「 CHESS 」 |
notation 19 |
「 skewer 」 |
非常識な時間にけたたましく鳴り続ける電話。 探は腕の中の和葉が起きてしまわないように、そっとその耳を両手で塞いだ。 「彼は何を考えているのでしょうか・・・迷惑な人ですね。」 こんな時間に家の電話に掛けてくる人間は、探の知っている限り1人しかいない。 こっちの知り合いは皆、直接携帯電話に掛けてくる為に家の電話はほとんどと言っていい位鳴ることが無かったからだ。 探は再び目を閉じて、煩わしいその音を無視することに決めた。 しかし、電話は一向に鳴り止む気配をみせない。 「う〜ん・・」 さらには和葉が起きてしまいそうな気配がある。 「はぁ・・・」 探は小さな溜息を付くと、和葉を起こしてしまわないように頭までそっと布団を掛け、やっとサイドテーブルに置いている受話器に手を伸ばした。 「工藤くん、いい加減にしてくれませんか?」 『おいおい。行き成り名指しかよ。』 探の最高に迷惑そうな声に対して、新一の声はとても楽しそうだ。 「こんな非常識な時間に、人の迷惑も考えず電話を鳴らし続けられる人間を僕は君以外に知りませんから。」 『お〜っと、すまねぇ。こっちは真昼間だからよ、てっきりそっちもそうだと思っちまったぜ。』 「君の頭の中も白昼夢みたいですね。」 『そんなに褒めなくてもいいぜ。』 「まったく褒めてませんが。それで、ご用件は?」 能天気な新一の声に、探の低音は更に低さを増す。 『大した事じゃ〜ね〜んだけどよ、おめぇがいつこっちに帰って来るのかと思ってよ。』 「本当に大した事では無いですね。そんな事を聞くために・・」 「さぐる?」 「ちょっと失礼。」 探は急いで電話を保留にした。 新一につられてついつい声が大きくなってしまったようだ、和葉がもそもそと布団の中から顔を出した。 「ごめん和葉。起こしてしまって。」 「ううん・・・え〜よぉ・・・」 和葉の声はまだ寝ている。 「和葉はまだ寝てていいから。」 「・・・・・・・・・探はぁ?・・・」 「僕はリビングの方で電話をして来ます。だから、和葉はそのままで。」 「・・・・・・・・・うん・・・」 探がそっと頭を撫でてあげると、和葉は気持ち良さそうに再び目を閉じた。 「おやすみ和葉。」 額に優しいキスを落とすと探は静にベットを降りて、そっと彼女に布団を掛け直した。 椅子に掛けたままになっていたガウンを取り、音を立てないよう注意して部屋を出る。 ついさっきまで和葉を抱き締めていたせいなのか、リビングは思った以上に寒くて探はガウンを急いで羽織ると手早く暖炉に火を入れた。 そして、やっとリビングの受話器を持ち上げる。 『おめぇよぉ、わざわざ国際電話を掛けてやってる相手を、10分も待たせるかぁ普通?』 「僕は待ってくれとは言ってませんが。」 『ちっ。詫びの一言でも言えねぇのかよ。まぁ〜〜女連れ込んでんなら仕方ねぇか。』 新一の声にははっきりと卑下た含みが窺えた。 しかし探はそんな新一の様子に腹を立てる訳でもなく、逆にほっと肩の力を抜く。 和葉の声が小さくて新一には、誰だか分からなかったみたいだ。 「あなたと一緒にしないで欲しいものですね。彼女は僕の最愛の人で、共に暮らしているのですから、あなたより彼女を気遣うのは当然です。」 『おっ・・おめぇ金髪ねえちゃんと同棲してんのかぁ?』 どうやら、日本人とさえも気付かなかったようだ。 「あなたに言われると、どうしてそう卑猥な感じがするんでしょうか。」 『うっせ〜よ。大きなお世話だ。それより、マジで同棲してんのか?』 「共同生活と言って欲しいものです。」 