新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日S−


待ちやがれっ!!

そう叫ぶ間もなく、蘭と和葉ちゃん、それに大野さん以下野郎共がそそくさと、それはもう打ち合わせでもしてたんじゃねえかってくらいに見事な連携で店を出て行った。

俺から逃げようってか?
いい度胸だぜ。
蘭と和葉ちゃんが退屈だって愚痴ったのは理解出来る。
折角の夏の高原、もっと楽しみたいってえのはよくわかる。
だからって、俺たちの目の届かねえ所で勝手に誘ってんじゃねえ。
蘭にはもう二度と約束を破らねえように後でしっかりとカラダに教え込んでやるとして、あの野郎共はどうしてくれよう。

優雅に且つ大急ぎで残りの料理を平らげた。
時間稼ぎでもしてんのかもたもたと靴を履いてる女の子集団をかき分けて先頭に出ると、律儀にも待っててくれた服部と一緒に店を出る。
後ろで女の子たちがまたぎゃあぎゃあ喚いてるが、支払いは店に入った時に大野さんが済ませてたのをしっかり見てたから、きっちり無視だ。

「ちょ〜待たんかい!!」
「逃げんじゃねぇ〜〜!!」

あと一息で押さえ込めるって所で、定員オーバーの車に逃げられた。

「仕方ありませんね。大野部長が仰った通り、先に次の予定地に向かいましょう」

立ち直りの早さも見事に、逆巻が携帯で予定を確認する。
俺たちの後ろで放電してた女の子たちもさらりと通常運営に戻ってやがる。
その変わり身の速さ、こんなシーンじゃなきゃ褒めてやりてえよ。

「次は立て篭もり事件のあった現場です。現役の名探偵のお二人に色々レクチャーしていただきたいわ」
「うん、そうだね」
「ニュースは見たけど、実際どんなだったかはわからなかったし」
「日本と外国の対応の違いとかも教えて欲しいし」
「立て篭もりって、推理小説になるのかしら?」
「ドラマならサスペンスよね?」

蘭と和葉ちゃんを乗せた車が消えた方を睨んだままの俺たちの後ろから、うきうきと楽しそうな声が聞こえる。
女の子たちは次の予定地に行くのが当然って顔してるみてえだが、そんなもん却下だ!

服部と顔を見合わせる。

「ふ……ふふふふ……」
「クっクっク……」

思わず穏やかじゃねえ笑いが込み上げてきた。

「見学は終わりや」
「ペンションに帰るぞ」
「え?でも予定が残ってるわよ?」
「それに、大野部長たちと擦れ違いになったら……」
「そんなん、メール入れとけばええやろ」
「どうせ、オメーらは現場検証とかに興味はねえんだろ?」

おどろ線をバックににっこりと笑ってやる。
もうオメーらのお守りは終わりだ。

「さっさと乗れや」
「置いてくぜ?」

昼メシ食ってる時に勝るとも劣らねえ不機嫌オーラを振り撒いてやると、女の子たちはピタっと口を閉ざして次々に車に乗り込んだ。

「大野部長……」

逆巻が『恨んでます』って声音で呟いてたが、こっちもきっちり無視だ。
とにかく、ペンションに戻る。
そして蘭を確保だ!!

もう一度服部と顔を見合わせて、気持ちは一つだと目で語る。

蘭を確保したら、即行で東京に帰ってやる。
いや、高原の夏を楽しみにしてたんだから、別のホテルなりペンションなり手配するか。
まだおニューのサマードレスも拝んでねえしな。
高原のホテルは今が繁忙期だが、俺と服部のコネとツテをフルに使えば何とかなるだろう。
『泊まる』ってだけなら、いくらでも奥の手があるし。
……たとえば、山道の途中によくあるお城とか。

「全員乗ったか?」

一応確認する。
本当はすぐにでも車を出したいところだが、俺も鬼じゃねえから大人しくしてるなら捨ててはいかねえ。

「大丈夫です」

どんどん増殖していくおどろ線に気圧されたのか、俺の方に乗った逆巻も素直に答えた。

「じゃあ、行くぜ。くれぐれも運転の邪魔すんじゃねえぜ?」

改めて釘を刺して、ガラス越しに服部にGOサインを出す。
夏のレジャーシーズン、どこにネズミ捕りの罠があるかわからねえから思いっきりアクセルを踏み込みたいのを我慢して、摘発されねえギリギリのスピードでペンションに戻った。

さあ、蘭を確保だ!
そんでもって、車を返すついでに今度は小型車借りて、二人っきりで高原デートに繰り出すんだ!
いや、蘭が和葉ちゃんも一緒がいいって言うなら、四人だってかまわねえ!
高原に輝く蘭の笑顔をたっぷりと堪能したら、夜はしっとりピンクモードに移行だ!
やるぞ!!

勢い込んでペンションに飛び込もうとして、大野さんが運転してたはずのセダンがない事に気がついた。
俺たちより先に出たのに、何でまだ帰ってねえんだ?

三度、服部と顔を見合わせる。
薔薇色オーラがすうっと褪せて、また俺と服部の背後におどろ線が渦巻き始めた。





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蘭ちゃんと和葉ちゃんが野郎共と一緒にいるのに、呑気に見学なんてしてられません(笑)。
by 月姫

「 うわあ!!待て待て待て!!俺が悪かった!! 」



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