「 CHESS 」 |
notation 20 |
「 calculate 」 |
新一は暫らく切れたままの携帯を、ただ唖然と見詰ていた。 「・・・・・・・・・・」 突然何の前触れも無く訪れた現実が、信じられないのだ。 ・・・・・・・・・・・あの声は・・・・確かに・・・・・・・・・・・ あの声は確かに和葉ちゃんだった、と頭の中で言おうとしても、違う声がそれを遮ってしまうようだ。 それは探の言ったいくつもの言葉。 『彼女は僕の最愛の人で、共に暮らしている』 『最愛の人を腕に抱いて眠るのは当然です』 『いついかなる時も彼女の側に居ると、誓いました』 これらの言葉と和葉を結びつけることが、新一にはどうしても出来無いのだ。 「これは・・・・・何かの・・・・・冗談・・・・・・・・だろ?」 何度も何度もさっきの声を思い返してみるが、あの声が和葉では無いと言い切れないでいる。 ・・・・・・・・・・・あの声・・・・それに・・・あの独特の話し方は・・・・・・・・・・・ 和葉の声に似た女性なら大勢いるだろう。 大阪弁を話す女性は、更に多くいるだろう。 しかし和葉によく似た声音で、あのどこか甘えたような大阪弁を話す女性がいったい何人いるだろうか。 しかも、あの白馬探を虜に出来る女性となると更に限られてくる。 「違う・・・・・きっと・・違うに・・・・」 新一は未だ眠り続ける平次に向って、何より自分自身に言い聞かせるように声に出そうとした。 なのに、どうしてもそれすら出来無い。 「蘭・・・・そうだ!蘭ならきっと否定してくれるはずだ!」 平次の為にも新一は縋る思いで、手の中から滑り落ちていた携帯を改めて拾い上げ、蘭の番号を呼び出した。 「出てくれ!蘭!」 今度もなかなかコールの音は途切れてくれない。 ・・・・・・・・・・・頼む蘭!電話に出てくれ!・・・・・・・・・・・ 新一の願いも虚しく、非常にも留守番電話サービスに接続されてしまった。 「くそっ!!」 乱暴に通話を切ると、改めて時間を確認する。 腕時計も壁の時計も4時5分を示している。 ・・・・・・・・・・・まだ時間はあるんだ・・・・・・落着け・・・・・とにかく・・落着くんだ!・・・・・・・・・・・ 新一は動揺して上手く思考の働かない自分に、必死で言い聞かせた。 呼吸を整え、改めてに椅子に座り直す。 イライラと指を組み替えながら、視線はどこにも向いていない。 事件に向っている時でさえ、こんなに冷静さを欠いた新一は滅多に見ることはないであろう。 「ちっ・・」 穿き捨てるように舌打ちをして、もう一度蘭の携帯に掛け直すが、またも繋がらない。 「何やってんだよ蘭のやつ。」 イライラの矛先は電話に出ない蘭へも向かい始めた、その時に、教室のドアが古さを思わせる音と共にゆっくりと開いた。 「・・・・・・・・・・新一いるの?」 ドアの隙間から顔を覗かせているのは、繋がらない電話に八つ当たりをしかけた相手である蘭だった。 「蘭?!!」 新一は急いで立ち上がり、蘭のいる後ろのドアに向かう。 「ずっと電話してたんだぜ?おめぇにすぐに・・でも・・・・」 蘭の後ろに居る人物を見付けると、新一は言い掛けた言葉を無理矢理押し留めた。 「ほのかちゃん・・・」 蘭の背中に隠れるように掴まって、横からそっと顔を覗かせたのだ。 「・・・・・・・・・・」 「ごめんね新一。本当はもっと早く来るつもりだったんだけど途中で迷っちゃって、それにね、ここって複雑過ぎて何度説明されても分からなくて。まだ講義中の教室とかもあって、邪魔しちゃいけないと思って携帯マナーモードにしちゃったから気付かなかったの。」 と蘭は自分の携帯を確認しながら、申訳なさそうにそう謝った。 「あっ、いや、別に・・・いいんだ。」 「何か急用でもあったんじゃないの?」 「大したことじゃねぇから、後でいいよ。それよりどうしたんだ?蘭がこんなとこまで来るなんてよ?」 新一はほのかの存在に気付いた時から、和葉のことは間違っても口に出来無いと思っていた。 「それは・・・」 なぜか言葉を選びながら、蘭は後ろに居るほのかに視線を移した。 「服部か?」 「うん。そうなんだけど・・・」 「服部だったら、あそこで爆睡してるぜ。」 言葉を濁す蘭に、分かっていると言うように溜息を付いて、新一は教室の一角を顎で示した。 どうせほのかに泣き付かれて、ここまで来ることになっただろうことは新一にはとっくに理解出来ていたからだ。 「寝てるの?あの服部くんが?」 蘭も平次とは長い付き合いだ、こんな場所で本気で眠っていることが信じられないのだろう。 「ああ。もう半分以上死んでるみてぇなもんだぜ。蹴飛ばしたって何したって、まったく起きる気配すらねぇんだからよ。」 「そう・・・なんだ・・・」 新一は呆れたような表情で、蘭は心配そうな表情で、平次の後ろ姿を見詰た。 しかしほのかは、そんな二人を押し退けるように教室内に入ると、平次の元へと走り寄って行った。 その姿は平次のことが心配で心配で堪らないといった感じだったが、 「触るな!」 平次に触れようとした瞬間浴びせられた新一の怒声によって、驚愕の色へと変り始めた。 「服部に触るんじゃねぇ!」 突然大声を張り上げた新一に、ほのかより、蘭の方が驚きを隠せないでいる。 「い・・行き成りどうしたの新一?」 きつい表情を一瞬緩め蘭を見てから、新一は再びほのかを睨み付けた。 「そいつに指一本触れんじゃねぇ。」 ほのかは平次に触れようとした姿勢のまま止まって、新一を信じられないと言った表情で見返している。 静まり返った教室に、新一の足音だけが響き渡る。 一歩、一歩、ほのかを見据えたまま近寄って行く。 残された蘭は、一瞬だけ現れた新一の眼差しを信じて、ただ黙ってその様子を見守ることにした。 |