CROW 7.。 | ||
その夜、葉を寝かせ付けながら和葉は平次のことを考えていた。 あの平次が「愛している」と言った。 それは平次の体全体からも伝わってきた。 昨日は酔っていたし、意識も朦朧としていたから受け入れてしまった。 もしかしたら、平次の名前を呼んでしまったかもしれない。 新一に抱かれた時に自分に課した罰。 二度と平次の名前を口にしないと。 その罰は今も消えていない。 だから、余計に平次の気持ちが嬉しくて哀しかった。 自分の横で幸せそうに眠る、葉。 成長するにつれて、新一に似てくるかもしれない。 それは、きっと平次を苦しめるはずだ。 自分は葉を心から愛している。 ここまで、がんばって来れたのも葉がいたからだ。 和葉は一人、静かに泣いていた。 それからの和葉は、徹底的に平次を無視した。 携帯にも出ず、来ても部屋には絶対入れなかった。 また平次も和葉の気持ちには気付いていた。 自分を思って、葉を思って、あえて自分を遠ざけているのだと。 どう言えば和葉は、分かってくれるだろうか。 自分が葉も大好きだということが。 葉の父親に心からなりたいと思っていることが。 葉は新一と血が繋がっているというだけで、何より和葉の娘なのだ。 1ヶ月が経った頃、始めに和葉の異変に気付いたのは華月だった。 「和葉・・・・・・・もしかして・・・・・・・・。」 「絶対、あの男には言わんといて。」 「どうしてやの?服部くんやったら・・・・・・・・和葉・・・あんた・・・・・。」 華月が怪訝な表情を和葉に向ける。 「おろすつもりやないやろね?」 「・・・・・・・・・。」 「あかん!絶対にあかんよ、和葉!」 「やって・・・・・あたしには葉がいてるから・・・・・。」 和葉自信、本当はどうしていいのか分からなかった。 悩んでいる間にも、日にちは確実に過ぎていく。 そんなある日、和葉はナイフを振り回す犯人に左腕を切られてしまうというミスをおかした。 数針縫うほどの傷だった。 その為に、上司命令で無理矢理休まされている。 和葉、華月、葉の三人は明の店で、仕込みのついでにお昼を作ってもらって食べている。 非番の日は、いつもこうだった。 和葉と華月の間に、小料理屋には不釣り合いな子供椅子に座って葉もご機嫌だ。 「和葉、病院には行ったん?」 「何言うてんの。行ったから、7針も縫われてしかも包帯ぐるぐる巻きにされてしもたんやんか。」 確かに和葉の左腕にはしっかりと包帯が巻かれており、しかも首から吊されている。 「そうやなくて〜〜。」 そこに、夜勤明けでそのまま事件を一つ済ませた平次が飛び込んで来た。 今朝、華月から連絡を受けた冬樹が平次に伝えたのだ。 「和葉!」 平次は和葉に近寄り左腕の現状を見て、 「お前・・・・これ・・・・・酷いんか?」 と眉間に皺を寄せている。 それに、答えたのは葉だった。 「ママね、おててななちゅヌイヌイしたんやて。イタイイタイなんやて。」 「そうなんか?」 「やからね、へ〜ちゃん。ママのおててにしゃわったらあかんねんよ。」 「そっそやな・・・。」 平次は思わず伸ばしかけた手を止めた。 葉がいるときは、平次も無茶はしない。 「へ〜ちゃん。だっこ〜〜〜〜。」 もうご飯に飽きていたのだろう、葉は椅子の上に立って平次に手を伸ばした。 そんな葉を平次は優しい目をして抱き上げてやる。 「平次はんもどうせお昼まだでっしゃろ。」 明は、和葉の隣に平次のご飯を並べた。 平次は葉を膝に乗せ、楽しそうに二人で食べている。 その間、和葉は一言も話さない。 華月はそんな様子をしばらく見ていたが、思い切ったように先ほどの話の続きを始めた。 「和葉、病院行ったん?」 和葉は、何も答えない。 「今回は無事やったんやろ?