平 heiwa 和 21
■ 平次の気持ち 9 ■

冴子と篠山が下りて来た。
「お目覚めになりまして。」
何事も無かった様に笑いよる。
「お夕飯を持ってまいりましたの。」
篠山がテーブルにカレーと水の載ったお盆を置く。
「こちらへどうぞ。」
今度も篠山が俺を引きずり上げ、無理矢理に椅子に座らせたんや。
「平次さんカレーお好きでしょ。シェフにこちらの食材を贅沢に使って作らせましたのよ。」
「このままやったら、食えへんやんけ。」
「私が食べさせてさしあげますわ。」
「さぁ、召し上がれ。」
スプーンにカレーをすくい、俺の口元に差し出す。
少し迷ったんやが、食うことにした。
腹が減っては戦は出来ぬや。
冴子はずっとしゃべっとったが、俺はもくもくと食うだけやった。
食い終わった後に、冴子が俺の口元をナプキンで拭くんはさすがに抵抗があったんやけど、この状態ではどうにもでけへん。
「いかがでした。」
満足そうに微笑んどる。
「まぁまぁやな。」
この間も篠山は、少し離れたとこでじっとこっちを見とるだけや。
「俺、そろそろ帰りたいんやけど。この手足縛っとるロープ外してくれへんか。」
「それは、出来ませんわ。だって、これからここで私と暮らすのですから。」
「何言うてんのや、自分?」
冴子の表情が少しずつ変わっていく。
「やっと平次が私のことろに帰って来てくれたんですもの。当然ですわ。」
俺の名前も呼び捨てになっとる。
「俺は嫌や。」
冴子の表情がさらに毒々しくなる。
「関係ありませんわ。私がそう決めたのですから。」
「俺が帰らへんかったら、騒ぎになんで。きっと、ここにも警察が来る。」
「かまいませんわ。それに、先程すでに平次はバイクで帰りましたもの。」
つまり俺によう似た格好させて、誰かにバイクで東京まで行かせたっちゅう訳か。
「用意周到やな。犯罪やで、これ。」
「そんなもの怖くありませんわ。」
「ええ加減にせい!俺は帰んで!」
冴子の表情から余裕が消え険しくなった顔で、叫び出す。
「あの女のところがそんなにいいんですの?私の方があんな女よりずっと綺麗で女らしいですし、家柄だって比べ物にならないはずです。平次のことだって、私の方があんな女よりずっとずっと愛してますわ!平次だって、私のことをあんなに愛してくれたじゃない。」
「アホいうなや。和葉に勝てるヤツなんか、この世ん中におらんのじゃ!」
「篠山!」
冴子に呼ばれたヤツはポケットから数枚の写真を取り出したんや。
「あの女は汚れていて、平次にふさわしくない!!」
テーブルに並べられたソレに、俺は頭ん中が真っ白になった。
怒りと悔しさと憤りと情けなさとそんなモンがごちゃ混ぜになっとった。
「こーのー アマ ───────────!!!!!」
俺は縛られているんも忘れて、冴子に掴みかかろうとした。
すかさず篠山が冴子の前にはだかり、俺のことを蹴り倒す。
数十本の瓶を巻き添えにして、床に転がった。
「少しそこで頭を冷やすといいわ!」
そう言い残し、冴子は出て行った。


動かない俺に、残った篠山が屈み込んで来た。
「生きてるか?」
想像を絶する怒りに頭ん中は、冷静さを取り戻しつつある。
「何かようか、こそ泥野郎。」
目だけを動かして、篠山を睨み付ける。
「あっやはり、ばれてました?」
ケロっとした篠山の顔で言いやがるが、声はKIDのそれに戻っとった。
「ばればれや。篠山んヤツは冴子に惚れとる。そやけど、オマエからは全然そんな気配せぇへんかった。しかも俺を睨む視線が、ここ最近感じとるモンと同じやったからな。」
「さすがは西の名探偵くん。」
「で、オマエは何をしとるんや。」
「私ですか?私はある姫の代わりに無粋ながら、こちらの頭の足りないお嬢さんへお仕置きをと思いましてね。」
ある姫とは和葉のことやろ。
「それより、お気付きですか?このワインセラー。」
俺を助け起こしながら、割れた瓶に目をやる。
「ああ。倒れた時にはっきりとな。鏡使うって誤魔化しとるけど、コルクが上向いてるんが何十本もある。つまり、コルクに触れるとまずい液体が入っとるちゅうこっちゃ。それがこれや。」
俺は零れた液体を見た。






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