■ 9コメのオレンジ ■ |
ツーリング当日、集合場所は翔子の為に駅前に変更になったが、平次は当然のように和葉を迎えに来ていた。 「まだかぁ〜〜?和葉〜?」 すでに10分は待っている。 「か〜〜ず〜〜は〜〜〜?」 勝手に自分が集合時間より随分早く迎えに来たくせに、平次はさっきから”和葉、和葉”と煩い。 それなのに、返事だけで一向に姿を見せない和葉。 「ごめ〜ん平次!もうちょっと待ってな〜〜!」 「早せ〜や!」 「は〜〜い!」 素直な返事に平次は仕方無く、玄関に座り込んで待つことにした。 「顔位見せ〜や・・・。」 1分1秒でも早く和葉の顔が見たくて、珍しく早起きした結果がこれだったらしい。 少々イジケてしまった。 一方、和葉はというと、2枚のジャケットを前に唸っていた。 「こっちやとへ〜ちゃんとお揃いやけど、あの子が居るからあかんよなぁ・・・・・・・・・。」 平次の前ではがんばって”平次”と呼んではいるが、一人になるとどうもまだ”へ〜ちゃん”が抜け切れていない。 「やけど〜、こっちやってもなぁ〜〜?」 1枚は去年のクリスマスに、平次とお揃いで買ったツーリング用のジャケット。 もう1枚は、平次、隆史、尚登の3人がバイクの免許を取った時に、和葉もお揃いで買ったもの。 翔子がいなければ、和葉は迷う事無く平次とだけお揃いの方を選んだだろう。 「か〜ず〜は〜!和葉!和葉!和葉〜〜〜〜!」 和葉の”へ〜ちゃん”は限界らしい。 「あ〜〜〜。・・・・・・・・・。もう、こっちでええわ。」 手前にあった赤いジャケットを掴むと、 「お待たせ〜〜〜!」 と軽やかに階段を駆け下りて行った。 「いつまで待たせんねん。」 「ほんまごめんなぁ。ジャケットどうしようか悩んでてん。」 和葉の言葉に平次は、その手にあるジャケットを見て、 「そんで。悩んだ結果がそっちかい?」 となんだか更にご機嫌が斜めになってしまった。 「やってな。ヘルメットみんな同じメーカーやんかぁ。その上、ジャケットまでお揃いやったら・・・・あかん・・・・やろ?」 「何でやねん?」 「やって・・・・今日・・・・あの子いてるやん。」 「ほんで?」 「ほんでって・・・・。」 平次が余りにも真っ直ぐな目で問い返した為に、和葉は一瞬言葉に詰まった。 「ばれたら・・・・あかん・・・・やろ?」 平次は当然和葉とだけお揃いのジャケットだ。 「・・・・・・。」 今度は拗ねたように、顔を逸らしてしまった。 「怒ったん?」 「別に。」 「へいじ。」 和葉に優しく名前を呼ばれると、条件反射で顔が勝手にそっちを向くらしい。 気付いて慌てて逸らそうとするが、 「これで許してな。」 チュッ。 とオデコに小さなキスが。 「なっ!・・・・・//////////////」 平次の顔は、ボッボッボッと音がしそうな勢いで真っ赤になっていった。 和葉は少し赤い顔でにっこり。 「機嫌直してくれる?」 「まっまだ・・・・あかん////////」 「ほな。もう1回。」 和葉は真っ赤な平次の顔に両手を添えると、さっきより少しだけ長めのキス。 「これでも、あかん?」 「////////////////////////」 平次のおでこにはまだ温もりが残っているのだろう、急いでその温もりを逃がさないように手で塞いでいる。 ・・・・・・・・・・・今日は絶対に顔洗わへん・・・・・・・・・・・・。 暫らく惚けていたが、和葉の顔がまだ近くにあったので、 「かっ・・・・かんべんしたるわ///////。」 と偉そうに言って、和葉に背中を向けた。 が耳までこうも真っ赤だと、その行動に意味は無い。 「おおきに。」 そんな平次の姿に和葉は、可笑しそうに小さく微笑んだ。 和葉にとってこの行動は、すでに、慣れ親しんだものだったのだ。 平次たちが小さいころ、怪我をして泣いたり、拗ねて怒ったりした時にいつもやっていたことだから。 和葉曰く、”ご機嫌回復の魔法”。 チュッとおでこにキスすると泣き顔や拗ねた顔が止まり、 「機嫌直してくれる?」 と聞くと、 「・・・・まだ・・」 と返事が返って来る。 もう一度、チュッとすると、 「えへへ/////」 と笑顔が返ってきたのだ。 子供相手によく目にする光景だが、高校生にもなった和葉の”へ〜ちゃん”には現在も有効のご様子。 しかし、これは今では平次専用。 少し前、尚登がこれを催促したら、和葉の代わりに平次のキスが降ってきて、ご機嫌が直るどころかご気分まで悪くなったらしい。 速攻で顔を洗っていた。 しかも、その後、体力勝負のじゃれ合いがあったのは言うまでも無い。 「ほな、行くで。」 「うん。」 「戸締りちゃんとせ〜や?」 「はい。はい。」 「はい。は一回でええ。」 「は〜い。」 会話だけ聞いていると、どちらが年上か分からない。 普段しっかり者だがどこか抜けている和葉を、平次は小さいころから知っている。 だから、なるべく気を付けてフォローして来たのだ。 和葉が鍵を掛けた後、再度、玄関がちゃんと閉まっているかどうか確認している。 さらに、勝手口や窓までも。 その間、和葉は嬉しそうに平次の後ろに付いて行くだけ。 「よし。今日は大丈夫やな。」 「今日も!」 「ア〜ホ。この前、裏口開いてたやないけ。」 「そうやったっけ?」 和葉は顎に指を添えて、小首を傾げた。 「そうや!」 「そんな昔のこと忘れたわ。」 「・・・・・・・。」 和葉の悪戯っ子の笑顔に、 「やったら、これは覚えてるんか?」 と今度は平次が和葉にチュッ。 「 ! //////////」 「俺が好きなんは和葉だけや。」 和葉は真っ赤な顔で、目を見開いている。 「これも忘れとったやろが?」 「//////////////」 平次は笑顔の合間に現れる、和葉のどこか不安そうな表情に気付いていたのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・忘れてへん・・・・。」 「ほんまかぁ?」 「忘れて・・・・へんよ・・・・。」 「やったら、そんな顔すんなや。」 「うん。」 和葉が本当に嬉しそうに唇に手を当てて笑ったので、平次はここになって初めて自分の行動に気が付いた。 ・・・・・・・・・・・おっ・・・俺・・・・今・・・・どこにチュウした・・・・・・・・・・・・? 目標は和葉のおでこだった。 だが、目は和葉のプルンとした唇に釘付けで。 ・・・・・・・・・・・うわっ!・・・・・・・・間違うた・・・・・・・・・・・・・。 そういう問題では無いが、平次はさっき以上に真っ赤に茹ってしまった。 和葉ももちろん真っ赤。 そしてさらに平次には、 ・・・・・・・・・・・あかん・・・・・・・もっとしたい・・・・・・・・・・・・・・・ と新たな願望が。 本日のツーリング、すでに、前途多難の兆しが見え初めていた。 |