平和のあとに 2
■ 蘭の怒り ■

「わざわざ来てもろうてありがとな、蘭ちゃん。」
和葉ちゃんが申し訳なさそうに、ドアのロックを外してくれる。
「ううん、気にしないで。それより、服部くんはいないの?」
「なんや、捨て台詞残して、飛び出して行ってもうたわ。きっと、事件やろ。蘭ちゃんの方こそ、工藤くんは?今日、デートやったんちゃうの?」
「新一も同じなの。それより、捨て台詞って何?」
「”大人しゅう待っとれや!”」
「・・・・・・まだ、くれないの?」
スリッパを並べながら、和葉ちゃんが大きな溜息をついた。
「まったく、その気ないみたいやわ、平次んヤツ。」
「そうなんだ・・・。」


服部くんと和葉ちゃんがこの部屋で暮らし始めて、もう1ヶ月以上。
未だに服部くんはこの部屋の鍵を、和葉ちゃんにくれないらしいの。
だから、和葉ちゃんは服部くんと一緒じゃないと外に出られないのよ。
だって、鍵がないんだから戸締まり出来ないじゃない。
服部くんも考えたわよね。


和葉ちゃんが温かいココアを入れてくれたので、私達は和葉ちゃんの部屋で落ち着くことにしたの。
「もう、どないしたらええと思う?」
心底困ったって顔。
「服部くんて相変わらずなの?」


オーストラリアで和葉ちゃんと再会してから、服部くんは和葉ちゃんの側から離れない。
小説と漫画でよくあるじゃない?
『絶対離れない』とか『縛り付けてでも側におく』とか、それを現実で実践してる人始めてみた。
当然、やってるのは服部くん。


「そうなんよ。自分は大学やら事件やらで、ほいほい出て行くくせにやで。」
はぁ。っと息を吐く和葉ちゃんに、女の私でも一瞬見とれる。
和葉ちゃんは、この半年で本当に綺麗になったの。
前の元気で溌剌としている彼女も素敵だったんだけど、今のちょっと憂いを含んだ様な儚さも身に付けた和葉ちゃんは、人の心を惹き付けずにはおかない。
服部くんの気持ちも分かるなぁ。
心配で仕方ないのよねぇ。
それでも、今の状況はちょっとやり過ぎなんじゃない。
いくら新一でも、ここまではしないもの。
『アイツは極端なヤツだからな。』
以前、新一が言ってたっけ。
ほんとね。
「もしかして、携帯電話もまだなの?」
「携帯なんて論外やで、蘭ちゃん。部屋の電話かて、お父ちゃんとおばちゃん以外は、絶対に出んなって言うんやで。あっ、蘭ちゃんはもちろん別や。」
「パソコンのメールは?」
「あたしのんは、未だにネットに繋がってへん。」
「・・・・・・・・。」
「なぁ、蘭ちゃん。ほんまに、どないしょ・・・。」
服部くんに和葉ちゃんへの気持ちを早く自覚して欲しかったけど、自覚した途端にこれなの。
極端にも、程があるんじゃない?
「和葉ちゃん・・・まさか、大学も?」
「それもや〜。あたしは、蘭ちゃんと一緒に行かれへんかった横浜白綾を受けたいのに、どうしても東都大受け言って聞かへんねん。あたしには、そんなん無理に決まってるやん。もう、平次が何考えとるんか、さっぱりわからへん。」
よ〜く分かるよ、服部くんの考え。
とにかく自分の目の届く所に、和葉ちゃんを置いておきおたいのよね。

服部くん、回し蹴りと関節技どっちが好きかな。

「和葉ちゃん、大丈夫?」
「蘭ちゃん・・・心配ばっかりかけてほんと、かんにんな。あたしかて半年前には、まさかこんなことになるやなんて思ってもみいひんかったわ。初めは、ほんま嬉しかったんやで。やって、忘れようしとった平次に想いが通じたんやから。オーストラリアまで迎えに来てくれて、みんなの前で俺の女やって言ってくれて、夢やないんやろかと何遍思うたかしれへん。あたしが落ち着くまで、一緒におってくれる言うてくれて、すぐに東京に戻らんでくれたし。」
和葉ちゃん顔赤い。
「そやけど、いつまで経っても戻らへんし。不思議に思うて聞いたら、あたしも連れて行く言うやん。帰らへんかったんは、おとうちゃん説得する為やからやって。何やおばちゃんまで平次に加勢してしもて、一緒に住めるようにて、今まで平次が住んどった部屋解約してまでここ借りてしもて。」
和葉ちゃん耳まで真っ赤。
「平次と一緒におれるんは、ほんま嬉しいんやけど・・・今の現状はないんとちゃうやろか・・・。このままやと、あたし・・・・・・・・・。」
あっ、和葉ちゃん急に青くなっちゃた。

取り敢えず、一発目は回し蹴りでいいよね、服部くん。






和葉の悩み 新一の思惑
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