新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日M−


女の子たちを促して、服部と一緒に今度は一番後ろから元遊歩道をゆっくりと戻る。

緩やかな上り坂ってのは意外と疲れて足に来るし、舗装されてねえ道は華奢なサンダルには天敵だろうな。
案の定、女の子たちは足元を気にしてフラフラと歩いてるが、装備もないクセにこんなトコに来ようって言ったのは自分たちなんだから放っておく。

ああ、決めたのは第一陣の女の子たちだったか。
でもまあ、細かい事はいいや。

何となく投げやりな気分でそんな事考えてたら、隣にいる服部が訝しげに眉を寄せて首を傾げたのに気付いた。

「どうした?」
「ん?いや……」

服部にしては珍しく歯切れの悪い返事に、俺まで眉を顰めちまった。

「どうしたんだよ?何か気になる事でもあるのか?」
「気になる言うか……」
「何だよ」
「なあ、工藤。さっきから時々和葉らの声が聞こえる気ぃするんやけど、工藤はどないや?」

服部の地獄耳……もとい、服部の耳の良さと妙な所で細かい観察眼ってのは俺も認める所だし、時々敵わねえなと思わされたりもする。
事件関連なら俺も負けちゃあいねえが、さすがにまだ蘭の水着の形や色柄は当てられねえからな。
一体、どこでどんなリサーチしてくるんだか……って、そんな事は今は関係ねえ。
実は、俺も記念館あたりから時々蘭の声が聞こえる気がしてたんだ。

「俺も気になってたんだよな……。けどさ、蘭たちはペンションで留守番してるって約束させただろ?」
「そうなんやけどな……」

服部は納得いかない様子だが、俺も自分で言ってて何だが実の所納得してねえんだ。

「愛しの彼女と引き離されて、とうとう幻聴まで始まったか?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」

いや、本当に幻聴だったりしてななんて言いながら、同時に女の子たちのさらに向こうに目をやった。
この森に入る時には一番後ろにいた野郎共は、今は先頭を歩いてる。
それも、大の男が4人妙に固まって。

「あれ?」
「ん?」

思わず声を上げて立ち止まると、服部も俺と同じように足を止めた。
野郎共の塊の隙間から、別の頭がチラっと見えた気がする。

「なあ……」
「ああ……」

事件と彼女の事になるとツーカーな俺たち。
足を止めたままじっと目を凝らしてみたが、野郎4人しか見えねえ。

「まさかなぁ……」
「工藤君!服部君!何か見つけたの?」

顔を見合わせて首を捻ってる俺たちに、前を歩いてる女の子から声が飛んで来た。

「え?もしかして『迷いの森』の解決のヒントとか?」
「そうなの?それってどこ?」
「この上の方?」
「私、足元ばっかり見てたから気付かなかったわ」
「いや、大した事じゃねえよ!」
「そろそろ昼やろ?どんな料理なんかなて話しとっただけや!」

俺と服部にとっては『迷いの森』の謎なんかよりはるかに重要な謎なんだが、やっぱり真剣に考察する時間は貰えねえようだ。

「お昼は山菜料理だったよね」
「山に来たんだもん、やっぱり山菜は食べなきゃ」
「工藤君と服部君は山菜料理とか好き?」
「大野先輩って意外に安くて美味しいお店とか知ってるから、ちょっと楽しみだね」

女の子たちのお喋り、それも俺と服部を引き込もうとする会話が始まると、とたんに歩みが遅くなる。

ここはサクサク行けよ!
腹減ってるし喉渇いてるし、何よりさっさとスケジュールを消化してペンションに帰りてえんだ!

そんな心の叫びを押し隠して、女の子たちをせっつく。

「喋ってると足元が疎かになって危ねえぜ!」
「いい加減ハラ減ったし、メシにしようや!」
「はあい!」
「運転手さんにゆっくり休んで貰わなきゃいけないもんね!」

案外素直な女の子たち。
これもどこかに控えてるだろう第3陣と交代させられねえためかもしんねえが、俺たちにとっては都合がいいからこの先も是非ともこの調子で頑張ってもらいたい。

「あれ?」

元遊歩道の入り口まで戻ると、松岡さんと松本さんが待ってた。

「二宮さんは?」
「オレの車、今度は二宮さんやろ?」
「助手席は交代で乗るんだって言ってなかったか?」

運転手は俺と服部と大野さん、残りの3人は交代で助手席に乗るって事にしたって言ってたよな?
なのに何で、ここに二宮さんがいない?

訝しげな俺たちとは対照的に、松岡さんと松本さんは超笑顔だ。

「ニノ先輩なら、大野先輩の車で行くってさ」
「折角可愛い女の子たちが揃ってんだからって、譲ってくれたんだよ」
「さ、昼メシにしようぜ!」
「君たちもお腹空いただろ?」

わざとらしいくらいににこやかな2人。
……もしかして、俺と服部に対して何か隠し事でもあるのか?

「山菜料理、美味いといいな」
「大野先輩って美味い店探すの得意だから期待出来るんじゃね?」
「先輩たちは行った事ないんですか?」
「今日行く店は初めてなんだよ」
「去年は蕎麦屋だったもんな」
「そうそう!今年はね、女の子が多いから山菜料理にしたって言ってたよ」
「そうなんだ。嬉しいな。ねえ、服部君」
「楽しみだね、工藤君」

車のドアを閉めたのか、少し先からバン!と妙にデカい音がした。

……音、重なってなかったか?
服部と顔を見合わせる。

運転席と助手席、ドアは2枚だ。
なのに、あの大きな音に隠れて別のドアが閉まった音がした気がする。

……何か企んでんのか?

女の子バリケードの向こうに松岡さんと松本さんがいるから、大野さんの車は見え辛い。
視界確保しようとしたら、エンジンをかけた大野さんから『行こうぜ!』と声がかかって、俺と服部は女の子バリケードに車まで連行されてしまった。





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ひたすら先へ先へと突き進むガイドさんたち。
愛しの彼女たちの存在に気付くのはいつ?(笑)。
by 月姫

「 逃げ口上なんかじゃねえ!ほら!着信!……って、服部かよ! 」



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