■ 10コメのオレンジ ■ |
平次と和葉が集合場所に着いた時には、すでに隆史と尚登、さらに翔子の3人が待っていた。 それもそのはず、待ち合わせ時間から10分以上の遅刻なのだから。 「遅いで平次!ま〜た寝坊かぁ?」 「アホ〜!お前と一緒にすなっ!」 「そやけど、和ねぇが一緒に遅れるなん珍しいやん?」 「ごめんなぁ、たかくん。久しぶりのツーリングやから着る物に手間取ってしもて。桂木さんも待たせてしもて、ほんまごめんな。」 と和葉がバイクから降りようとすると、平次が片手でそれを制した。 「時間も遅なったし、このまま行ったらええやろ?」 平次自身、バイクのエンジンを切る気も、ましてやバイクから降りる気も無いらしい。 「ええ〜〜!私、服部くんの後ろに乗りた〜〜い!!」 「誰の後ろでも同じや。けど、お前は坂本の後ろに乗せて貰え。なおより安全やで。」 「どういう意味で言うてんのや!」 な〜に怒ってんねん。ほんまのことやんか。」 「私は服部くんがいいのっ!!遠山先生、代わって下さいますよね?!」 「えっ。え〜とぉ・・」 「つべこべ言うとらんと、行くで。」 平次は和葉が答え終わらないうちに、バイクを発進させてしまった。 「ちょっ・・・ちょっと待って〜〜〜〜!!服部く〜〜ん!!」 これには翔子も置いて行かれては大変と、尚登から借りたヘルメットを被り慌てて隆史の後ろに飛び乗った。 そんな平次の様子に、隆史と尚登はお互いに小さく苦笑い。 和葉とのお出掛けに隆史や尚登が遅刻するはずが無く、翔子に至っては置いて行かれる可能性があるので遅れて来るとは思え無い。 そう予測した平次が、自分が和葉を連れて遅れれば、そのまま和葉を乗せて行けると考えたのだ。 和葉の家に珍しく早く迎えに行ったのも、和葉が1人で集合場所に行ってしまわない為。 和葉の家で必要以上に丁寧に戸締りを確認したのも、時間を稼ぐ為。 そして渋滞を理由に遠回りして駅前に来たのも、和葉に悟られずに遅刻する為。 そう、これらはすべて平次の作戦だったのだ。 付き合いの長い2人には、平次の行動などすべてお見通し。 「姑息なやっちゃ・・。」 「まったくや。」 やれやれといった感じの2人は、 「早く〜〜〜!!服部くんに置いてかれちゃうわ〜〜〜!!」 と言う翔子の叫びに、ゆっくりとバイクをスタートさせ、平次たちの後を追うことにした。 今日の目的地は、神戸ハーバーランド。 決めたのは、なんと、隆史だった。 理由は、ここに和葉お気に入りのケーキ屋さんがあるからだ。 その上、隆史の好きな海も見られるし、和葉の好きそうなお店も多いし、尚登の大好きな観覧車もある。 ちなみに、尚登は和葉と2人で乗るつもりらしい。 だが今回はタンデム初心者の翔子が同行している為に、高速を使わずに地道を通って行くこととなり、途中休憩を入れると到着までに2時間は掛かってしまう。 だが安全性と寒さを考えると、夜までには帰宅したい。 もしかしなくても、尚登のお楽しみである観覧車はお預けを喰らう可能性は大である。 平次はそんなことにはお構いなしに、気持ち良さそうにバイクを走らせていた。 ここ何日かの和葉お預け宣言以来、久々に日中堂々と和葉とくっ付いていられることが楽しくて仕方が無いのだ。 だから少しスピードを上げてみたり、カーブでは余計にバイクを傾けてみたり。 その度に和葉がギューっとしがみ付いて来るのが嬉しいらしく、ヘルメットの中の顔はにやけっぱなしだった。 平次とは正反対に、隆史の顔は少々引き攣っている。 後ろの翔子がギャーギャー煩さ過ぎるのだ。 信号で止まると「あ〜〜!服部くんに置いてかれちゃう〜〜!!」とか、カーブの度に「遠山先生くっ付き過ぎ〜〜!!」とか。 更には、車の横をすり抜けると「キャ〜〜〜!!恐〜〜い!!」とか、角を曲がると「落ちる!!落ちちゃうよ〜〜!!」とか。 挙句に「寒い!!寒い!!寒い過ぎる〜〜!!私死んじゃうわ〜〜!!」である。 その度に力任せにしがみ付いて来るものだから、流石の隆史も疲れるというものだ。 最後を走る尚登は、そんな前の余りに雰囲気の違う2台のタンデム姿を見ながら、 「天国と地獄やな・・・。」 と1人淋しくぼやいていたのだった。 1時間程そんな状況のまま走行していたが、平次が和葉を気遣ってコンビニの駐車場にバイクを入れた。 和葉には久しぶりのバイクだし、いくら今日が温かいとは言え、2月の風はまだまだ冷たい。 和葉の体が冷えきってしまわないように、何か温かい飲み物でもと思ったようだ。 「ちょい休憩しよか。」 「そやね。」 それなのに背中から和葉の温もりが離れると、 「あ〜・・・。」 などと声が出てしまう程、残念そう。 そんな平次たちの横にバイクを止め、同じように背中の温もりが離れた隆史は、 「はぁ・・・。」 と何とも言えない安堵の溜息を零していた。 隆史にとって翔子はもう壊れたラジオ状態で、鬱陶しくて堪らなかったようだ。 後から来た尚登に、 「尚登・・・・なんでフルフェイスにせぇへんかったんや・・・・。」 とぼやく程。 「そんなん言うたかて、あれしかなかったんやからしゃ〜ないやんか。」 「どっから持って来た?」 「あれか?オカンの原チャリ用や。」 「・・・・・・・。」 隆史は翔子が手に持っている、激派手ピンクでさらに花柄のオープンフェイスに目をやった。 「おばさん・・・相変わらずなんやな・・・。」 「迷惑なくらい元気や。」 余談だが尚登の母親は、ピンクと花柄をこよなく愛する女性である。 今その激派手メットを手に持っている翔子は、バイクが止まるやいなや平次の元へ一目散。 さっきまで隆史を困らせていたギャーギャー声は何所へやら、小鳥の囀るような声で平次に纏わり付いていた。 「服部くんひど〜〜い!私のこと置いて行こうとしたでしょう。」 「きっちり付いて来とるやんけ。」 「今度は後ろに乗せてくれるよね。」 「初心者はあかん。」 「どうしてダメなの〜〜〜。遠山先生も変わらないでしょ?」 「和葉は初心者ちゃうで。」 「・・・・・和葉?」 「うっ・・。」 平次はつい癖で、和葉を呼び捨てにしてしまったのだ。 「服部くんは、”和ねぇ”って呼ばないの?」 「・・・・・・。」 「どうして服部くんだけ呼び捨てなの?」 「そっ・・・それはやな・・・。」 平次は助けてくれと親友2人に視線を送った。 しかし。 すでにお疲れモードの隆史と和葉独占平次にお怒りの尚登から、綺麗さっぱりシカトされるのだった。 |