「 CHESS 」 |
notation 21 |
「 in between 」 |
新一の視線はまっすぐにほのかを捉えていて、動くことを許さない。 「君に服部に触れる資格は無い。」 ほのかは、あと僅かで平次に触れようとしていた右手を握りしめた。 「その、手に持っているモノを寄こすんだ。」 「わ・・私は何も・・・」 「寄こせ。」 ほのかは咄嗟に右手を体の後ろに隠した。 「そんなことをして、どうするつもりだったんだ?看護学校に通っている君なら、こいつがどうなるか分かってるはずだ。」 「あ・・・あ・・・」 驚愕の表情のまま数歩後図去ったほのかは、後ろの机に当たって、そのままその場にしゃがみ込んでしまった。 その拍子に、右手に握り締めていたはずのモノが転がり落ちる。 黙ってそれを拾い上げた新一は、暫らく眺めてから大きな溜息を付いた。 「まさか、君がここまでするとは、思ってなかったよ。」 新一の口ぶりはまるで、ほのかが何かする事を予測していたような感じだ。 「佐野ほのか、いや、藤村ほのかと呼んだ方がいいかな。」 ほのかは更に、両目を見開いて新一を見上げた。 「驚くことはねぇだろう?オレもコイツも探偵だぜ?」 新一の言葉に、ほのかも顔を歪めて平次を見る。 「まったくオレが忠告してやったのに・・・」 平次を溜息混じりに見下ろしてから、言葉を切った新一は、改めてほのかを見返した。 「オレが君に疑問を待ったのは、和葉ちゃんと4人で会った後くらいかな。だけどさ、元々オレは君には違和感を持ってたんだぜ。」 新一はそう言いながら、一度蘭を振り返った。 蘭がほのかに違和感を持っていたのも、新一はお見通しだったのだ。 「君は和葉ちゃんに似過ぎてるんだよ。始めはオレだって、他人の空似だと思ったさ。しかし和葉ちゃんと会った後の君は、仕草や言動まで彼女に似て来た。些細な態度や、服部に対する受け答えまで彼女にそっくりだ。あの日、彼女と初めて会った君になぜそんなことが出来る?普通は出来ねぇよな。」 教室に響くのは新一の声だけだった。 ほのかは俯いて両手を握り締め身動き一つせず、蘭もドアのところに立ち止まったまま息を殺して見守っている。 「そこで少し君のことについて調べさせて貰ったんだ。まさか君が改方学園の卒業生で、こいつらの同級生だとは思いも因らなかったよ。」 新一の視線はほのかを見据えたままだ。 「藤村は父親の姓で、今の佐野は母親の旧姓。元々君のご両親は離婚されてて、君は母親に引き取られた。そして、卒業を機に君も母親の姓に改名したと言うことさ。ここまでは、間違って無いよな?」 ほのかは、無言で肯定の意を表している。 「だが、問題はここからだ。」 その一言に、蘭が小さく息を呑んだ。 「ここから先は、こいつにもまだ話して無いことだ。」 今まで平然と語っていた新一だったが、その表情が僅かに歪む。 「”at bliss 0402”これが何だか君には分かるよな?」 新一はほのかの答えなど、求めてはいない。 「あの映像を投稿した人物が、使用したハンドルネームだ。和葉ちゃんの友人が、あの時の映像やコメントをすべて保存しててくれてさ、お蔭でオレも見る事が出来たんだ。サーバーにはもう何も残されてなかったしね。君にはこのハンドルネームの意味が分かるはずだ。」 「至福のとき・・・」 ほのかは掠れた声で、ぼそっと答えた。 「そう、至福のとき。次の数字の部分は、その日付だ。”4月2日は至福のとき”これが、これがハンドルネームに込めたられ意味の一つだ。そしてもう一つ。”至福のとき”これは藤の花言葉でもあったんだ。君の旧姓である藤村の藤。この二つを足すと、”藤村ほのかにとって、4月2日は至福のとき”君がハンドルネームに込めた本当の意味だよ。」 「あれは・・・私が・・・待ち望んだ・・・瞬間だから・・・」 その声には僅かに嬉しさが滲んでいる。 「そうだろうな。君のことを覚えていた子に聞いたら、君は熱狂的な服部のファンだと言っていたよ。新聞や雑誌の切り抜きは元より、学校内でもよく服部の写真を隠し撮りしてたらしいね。ただ引っ込み思案な性格で、決して直接声を掛けたりは出来なかったとも言ってたかな。」 「見てるだけで良かった・・・それだけで・・・十分だったの・・・」 「あの場面に出くわすまではだろ?」 「私は・・・遠山和葉が羨ましかった・・・」 ほのかはぽついぽつりと話始めた。 「いつも平次の側に居て、いつもいつも平次に構って貰えて・・・・・・・それが・・・・・・・・それが・・・とても羨ましかったの・・・」 「やっぱ和葉ちゃんのことも、ずっと見てたんだな。」 「平次を見てると必ず・・・彼女が・・・あの女が現れた・・・話しかけて・・・触れて・・・・・・平次に笑って貰ってた・・・私が・・・どんなに望んでもやって貰えないことを・・・あの女は・・・いつも・・・いつも・・・当然のように・・・」 「羨ましいんじゃなくて、嫉ましかったんだろ?」 「そうよ・・・だけど・・・だけどね・・・諦めてたの・・・・・・・・・平次も・・・平次も・・・・・彼女のことが好きなんだって・・・思ってたから・・・」 「・・・・・・・・・・」 新一は心の中だけで、溜息を付いた。 平次の本心は、周りの人間にはちゃんと見えていたのだと。 本当はそれが真実だったのに、本人が気付いていないが為に、あんな誤った結果になってしまったのだと。 「だけど・・・違った・・・平次は・・・あの女のことなんか・・・何とも想ってなかった・・・」 「こいつが気付いてなかっただけだけどよ。」 「何だっていい・・・あのとき平次は・・・きっぱりとあの女のことを振ったんだから・・・」 「・・・・・・・・・・」 「あの場所に居たのは、本当に偶然だったの。だから・・・始めはいつもみたいに平次の写真を撮ろうと思って携帯のカメラを向けたの・・・そうしたら・・・あの女が・・・・・・だから私は咄嗟に・・・・・・・まさか・・・・・・・あんなのが撮れるなんて・・・」 ほのかの表情は強張っているのに嬉しいそうで、どこか狂気めいた色を帯びている。 「あれは神様が私にくれたご褒美なのよ。ずっと、ずっと平次のことだけを見てた私に、神様がチャンスをくれたの。私・・・嬉しくて嬉しくて・・・平次も本当はあの女のことなんか何とも想ってなかったのが・・・本当に嬉しくて・・・だから・・・みんなにも知ってほしかったの。」 「それで、携帯サイトに投稿したってのかよ。」 「だって、みんなにも一緒に喜んで欲しかったんだもの。あのサイトの掲示板は、平次のファンの子たちが集まっていたから、早くみんなにも教えてあげたかったの。平次は誰のものでも無いんだって。あの女が纏わり付いてただけなんだって。きっと、みんなもよ・・」 「あれは、お前やったんか。」 嬉し気にしゃべり出したほのかの声を遮ったのは、低くてとても冷たい平次の声だった。 |
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