新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日G−


時々足止めされながらもサクサクと解説しながら記念館を巡って、よしあと半分だ!と思ったあたりで後ろから大野さんたちの妙に楽しそうな笑い声が聞こえた。

……ん?蘭?
さっきから、蘭の声が聞こえる気がする。
ふと顔を上げると、服部も何だか複雑な顔をしてた。
もしかして、ヤツも和葉ちゃんの声を聞いたとかか?

まさかな。
だってよ、2人とも明日の散歩を楽しみに留守番してるハズなんだぜ?
なあ?

服部と視線で会話して、同時に首を捻る。
もう一度集中して……と思ったのに、逆巻と大野さんの会話に思考を遮られた。
いや、遮られたってえか『いいぞ!ナイスだ!頑張れ大野さん!何人でも連れてってくれ!』と心でエールを送るのに夢中になっただけなんだけどな。

ああ、でも、大野さんのアレって逆効果だよな。
大野さんって、流されやすそうに見えて実はテクニシャンなんだって、忘れてた。
今のこの状況を何とかしたいって気持ちのが強くてついついエールを送るのに力入れちまったが、仕切り屋の逆巻が見事に大野さんに誘導されてるぜ。
結果現状維持になって、服部と顔を見合わせて同時に力なく首を振った。

まあいい。
それならそれで、後半一気に攻めるだけだ。

気合を入れ直して、サクサクとガイドを進める。

「ねえ、工藤君。この作家のおすすめってどれ?」
「今まで知らなかったけど、工藤君のガイドで興味出て来ちゃった」

出口にあるショップで、壁一面の本を前に女の子たちバリケードが2つ。
勿論、囲まれてるのは俺と服部だ。

「そうだな。入門編なら『白壁』だな。あとは『隠れ水』か」

服部の方でも同じやりとりがあったのか、女の子たちが一斉に本に手を伸ばす。
そんなにメジャーな作家じゃねえから売り場に出てるのは1タイトルあたりほんの数冊で、出遅れた女の子たちが店員に在庫を出してもらって何とか全員が手に入れられたらしい。
ここで買えなかったら途中で本屋に寄りたいなんて言われただろうし、そうなったらまた余計な時間取られるのは目に見えてるから、俺と服部としては一安心だ。

「さてと、予定ではこの作家についての討論ってなってたけど、まずは実際に作品読んでないと話にもならねえから、迷いの森ってのに行くぜ」
「え?折角だもの、この作家についてもっと工藤君からお話聞きたいわ」
「そうよね。私、戦前の『探偵小説』って初めてだから、この頃の作品傾向とか作家とか、教えて欲しいな」

どんどんと予定を消化しようとする俺たちと、足止めしようとする女の子たち。
ショップの隣にはちょっと洒落たカフェがあって、討論とは名ばかりで女の子たちとしてはそこでお茶でもってつもりだったんだろうが、そうはさせねえ。
何しろ、これは『合宿』だって、当の女の子たちが言い張ったんだからな。

「大学の図書館にも色々あったハズだし、そっちも読んでみてからの方が有意義な討論出来るだろ?」
「昼メシは予約してあるて大野さんが言うてたしな。さっさと動かんと予定消化出来んで?」

服部の方でも同じようなやりとりがあったらしい。
当然って言えば当然か。

「さ、行くで」

服部が駐車場へと足を向けるのに合わせて、俺も女の子たちに背を向けた。

ここで大騒ぎしたら前のグループの二の舞だってわかってるからかあからさまに抗議はしてこねえが、女の子たちの顔には『不満です』ってありありと書いてある。
だからって、俺たちが譲歩してやる必要はねえよな。

「ついて来ねえなら、置いてくぜ?」

チャリチャリと車のキーを指で回してやると、女の子たちは渋々ながら車に収まった。





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ガイドさん続行中(笑)。
by 月姫

「 どうでもよくねえって。蘭の笑顔が世界で一番可愛いけどよ、どうせ笑うなら俺の事で笑えって 」


*豆知識 arret demande=「次ぎ、止まります」フランス語*
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