新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日22−
夏の高原。
都会の蒸し暑さはさすがにないが、空気が綺麗なぶん紫外線ビシバシに感じるのは気のせいじゃねえだろう。
ましてや、昼メシも終わって一番太陽が元気な時間帯、油断してたらこんがりトーストになるのは間違いねえ。

「冷たいお茶を淹れたから、中で待ってなさいな」
「おおきに」
「でも、たまには帰りを待っててやらねえと」
「いつも待たせとるからなぁ」
「それに、ここは日陰になってるし、気持ちいいですよ」

オーナー夫人の3度目の誘いを、3回とも同じ言葉で謝絶する。
ペンションの玄関脇の木陰で仁王立ちする事かれこれもう2時間。
最初の30分くらいは女の子たちも俺と服部の後ろで何とか中に引き込もうと頑張ってたが、何か声をかける度に俺たちが背負ったおどろ線が濃くなっていく事に漸く無駄を悟ったのか、渋々と引き上げて行った。
まあ、ダイニングの窓際に椅子を並べてこっちを伺ってる視線は背中に刺さってるけどな、そんなモンは今の俺たちにとってはエールにしかならねえ。

ああ、頑張るぜ!
任せろ!

蘭が帰って来たら、野郎共への仕返しは取りあえず後回しにして、こうぎゅーっと抱き締めてだな『待ってたんだぜ?心配させんなよ』とか可愛い耳元で囁いて、今日は艶々ピーチになってるあま〜い唇を頂くんだ!
それから『車返しに行くんだけどよ、ついでにちょっとドライブしねえ?』とか誘って、その足でこの合宿から脱走するんだ!
逃走先は、そうだな、誰もいねえ地の果て?
ああ、そういえばレンタカー屋に行く途中の道から『HEAVEN』なんて看板の煌くお城が見えたな。
あれはあの道を下って行った先のはず。
よし!そこが俺たちの今夜の天国だな!
この合宿で俺たちに課せられた役目はとっくに果たし終えてんだから、文句はねえよな!
完璧だ!さすが俺!
おどろ線も薔薇色に輝くぜ!

……ちょっと待て、この計画には弱点がある。
そうだ!脱走なんだから、荷物を纏めておかねえと!

ふっと隣を見ると、服部とバッチリ目が合った。
あの目は、お互いの頭ん中で練ってるこの後の楽園計画に寸分の違いもない事を確信させてくれるもの。

「工藤……」
「ああ、そうだな……」

俺たちの荷物なんかどうでもいい。
財布や携帯や必要最小限のものは持ち歩いてるから、残りはオーナーか大野さんに着払いで送ってもらえばいい。
いや、俺たちに脱走計画立てさせたのは大野さん始めとする野郎共なんだから、ヤツらに送料出してもらおうか。
だけど、蘭や和葉ちゃんの荷物はそうはいかねえ。
そのまま残して帰ったってすぐに不自由するモンじゃねえだろうが、たとえオーナー夫人だろうと他人に見せたくはねえだろう。
叱られるのを覚悟で俺たちが纏めておくべきか?
だが、ここを離れた隙に蘭たちが帰って来たら……。

木漏れ日にジリジリと肌を焼かれながらより完璧なエスケーププランを立ててる俺たちの耳に、車のエンジン音が聞こえてきた。
ぐりんって音がすんじゃねえかって勢いで振り向いた俺たちの目の前に止まったのは、大野さんが運転してたセダン。

「蘭は?」
「和葉はドコやねん?」

声にちょっぴり殺気が篭っちまったのはしょうがねえ。
視線がキツくなったのも当然だと思う。
何せ、その車から降りてきたのは、大野さん以下野郎共だけだったんだから。

「や、やあ。待っててくれたんだ」
「他の子たちはもう中かい?」

大野さん以下野郎共の声はきっぱり無視して、一人一人確認するように顔を見回す。

「二宮さんは?」
「確か、助手席に乗っとったやんな?」
「良く見てたな……」
「探偵ですから」
「ほんで?」
「ああ、ニノね。うん……」

大野さんの目が泳ぐ。
さて、どうやって吐かせてやろうか。
ちらりと服部と視線を交わしてニヤリと少々邪悪な笑みを浮かべた時、近付いてくる土を踏む耳慣れない音に気がついた。

「かっ……和葉っ!!」

服部が、スプリント競技だったら間違いなく金メダル級のダッシュをかます。
行き先はあの耳慣れない音の発生源。
勿論、俺も負けじとダッシュをかましたさ!

耳慣れない音は、馬の蹄が土を踏む音。
馬上には二宮さんと、オーナーと同年代の野郎。
慣れた手綱捌きで馬を歩かせてる。

……そこまではいい。
へえ、乗馬なんて出来るんだって感心して終わりだ。
だが、今はそうはいかねえ。

馬には野郎以外に、超絶キュートなエンジェルが魅力的な足も露に乗ってた。
エンジェルは勿論、蘭と和葉ちゃんだ。
蘭は膝から、和葉ちゃんに到っては太腿から惜しげもなくガッツリと出してる。
そんな格好だから二人とも腕や首だって丸出しだし、ポニーテールの和葉ちゃんは魅惑のうなじだってモロ出しだ。
そんな夏の日の妖精が、頬を真っ赤に染めて野郎の前で馬に跨ってるんだ。
世界新だって目じゃねえ走りを見せるのも当然だろ。

……って、良く見れば固まってんのは蘭だけで、和葉ちゃんは楽しそうに笑いながら後ろで手綱を操ってる二宮さんと何か話してる。
まさか、後ろから抱っこなんて魅惑のシチュエーションは、服部と和葉ちゃんにとっては日常茶飯事だったりすんのか?
まさか、この俺がスキンシップでヤツより出遅れてるってのか?
あ、いや、濃厚なヤツならそりゃあそれなりにヤってるけどな。
でもよ、こう、ラブラブなさり気なさってえかさ、そんなモンもあるだろ?
その辺の所は後でじっくりと問い詰めてやる!

「おっと!馬が驚くからゆっくり来いよ」
「可愛い彼女たちが振り落とされちゃうよ?」

馬は臆病で敏感な生き物だ。
そんな事、俺も服部も知ってる。
俺はガキん頃からハワイの親父の別荘に行く度に乗馬はやってたし、服部も事件関係で知り合った人が乗馬クラブのオーナーだとかで時々乗らせてもらってるって言ってたしな。
暴れさせねえ手段は知ってるさ。

「お帰り、蘭」
「支えたるから降りて来いや、和葉」

野郎には氷の視線を、蘭には満開の笑顔を。
そのつもりだったんだが、どうやら失敗したらしい。
蘭が困ったように眉を寄せた。





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新一は「ハワイの別荘」で色々やってるから、きっと乗馬もやってたはず。
平次はオヤジさんの知り合いに乗馬クラブのオーナーくらいいそうな気がするんですが、
今回はそちらの出番はナシと言う事で(笑)。

by 月姫

「 うわああああっ!!待てったら!!花が潰れる!! 」



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