにシートベルトの確認をして、ゆっくりと車を出した。 ちなみに、今の野郎共の配置は、服部の方には松岡さんで大野さんの車に二宮さんだ。 「記念館って遠いんですか?」 「いや、結構近いよ。20分くらいで着くんじゃないかな?」 「そうなんだ」 「松本さん、行った事あるんですか?」 「去年、前を通った」 「通っただけですかぁ?」 「去年は時間なくてさ」 「あ、飴食べない?朝ご飯食べたばかりだけど、車に乗ってると何となく口淋しくなったりするでしょ?」 「柚子蜂蜜って、駅にあったやつ?」 「いつの間に買ってたの?」 「だって、美味しそうだったんだもの」 車が走り出すとすぐに、後ろの女の子たちは松本さんを巻き込んでお喋りを始める。 別に沈黙してろって言ったワケじゃねえし、松本さんを引っ張り込んでるだけなら別に構わねえ。 声もちゃんと抑えてるしな。 「はい、松本さん」 「あ、ありがとう」 「工藤君にもどうぞ」 「俺はいい」 松本さん経由で渡されそうになった飴は、きっぱりと辞退する。 ここでうっかり受け取ろうモンなら、飴だのガムだのクッキーだの次々と出て来るのは分かりきってるからな。 たとえ既製品でも、女の子から食い物受け取っちゃいけねえ。 大学入って初めてサークルに顔を出した時、迂闊にも差し出されたクッキー喰っちまって、暫くの間手作り菓子に手作り弁当攻撃に曝された苦い経験から学習したんだ。 『食い物』ってのがトラップだったんだよな。 これが『物』だったら間違いなく断ってたが、いかにもいつもの習慣ですって顔でさり気に出されたから、俺も服部もうっかり引っ掛かっちまった。 油断大敵ってのを、あの時改めて噛み締めたさ。 「着いたぜ」 俺たち大学生は夏休みとはいえ世間的には平日だから、幸い道は混んでないし駐車場も十分余裕がある。 入り口に近い場所に服部と並べて車を停めると、わらわらと女の子たちが降りてきた。 「はい、入場券」 いつの間に現れたのか、妙に上機嫌な大野さんが入場券の束を松本さんと松岡さんに渡す。 そこから女の子に配っていくんだが、松本さんと松岡さんも妙に機嫌がいい。 ……何だ?何かあるのか? 疑問は湧いたが、目の前の集団はゆっくりと考えさせてはくれねえ。 「じゃあ、行きましょう」 「ここって、本も売ってるのかな?」 「私、まだ読んだ事ないから、工藤君のオススメ教えて?」 俺と服部の後ろにピッタリとくっついてくる女の子グループ。 気分はすっかりガイドだ。 いっそ、旗でも立てて歩いてやりてえよ。 ちらりと服部に視線を投げると、どこか諦めの混じった苦笑を返してきた。 そうだよな、しゃあねぇよな。 ため息は一応飲み込んで、入場券と一緒に貰った薄いガイドに目を通しながら、ぞろぞろと団体引き連れて記念館の中へと足を進める。 ……ん?蘭の声? んなワケねえよな。 ちゃんと留守番してるって約束させたんだし。 「この作家が主に活躍したのは戦前、今のように『推理小説』って言われるようになる前の『探偵小説』って呼ばれてた時代だ」 ここはもう、ガイドに徹してサクサク進んでやるのが得策だな。 これが服部とだったら作者の生原稿を前に閉館までだって語り合えるが、今回集まった女の子たちにはあんまりディープなミステリーファンはいねえし。 とはいえ、あれこれと質問事項見つけては足止めしてくるあたり、侮れねえ連中だが。 ああ……隣にいるのが蘭なら、それこそ手取り足取り腰取って、重箱の隅をつつく勢いで説明してやるのに……。 そんでもって『推理オタク』と呆れたような顔されたら、すかさず柔らかなほっぺたにチューしてやるんだ。 それから『な、なによいきなり……』って慌てる蘭を抱き寄せてだな、きらきらした綺麗な瞳を見つめながら『俺を一番夢中にさせる謎はオメーだせ、蘭?』なんて言ったりしてよ。 ……ふっ。 わかってる、虚しい妄想さ。 現実逃避って甘い誘惑に思わず遠い目になる自分を何とか引き止めて、次のコーナーに行くべく女の子バリケードをすり抜けた。 |
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引率の先生か、カルガモの親か、はたまたガイドか……(笑)。 by 月姫 「 誤魔化してなんかねえよ。ただ、笑い引っ込めるにはこんな手が有効なだけだって 」
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