久遠 -KUON- 10
■ KUON ■
そこに書かれとる文字を見て、そん時のことが一瞬に蘇ったんや。
「これ書いたん・・・・・俺やったな・・・・・・・。」
たどたどしい子供ん字で書かれた漢字二文字。
その字を、ハートが囲んどる。
これは、和葉が後から書いたんやな・・・・。

ハートに囲まれた漢字・・・・・・・・久遠・・・・・・・・・。

あれは、和葉の母ちゃんの葬式ん時やったな。
泣きやまん和葉に、誰かが話してくれたんや。
『和葉ちゃんのお母さんはあなたの心の中で、和葉ちゃんのことを久遠に愛してくれているのよ。』
『 く お ん ?』
『遠い遠い過去から、遠い遠い未来まで、永遠よりずっとずっと長い時間。すべてに等しく変わらぬ愛情を、和葉ちゃんにそそいでくれてるってこと。』
『お母ちゃん、ずっとずっと和葉んこと好きなん?』
『そうや。ずっとずっとや。』
それから少し経ったころ、和葉がこの写真の裏に久遠って書いてくれ言うたんやった。
ガキん俺は分けも分からず、漢字調べて書いてやったんや。

俺らが手錠で繋がれた写真の裏に、和葉のハートに囲まれた、俺が書いた「久遠」の文字。

・・・・・・・・・・・遠い遠い過去から、遠い遠い未来まで、永遠より長く、あなたを想っている・・・・・・・・・・・・。

ハートや文字が、ところどころ染んどるんは・・・・・・・・涙の跡なんやろな。

今の和葉ん中にも、まだ残ってるんやろか・・・。
俺はいてもたってもおれず、和葉を呼びつけとった。
「どないしたん?夕飯まだやで?」
「ええから、ちょ〜そこ座れ。」
不思議そうな和葉を、無理やりいつもの場所に座らせた。
「オマエ、これ覚えてるか?」
「あっ、それあたしのやん!何勝手に人のカバン開けとんの!」
「ええから、それ、よう見てみい。」
「何なんよ、もう〜。」
「覚えてるか?」
「これ・・・・平次に書いてもろた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ぽとっ。

文字の上に和葉の涙が落ちた。

「あっあれ・・・・・・何でやろ・・・・・・・・これみたら急に・・・・・・・。」
驚いた顔して、慌てて涙を拭っとる。

和葉ん気持ち、ここにあるやんか。
消えてしもたわけやない。
ちゃんと和葉ん中にあるんや。

「ほらっ。」
和葉にペンを差し出す。
「・・・・・今度は何やの?」
「その横にオマエも”久遠”って書けや。」
「何で?」
「何でもええから。」
不思議そうにやけど、近くにあった雑誌を膝に置いて書いとる。
「書けたらかせや。」
和葉から写真とペンを取り、机に向かう。
後は俺が・・・・・・ハート描くんやな・・・・・・・俺が・・・。
綺麗に描くん結構難しいやん・・・。
「よっしゃ。出来た。」
ちょ〜歪んだけど、ようは気持ちの問題や。
和葉に見られんうちに生徒手帳に戻し、さらに和葉のカバンに戻した。

弱音吐くんは、やっぱ俺らしゅうない。

もう一度や。

俺が和葉に2度惚れたように、もう一度、和葉を俺に惚れさせたる。



「・・・・・・・・ありえへん・・・・・・・・・ぜったい・・・そんなこと・・・ありえへんやん・・・・・・・・・・・・。」

平次ん家で夕飯ご馳走になって、平次にいつものようにバイクで家まで送ってもろた。
ここまでは、いつものこと・・・・・。
ちゃう・・・・・・。
・・・・・ちゃうやん・・・・・すでに平次の態度は違ったやん・・・・・・・・。
妙に余所余所しかったり、いきなり優しくなってみたり、黙り込んだ思たら急に一人でしゃべり出してみたり。
今日かて、華月んこと聞いたら、照れ隠しに怒るやろ思てたのに・・・傷付いたような表情しとった・・・・・。

そして、この・・・・・あたしに書かせた久遠の文字・・・・それを平次が描いたハートが囲んどる・・・・・・。

これってどういう意味なん・・・・・・・・そういう意味なん・・・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・ありえへん・・・・・・・・・・・・・・。」

そやけど、さっきの帰り際の平次の言葉・・・・・・・・。

『和葉・・・・・今まで待たせてすまんかった。これからは、俺がオマエのこと待っとったる。
やから・・・・早よ、帰って来い・・・・・・・・・。』

あれは、どういう意味なん・・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・ぜったい・・・・・ありえへんから・・・・・・・・・・・・・・・・。」

・・・・・・・・・・・・・・・平次が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平次が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あたしんこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「 ちゃう!そんなこと、あるわけないっ!! 」

自分の大声に我に返る。
目は勝手に手元にいってまう。

・・・・・・・・・・久遠・・・・・・・・・・・・・・永遠よりもずっとずっと長い時間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

あたしは・・・・・・・・・・・・・・・時間を止めてしまった・・・・・・・・・・・・・・・・。

平次の邪魔になりたくない・・・・・・・・・なんて・・・・・・・・・・嘘・・・・・・・・・・・・・・。

あたしは平次から逃げ出した・・・・・・・・・平次を想うあたし自身から逃げ出したんや・・・・・・・・・・・・・・・・。

もう傷付きたくない。
もう心配したくない。
もう泣きたくない。
もう忘れられたくない。

もう・・・・・・・・・・一人になりたくない・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・コレデヨカッタンヤ・・・・・・・・・・・・・。

「 これでええんや・・・・・・・・・・。 」

想いは消えてしまったわけやなかった。
あたしが時間止めて、鍵掛けて、閉じ込めてしまったんや。

「 ただの幼馴染やったら・・・・・・・・・・・・・・・もう傷付くことあらへんし・・・・・・・・・・・・・・・・。 」

大丈夫。
平次かて、急にあたしん態度がおかしくなったから、気になっただけや。
「 きっと、そうや。 」

平次にとっても、あたしはただの幼馴染。


あたしにとっても、平次はただの幼馴染や。





あかんわ そやそや
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