新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日K−


『迷いの森』なんて、胡散臭ぇネーミングだよな。
確かに、手入れされてねえらしく鬱蒼と茂った木々がそれっぽい雰囲気を醸し出してるが、要するによくある山だ。

崩れて獣道みてえになってる元遊歩道を歩きながら、のんびりと周囲を見回す。
服部と2人ならサクサク進むんだが、少しばかり足元が悪いもんだから後ろから女の子たちの制止の声が飛んできて、俺たちを足止めするんだ。
『迷いの森』ってくらいだから山道歩くのはわかってるだろうに、サンダルだの何だのデザイン優先の華奢な靴履いてりゃあ、足も滑らせるだろうさ。
後ろでは女の子たちがきゃあきゃあと騒いでるが、オール無視だ。

まあ、コレが蘭だったら『足元危ねえぜ。折角の可愛い靴が台無しになっちまう』とか言って、すいっとお姫様抱っこしてやるんだが。

「なあ、服部……」
「ああ、せやな」

さすが服部だぜ。
視線投げただけで俺の言いたいことをわかってる。

検証するならせめて赤沼まで行くべきなんだろうが、サークルの合宿自体が建前なんだからそれっぽい事しとけばOK。
女の子たちも避暑気分だからこそあんな軽装なんだし、別に解決しなきゃなんねえ問題じゃねえんだしな。
それなら、この辺で考察でもして昼メシへGOだ。

服部と揃って足を止めて、女の子たちへと向き直る。

「この先に行ってもいいんだが、万が一にも事故とか起こしたくねえからな」
「せやな。この辺でもある程度の仮説は立てられるし、ええやろ」
「大野さん!方位磁石持ってたら貸して下さい!」
「ああ、今持ってってやるよ!」

女の子たちが俺と服部の前で足を止めたのを確認して後ろにいる大野さんに声をかけると、すぐに返事が来た……が、一向にこっちに来る気配がねえ。

「大野さん?!!まだですかぁ〜!!」

もう一度声を張り上げたら、何故か二宮さんが現れた。

「あれ?二宮さん?」
「大野さんはどうしたんや?」
「ああ、大野はこれ出そうとしてレンタカーの鍵落としてな、泥を拭うのに忙しいんだ」

女の子たちの後ろから、二宮さんが苦笑しながら小さな方位磁石を差し出す。
方位磁石は、二宮さんから俺へと女の子たちの手をリレーして来た。

「じゃあ、俺はまた後ろで控えてるからな!」

さっさと戻って行く二宮さんに、ちょっとばかり不信感が芽生えたのは仕方ないだろう。
だってよ、俺と服部を除く野郎4人が、女の子たちから少し離れた場所で固まってんだ。

「ねえ、工藤君。方位磁石はどうなってるの?」
「富士の樹海でも方位磁石が狂うから迷うって説があったよね?」

ああ、やっぱり落ち着いて検証は出来ねえか。
この場合の『検証』ってのは、この『迷いの森』の謎じゃなくて『大野さん含む野郎共の謎の行動』って方だけどな。

「方位磁石はちゃんと動いてるな。方向が狂ってるって事もねえようだ」
「富士の樹海もな、確かに磁気を帯びてる所はあっても、磁石を狂わすようなモンやないて調査結果が出てたハズや」
「まあ、登山だの地形調査だのって目的でもなきゃ、普通は方位磁石なんて持ち歩かねえしな。それが原因てワケじゃねえだろう」
「考えられるんは、手入れされとらんで伸び放題の原生林になっとるから太陽で方向を確認するんが難しいてあたりと、同じような景色やから自分がどこにいるか見失いやすいてあたりか」
「ただ引っ掛かるのは、ここが『迷いの森』って呼ばれるようになったのが、ここ30年くらいだって所だ」

俺と服部は、ここぞとばかりに喋り捲る。
それこそ、一瞬の隙もないくれえに。

「地元の人はこの奥に赤沼て湖があるて知っとる。昨夜オーナーにこの辺の地図借りて見てみたんやけどな、確かに赤沼て湖はあった。オーナーの奥さんが中学の頃に学校で使てた地図帳やて話やから、少なくともそれ以前から地図には載っとったハズや」
「何より遊歩道があって、それが作られる前は今みてえな原生林の山だったハズなのに『迷いの森』なんて噂はなかった」
「せやけど、そんな噂話が実しやかに流れとるて事は、そう言われるようになった切っ掛けの事件があったんは確かやろ」
「こればかりは地元新聞引っ繰り返して確認しねえと断言出来ねえが、この辺で行方不明になった住人がいたんだろう。それも複数」
「そん中には事件に巻き込まれたとか単なる家出みたいなんも居ったやろな」
「ああ。だけど、出かけたきり帰って来ない。探しても見つからない。家族は家出するなんて心当たりはないって主張する。そのうち、この森に入ったって目撃証言が出て来る。そうなると、この森の雰囲気と相まって、迷ったまま出られなくなってしまったんだろうって噂されるようになる」
「全部が全部そうとは言わへんし、中には本当に迷子んなった人も居るんやろと思う。もしかしたら、この森に入ったはええが帰り道がわからんようになった人がようよう帰って来て、迷子んなっとった時の事を周囲の人たちに話したりもしとったかもしれへん」
「そう言う話は人伝に尾鰭がついて拡散するモンだからな、この森は足を踏み入れたら二度と出られねえって噂が出来てもおかしくねえ」
「真相はそんなトコやと思うで」

ここまで一気に喋って、ほっと息をつく。
ああ、喉が渇いた。

「お見事ですわ。勉強になります」
「まあ、これも仮説の1つに過ぎねえけどな。けどよ、もっと突っ込んで検証するには噂が出来た当時からの情報を集めねえとなんねえし、そうなるとこの合宿中にってのは無理だろ?」
「それに、オレらはあくまでも『ミステリー』を楽しむのが目的や。真相の究明はその道の専門家に任せとけばええ」
「そうですね。調査するには時間がかかりそうですし」
「じゃあ、ここでの検証は終わりって事で、昼にしよう。丁度いい時間だろ?」

空気読む気のねえ女の子たちも、俺と服部がビンビンに発してる『質問は受け付けねえ』ってオーラはさすがに汲み取ったのか、素直に頷いた。
本心は多分、靴が汚れるとかそんな所だろうけどな。

「ほんなら、車に戻るで」

服部に促されて、女の子たちは来た道を引き返し始めた。





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早期の予定消化に懸命なガイドさんたちは、必死で喋り捲ってます(笑)。
by 月姫

「 ま、待てっ!蘭っ!携帯が鳴ってるっ!! 」



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