・・・・・和葉?」 「・・・・・・・まだ、行ってへん・・・・・・。」 和葉はやっとぽつりと答えた。 「やったら丁度ええやん。服部くんもおるんやし、一緒に行ってき。」 「華月!」 「どうするかは、二人でちゃんと話して決めなあかん!」 「和葉・・・・まさか・・・・・・。」 「そうや!和葉、妊娠してるんや。」 「だっ・・・。」 「誰のなんて、アホなことぬかしたらシバクよ服部くん。」 平次は和葉を引っ張って病院に連れていった。 結果は、8週目に入ったとこだった。 「何で今まで黙ってたんや。」 帰りの車の中で、平次はやっと口を開いた。 それまで、二人ともまともに会話もしていない。 「和葉にとって俺は、その程度の男なんか?」 「・・・・・・・。」 「お前いつまで、俺のこと信用せんつもりや。」 「・・・・・・・。」 和葉は、両手を強く握りしめてじっと平次の言葉を聞いているだけだ。 「お前分かってへんようやから、言うとくで。よう聞いとけや、和葉。もし今後、他ん男にその体触れさせてみぃ、その男どんなことしてでも見つけ出して殺してやんで。」 「なっ・・・・・。」 和葉はやっとまともに平次の方に顔を向けた。 それは刑事である平次の口からは、絶対に出てはいけない言葉。 「冗談とちゃうからな、よう覚えとけや。」 「な・・・・・・何でそんなこと・・・・・・・。」 「お前は俺のもんやっちゅうことや。逃がさへん言うたやろが。」 「何言うてんの・・・・・・あたしとおったら・・・・・。」 和葉の言葉を平次が遮る。 「葉のことか。お前、俺をみくびるんもええ加減にせぇや!それともなんか?俺やと葉の父親に相応しくない言うんか?!」 「・・・・・・・。」 「何とか言えや!」 「そんなん・・・・思うてない・・・・・。」 和葉の声は消え入りそうだったが、平次には届いたようだ。 その証拠に、 「やったら、問題ないやんけ。俺んとこに、嫁に来い和葉。」 とあっさり言ってのけた。 もうすぐ信号が赤から青に変わる。 和葉は答えない。 「和葉、返事。」 信号が変わっても車を動かそうとしない平次。 後ろからクラクションが鳴らされる。 「お前が、返事くれるまで動かへん。」 「そんなん・・・・・。」 「返事は?」 クラクションの音が増えていく。 「・・・・・・・・・ええよ。」 平次はやっと車を動かした、しかし、またすぐに路肩に止めてしまった。 今度は身を助手席の和葉の前に乗り出して、 「俺の名前呼んでみ。」 と言い出した。 平次は和葉が自分の名前を一度も呼ばないことに気付いていた。 そして、本当はそれがとても嫌だったのだ。 なかなか呼ばない和葉に、1回目のキスをする。 和葉は驚いて平次を見ている。 ここは、町中の大通り、車の横を大勢の人が歩いているのだ。 いくら車の中とはいえ、外から丸見えである。 2回目。 「人が見てるやんか・・・・。」 3回目。 「やったら、早よ呼べ。」 4回目。 和葉の中に、ふつふつとこれまでの平次の行動に対する怒りみたいなものが沸き上がってきた。 大人しくしていれば、やりたい放題ではないか。 5回目。 「・・・・・・ええ加減にしいや、平次!!」 突然の和葉の大声には平次より、外を歩いていた人たちの方が驚いた。 当の平次と言えば、いたずらっ子のような笑顔。 「やっと、和葉らしゅうなったやんか。もう、二度と違う呼び方するなや。それと、これはちゃんと呼べたご褒美や。」 そう言うと、6回目のキス。 右手しか使えない和葉が平次を押しのけられるわけもなく、 それは公衆の面前ではあるまじき長い長いキスになってしまった。 |
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