『ばぁろ〜!ヤッテんなら同棲じゃねぇ〜かよ。』 「最愛の人を腕に抱いて眠るのは当然です。」 『・・・・・・。おめぇに先越されるとわなぁ〜。な〜んか妙にショック受けちまうぜ。』 「尽く失礼な人ですね。用が済んだのなら切りますよ。」 『おめぇも大概失礼なヤツだぜ。で、いつ帰って来んだよ?』 「そうですね、大学が休みになったら帰るつもりです。」 『ケンブリッジは12月の中旬からだったよな、クリスマスホリデー?』 「ええ。ですから、日本に帰るのは早くても17日位になりますね。」 『もっと早く出来ねぇのかよ?』 「僕はいいのですが、彼女の都合もありますから。」 『はぁ?おめぇ女連れ帰るのか〜?』 「その言い方には賛同しかねますが、彼女を独り残して帰ることは出来ません。」 探は暖炉に向けていた視線を、和葉が寝ている部屋のドアへと移した。 「いついかなる時も彼女の側に居ると、誓いましたしね。」 どこまでも優しいその眼差しは、ドアの向こうで幸せそうに眠っている和葉を写してるのだろう。 『まったく平然と惚気やがって。だったらその最愛の女を言い包めて、さっさと帰って来い。』 新一の声が急に真面目な声音に変わった。 「何かあったのですか?」 探の声音も探偵のそれに変わる。 『あの派手好きな鈴木財閥相談役は、とんでも無い場所をパーティー会場に指定しやがったのさ。』 「とんでも無い場所とは?」 『東話テレビの上空スタジオだ。』 「東話テレビの上空スタジオと言えば、あのビルの最上階にあるドーム型スタジオのことでしたね。」 『ああ。しかも、天候が良ければドームを開放するんだとよ。』 「・・・・・・・。全てに於いて自殺行為ですね。」 『あのオヤジは言い出したら、聞かねぇからな。オレと服部とで、すべての警備の配置や、トラップの手配をするのは悔しいけど無理だ。場所が悪過ぎる。借りたくねぇけど、どうしてもおめぇの助けが必要なんだよ。分かったら、さっさと帰って来やがれ。』 「日本警察の救世主と言われる工藤新一くんに、そこまで言われたら・・」 『嬉しいんだったら、さっさと来て手伝え!』 「迷惑ですが、一応、彼女の意見を聞いてから検討してみます。」 『・・・・・・・。おめぇ・・・・マジで嫌な野郎だぜ。』 「褒め言葉として受け取っておきます。」 『褒めてねぇ!だいたい・・』 「さぐる〜?出かけるん?」 『・・・・・・・・・』 探はとっさに受話器のマイク部分を塞いで、振り返った。 そこにはドアから顔だけを出して、こちらを心配そうに見詰ている和葉。 「いえ、どこにも行きませんよ。だから安心して。」 『おいっ!白馬!』 探は和葉に安心するように微笑んで見せたが、電話から聞こえる新一の声は動揺していた。 「そういうことですから、日時か決まったらこちらから連絡します。」 『ちょっと待て白馬!今の声・・』 新一の叫び声などまるで聞こえ無いかのように、受話器を本体に戻した。 ・・・・・・・・・・・あの様子だと気付かれてしまいましたか・・・・・・・・・・・ 和葉の肩を優しく抱き、探は口元を少しだけ上げる。 ・・・・・・・・・・・これは早々に日本に帰る必要がありますね・・・・・・・・・・・ 知られたところで探にはまったく問題は無いけれど、要らぬ詮索をされて和葉を不安にさせる訳にはいかない。 探は再び和葉と共にベットに入りながら、 「愛しています和葉。」 とその耳元で囁いた。 するとくすぐったそうに身を捩って、 「あたしも。」 と返って来る。 朝日が昇るまで後もう少し、探は和葉の温かさを感じながら静に瞳を閉じていった。 |