新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日O− | |||||
女の子バリケードに押されるままに車に乗って、大野さんの車を追い掛ける。 後ろの荷物たちは何やら小声で話してるが、助手席の松岡さんは前見たまま相変わらず超笑顔で、どうにも落ち着かない。 大野さん筆頭に野郎4人結託して、絶対何か企んでやがる。 まあ、昼メシん時に締め上げて吐かせればいいか。 服部もそう思ってるだろうしな。 ここは店に入る前にとっ捕まえるのがセオリーだが、先行されてるからそこはちょっと難しいか? ……と思ってたが、店の駐車場に車を停めて降りてみれば、大野さんも二宮さんもまだ車の中だった。 何でだ? いや、俺としてはラッキーだけどよ。 ――その前に、これどうにかしねえとな。 目の前で繰り広げられてるのは、昼メシの間、俺と服部の隣に誰が座るかっていう心底どうでもいい口論。 女の子バリケードを何とか潜り抜けて合流した服部と、遠い空を見上げて同時にため息をついた。 合流した事で厚くなった女の子バリケードに松岡さんたちは弾き出されたが、俺と服部は車を背にしたまま動けない。 店の入り口を塞いでないから他人には迷惑かけてねえってのが唯一の救いか。 別に誰が隣だっていいよ、もう。 どうせ蘭はいねえんだし。 悲しい気分で青空を見上げてたら、やっと車を降りてきた大野さんが二宮さんと2人がかりで女の子たちを言いくるめて、俺と服部も一緒に店に押し込んだ。 作務衣姿の店員に案内されたのは店の奥の座敷になった場所、6人掛けのテーブルが5つ並んだうちの端から3つに『予約』のプレートが置かれていた。 「工藤君はここ、服部君はそちらです」 「お昼は私たちがご一緒させてもらうの」 「よろしくね」 にっこりと笑った逆巻以下女の子たちに押されて、真ん中のテーブルのこれまた真ん中の席に座らされる。 予想通りに両隣も背中も女の子に押えられてるから、目の前が服部だってのだけが心の支えっていう悲しい事態に陥ってるが、ハラが膨れればこの悲しさも多分半減するハズだからここは我慢の一手だな。 出されたほうじ茶を啜ってると、もうあらかた準備は出来てたのかさほど待たずに料理が運ばれてきた。 天ぷらの盛り合わせに山うどの味噌和え、漬物にご飯と味噌汁とデザート。 天ぷらは蕨に椎茸に筍に春菊に茗荷ってちょっと地味目なラインナップだが、山菜の旬は春だし学生の昼食ならこんなもんで充分だろう。 炊きたてなのか、ほこほこと湯気を立ててるご飯もいい香りだしな。 「わあ、美味しそう」 「天つゆじゃないのね」 「抹茶塩かな?」 女の子たちがわいわいとお喋りに興じる中、店員は座敷のすぐ横の6人掛けのテーブルにも同じ料理を並べ始め、まるでそれを待ってたみてえに大野さんたちが入って来た。 「……和葉っ!?」 「……蘭っ!?」 俺と服部が素っ頓狂な声を上げちまったのは、この場合仕方ねえだろう。 店員や他の客の注目を集めちまったのも、間違いなく不可抗力だ。 だってよ、野郎4人に囲まれて、ペンションで留守番してるハズの蘭と和葉ちゃんが現れたんだから。 「おっ!美味そうだな」 「折角の料理だし、あったかいうちに喰おうぜ」 「蘭ちゃんと和葉ちゃんはここな」 俺と服部を無視して、野郎共は真ん中の椅子を蘭と和葉ちゃんに勧める。 「ちょお待て!」 「何でここにいる!?」 「何でて……」 「留守番してろて言うたやろ!」 「せっかく高原に来とるんに、退屈やったんやもん。なあ、蘭ちゃん?」 「うん。留守番言いつけられて退屈だなって言ったら、一緒に行こうって誘ってくれたの」 「だからってなあ!」 思わず立ち上がろうとした俺たちの腕を女の子たちが両側から押えて、無理矢理座らせる。 ……こいつら放電してねえか?店員も客も、さり気に目を反らしてるぞ? 「ええやん、別に。ここでお昼食べるまでなんやから」 「そうよね。私たちも山菜料理食べたかったし」 蘭と和葉ちゃんが席につこうとすると、すかさず大野さんと二宮さんが椅子を引いてやってる。 待て!それは俺の役目だ! そう叫ぼうとしたのに、逆巻に先手を取られた。 「部長!まさかと思いますけど、その方たちのここでのお食事代も合宿費に入ってるんですか?」 「いや、これは俺たちの奢り」 「誘ったのは俺たちだからな」 「合宿の邪魔はしてないんだし、いいだろ?」 「きみたちはそっちで楽しんでてくれよ」 女の子たちの放電なんて気にも止めずに、大野さん以下4人の野郎共はさっさと席について箸を取った。 「……そうですね。折角のお料理ですし、美味しく頂きましょう。ねえ、工藤君、服部君」 さらりと放電を隠して、逆巻以下女の子たちも箸を取る。 