平 heiwa 和 9
■ 蘭の気持ち 1 ■

和葉ちゃんから電話をもらったのは、入学式を3日後に控えた日だったの。
「あんなぁ蘭ちゃん、どうしても直接話たいことがあんねん。こないな時に悪いとは思うたんやけど、どうしても蘭ちゃんやないとあかんねん。明日、名古屋まで誰にもないしょで来てくれへんやろか。」
聞きたいことはいっぱいあったんだけど、和葉ちゃんのどこか切羽詰った声にわたしは「いいよ」と答えていた。


新一との約束をなんとか誤魔化して、約束の時間に名古屋駅に着くと和葉ちゃんはホームでわたしを待っていてくれた。
でも、その和葉ちゃんはわたしが今まで一度も見たことがない、まるで別人の様な姿だった。
わたしたちは駅構内のカフェに座り、お互い飲み物を注文した後、和葉ちゃんは今日の無理な願いを謝ってから話し始めたの。
白い差出人不明の封筒に入って送られて来た5枚の写真のこと。
その間の和葉ちゃん自身について。
そしてクリスマスの日のこと。
一番わたしを驚かせたのは、最後に送られて来たモノだった。
わたしは何て言葉を掛けていいか分からずに、目の前に座っている和葉ちゃんを見詰ることしか出来なかった。
わたしが知ってる和葉ちゃんは、いつも元気いっぱいで、色々な表情を持っていて、全身から服部くんを好きって言ってる彼女なのに、今、私の前にいる和葉ちゃんは振れたら壊れてしまいそうな程、儚くて脆く見える。
表情はまるで無くて、大きくて綺麗な瞳はガラス玉の様に感情が表れていない。
和葉ちゃんが受けた傷が、どんなに深く大きなモノかを物語っているみたいに。


どうしよう・・・・・。
このままだったら、和葉ちゃんが壊れてしまう・・・・・・。


わたしが何か言いかけた時、また、和葉ちゃんが謝った。
「ごめんな、蘭ちゃん。約束したんに、大学。一緒のとこに行こう言うてたんに・・・。あんな、試験の結果が悪かったって言うたんやけど、ほんまはな、あたし第1志望を勝手に取り消してん。試験前に無理言うて、願書取り下げてもらってん。」
謝る姿がとても痛々しくて、わたしは思わず和葉ちゃんの手をそっと両手で包んでいた。
「もう、そんなこと気にしないで。学校が違ったからって、わたしと和葉ちゃんの仲は変わらないんだから。」
今日初めて和葉ちゃんは小さく笑ったの。
「やっぱ、蘭ちゃんにはかなわへんなぁ。」
でも、その笑顔は人形の笑顔みたいだった。
「他の人やったら、たかが失恋って言うやろうけど。18年間、生まれてからずっとや。ずっと一緒におって、幼馴染みいうだけで、誰よりも近くにおって、それが当たり前んなってて・・・。あたしには他の人を見ることなんか・・・出来なくて・・・・・・。」
そこで言葉を切って、目を伏せた。
ガラス玉だった瞳にわずかに和葉ちゃんの気持ちが表れている。
「近過ぎて長過ぎた想いが苦しくて、あたし一人ではもう・・・どないにもならへんようになって・・・。蘭ちゃんなら・・・蘭ちゃんなら、この気持ち分かってくれるんやないかって思うて・・・・ははっ・・・・勝手やね、あたし。」
「ううん。そんなことないよ。和葉ちゃんがどんなに服部くんのこと大切に想っているか、わたしには分かるもの。だって、わたしもずっと新一だけを見て来たんだから。」
わたしの言葉は和葉ちゃんに届いてる?
「ええなぁ、蘭ちゃんは。工藤くんも蘭ちゃんだけを見とるし。」
「あっ、嫌みちゃうよ。ほんまにそう思ってん。ほんまに、羨ましいなぁって。あたしも蘭ちゃんみたく素直やったら・・・平次も少しはあたしんこと見てくれたんかなぁ、なんて・・・。」


だめっ・・・・。
どうしよう、どうしたら和葉ちゃんを助けてあげられるの・・・・・・・・。


わたしには、和葉ちゃんにかけてあげられる言葉が無いよ。


「はっ服部くんにこのこと話そうよ。写真のことも何もかも。だって、こんなっ」
和葉ちゃんが持っているそれらが入っている包みを指さして、
「こんなモノ送ってくる女の人っておかしいよ。服部くんなら、きっと分かってくれるって。」
声を張り上げていた。
それでも、和葉ちゃんはゆっくり首を左右に振るだけ。
「ありがとな、蘭ちゃん。でも、もうええねん。どんな女でも平次が選んだ人なら、あたしの出る幕なんかあらへんねん。それに・・・今のあたしはもう、平次に相応しくないねん。」
「・・・・・・・。」
好きな人のあんな写真や映像を見せられたら・・・・もし、それが新一だったら・・・・・・・・・そう考えようとしただけでわたしの心臓は鷲づかみにされた様に痛んだ・・・・・考えられない・・・・・・・・だったら和葉ちゃんは・・・・・・・目の前にそれを突きつけられた和葉ちゃんは・・・・・・・・・・。
わたしは大粒の涙を流していた。
泣けない和葉ちゃんの代わりに。


切な過ぎるよ。
わたしでは和葉ちゃんを助けてあげられないよ、新一・・・・・・・・。


「ほんま、優しいなぁ、蘭ちゃんは。」
そんなことない、そんなことないよ。
だって、わたしは和葉ちゃんに何もしてあげられないよ。
わたしのそんな気持ちが伝わったのか、
「あたしの我が儘で蘭ちゃんにまで、嫌な思いさせて、ほんま、かんにんな。」
って笑ってくれる。
それから、
「ほな、蘭ちゃん、これ、よろしゅう頼みます。」
と例の包みをわたしに差し出した。
和葉ちゃん自身何度もどうにかしようとしたらしいんだけど、服部くんが写ってるモノをどうしても捨てることも燃やすことも出来なくて、私に捨ててほしいとさっき頼まれていたの。
ゆっくり立ち上がりかけた和葉ちゃんが、何か言いたげにわたしを見て、また、ゆっくり立ち上がった。
「和葉ちゃん・・・?」
まだ何か隠していそうな彼女に、わたしは慌てて声を掛けた。
でも、結局、和葉ちゃんは何も言ってはくれなかったの。
わたしたちは、次はGWに会う約束をして逆方向のホームに向かって歩き出した。
和葉ちゃんのその消えてしまいそうな後姿に、わたしの不安は大きくなるばかりだったのに。



その不安は、夜にかかってきた和葉ちゃんからの電話で現実のものになってしまった。
和葉ちゃんが電話をかけてきたのは、関西国際空港からだった。
そして、また約束を破ることを謝り、神戸の大学に入学手続きを行っていないことを告げられた。
これから、外国に行くのだと言う。
わたしにも黙って行こうとしたけど、どうしても、それは出来ないと思い直してくれたこと。
だけど、行き先は教えてくれなかった。
「いろいろありがとな、蘭ちゃん。きっと、手紙書くから。元気でな。バイバイ。」
そう言い残して、電話は一方的に切られた。


「うっ・・・うう〜〜〜、わぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


わたしは泣くことしか出来なかった。






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