仕方なく、俺たちも箸を取った。 ペンション出てからの野郎共の妙な浮かれ加減は、これが原因か。 そりゃそうだよな、蘭と和葉ちゃんて超プリティーな同行者がいれば、気分も天まで突き抜けるってモンだ。 ああ、俺だって蘭と一緒なら、あの雲にだって乗ってやるさ。 「なあ、平次!」 さっさと食って、蘭を奪って逃走してやる! 決意を胸に箸をつけようとしたら、和葉ちゃんが服部を呼んだ。 女の子たちが一斉にピリっと小さく放電したが、服部の不機嫌オーラに押されて大人しくなる。 いや、俺も不機嫌オーラ撒き散らしてるがな。 「……何や?」 「平次、春菊の天ぷら好きやろ?アタシのあげるから、山葡萄のゼリーと交換して?」 「お子様かい!」 「やって!」 甘える和葉ちゃんと、面倒そうな服部。 これはいつもの事で、次には仕方ないって風を装いながら服部が和葉ちゃんのリクエストに応えるんだよな、と思ってたら横から別の声が挟まった。 口を挟んだのは、和葉ちゃんの向こう側に座ってる二宮さん。 「え?和葉ちゃん、春菊嫌いなの?」 「別に嫌いな程やないんやけど、苦いからちょっとだけ苦手やねん」 「それなら、俺のゼリーと交換しよう」 「ええの?」 「勿論!俺、結構クセの強い野菜って好きなんだよね」 待て待て待て!!ちょっと待て!!それはマズいって!! 確かに和葉ちゃんは人懐こいけど、いつの間にそんなに仲良くなったんだよ!! 服部はな、和葉ちゃんが他の男と喋ってるだけでも不機嫌になるような男なんだよ!! まあ、蘭も和葉ちゃんと同じく天然だし無意識に男を虜にしたりするしで目が離せねえんだけどな、服部のはちょっとばかり常軌を逸してるってえかアブねえんだよ!! この合宿で殺人事件、それも迷宮入りなんて起こしたくねえんだって!! 嬉しそうな和葉ちゃんと、楽しそうに笑う二宮さん。 俺の前から、どす黒いオーラが漂ってくる。 みしっと音がした気がするのは、もしかして箸か? 今までの流れなら、ここで女の子たちが一斉に『服部君、春菊の天ぷら好きなんだ。私のもあげるわ』とか言いながら擦り寄っていく場面なんだが、さすがの女の子たちも今回は立ち上がった服部を止めようとはしねえ。 そりゃそうだ、俺だって怖くて止めたくねえもんな。 無言で靴を履いた服部は、どう好意的に解釈しても殺気にしか思えねえオーラを一点集中で飛ばしながら、和葉ちゃんの後ろに立った。 「和葉」 「ん?」 「山葡萄のゼリー。コレ食いたいんやろ?やるわ」 服部が、和葉ちゃんの後ろからゼリーの入ったガラスの器をテーブルの上に置く。 「ええの?」 「食いたいんやろ?」 「うん」 「これでトレード成立や。春菊寄越せ」 椅子の背に凭れながら上を向いた和葉ちゃんと、背凭れに手を着いて見下ろしてる服部。 さすがにマズいと思ったのか冷や汗かいてる二宮さん以下、服部の殺気に固まった野郎共。 我関せずと大人しく食事に専念する女の子たちと、困ったようにおろおろしてる蘭。 ああ、すまねえ、蘭。 今助けてやるからな。 とはいえ、情けないがいい案は浮かばねえ。 放っといたらそのままちゅーとかかましそうな服部を動かしたのは、和葉ちゃんだった。 「はい、春菊」 「おう」 和葉ちゃんが箸で春菊の天ぷらを取って、そのまま服部の前に翳す。 「ちょっとだけ抹茶塩つけたけど、もっとあった方がええ?」 「いや、充分やで」 服部が後ろから乗り出すようにして、和葉ちゃんの箸から春菊の天ぷらを食う。 手馴れてるってえか、あんまりにも自然にやってのけてるって事は、もしかしてこんなのが日常茶飯事だったりするのか? オメーら普段どこまでナチュラルにイチャついてやがんだ! 俺だってまだ、蘭から食わせてもらうなんてやった事ねえのによ! 「他のも食べる?ゴハン足りひんかったら、アタシの食べてええよ?」 「オマエも山菜好きやろ?結構美味いし、食えるモンは食うとき。多くて食いきれんようやったら、オレが食うたるから」 「うん」 服部の機嫌は回復しちゃいねえ。 だが、悪化は食い止められたようだ。 和葉ちゃんの前に座ってる蘭も、ほっとしたように俺に向かって笑って見せた。 「服部!折角の料理が冷めるぜ!」 悪化は食い止められたが、このまま放置ってワケにもいかねえ。 蘭にも美味いうちに料理食わせてやりたいしな。 そんな俺の気持ちを察したのか、服部はまだおどろ線を背負ったままだったがテーブルへと戻ってきた。 |
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ナチュラルにイチャついてるのが平和です(笑)。 by 月姫 「 ……すまん!服部! 」
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