■ 3コメのオレンジ ■ |
その夜、平次が和葉の家を訪ねたのは8時を回ったころだった。 本当は和葉が行くと言ったのだが、”夜遅くに出歩くな!”と平次が押し掛けて来たのである。 「和葉〜〜〜今日のアレは何やねん!!」 拗ねているのか怒っているのか、平次は家に入るなりそう宣うた。 遠山父が不在なのは、駐車場に車が無いとこで確認済みだからだ。 「なおくんのこと?」 「他に何があんねん!!」 「あっ!へーちゃん!なおくんに変なコトしてへんやろね?」 「ああぁ〜〜〜?どうでもええやんかアイツんことなんか!」 「あかんよ!ほんまに何もしてへんよね?」 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 すでにプロレスの技という技を全部尚登にかけてきた平次だった。 「・・・・・・・・何したん?」 和葉が平次の顔を覗き込む。 「こっ・・・殺してへんから、きっ・・・気にせんでええ!」 急に和葉の顔がアップになったので、どもってしまった。 「殺してへんて・・・・・・・・。」 「そっそれよりアレや!」 平次は自分が不利になったので、慌てて話題を変えた。 「ほれっ?」 右手を和葉の前に差し出す。 「え〜〜とぉ・・・・・何?」 和葉は分からないというふうに小首を傾げた。 「へっ?・・・・・。」 平次はまさかそんな反応が返ってくるとは思ってなかったので、 「チョコ・・・・・・。」 ずいぶん情け無い顔になってしまった。 「ぷっ・・・・・・・嘘やて。はい。」 和葉は綺麗にラッピングした箱を平次に渡した。 一度とぼけてみせたのは、 平次の仕返しを覚悟した尚登がせめてもの反撃で和葉にお願いしていたからだったのだ。 「それと・・・・・・あれ?・・・・・・・あっ!ちょっと待っててな!」 そう言い残すと和葉は、自室へ駆け上がって行った。 それでもすぐに戻って来て、 「これも。」 と青い手作りらしいお守りも平次に渡した。 「お守り?」 「そっ。お守り。あたしとお揃いやねん。」 和葉は自分の赤いお守りを見せた。 「中にな、去年へーちゃんと一緒に見た山能寺の桜が入ってんねんよ。」 2つのお守りの中には、綺麗に押し花にされた桜の花。 「へーちゃん、いっつも事件や言うて怪我ばっかしてるから。心配やねんもん。やから、これからも毎年毎年一緒に桜が見れますようにって思うて作ったん。」 「・・・・・・・。」 「いらんかった?」 和葉は黙ってお守りを見ている平次に余計なことをしただろうかと不安になった。 「・・・・・・・。」 「へーちゃん?」 ギュッ! 平次はいきなり和葉を抱きしめた。 「へーちゃん・・・・・。」 「平次や。これからは、俺んこと平次って呼んでくれや。和葉。」 「・・・・・・・・・・・・・へいじ・・・・。」 和葉は小さく呼んでみた。 平次は答える代わりに、和葉を抱きしめている腕に力を込めた。 「俺な今・・・・無茶苦茶嬉しいんや!こんなに嬉しいモン貰うたんは生まれて初めてなんやで!」 「よかった・・・・・・。」 和葉も喜んで貰えてほっとしたのか、平次の胸に顔を寄せた。 2人はしばらく抱き合ったまま。 ・・・・・・・・・・・どないしょ・・・・・・・離せへん・・・・・・・・・・。 平次は勢いで和葉を抱きしめてしまったものの、離せなくて、いや、離したくなくて困ってしまった。 「コーヒーでも飲む?・・・・・・・・平次。」 「そっ・・・・そやな・・・・・。」 そう答えてはみたけれど、やっぱり腕が解けない。 「そんなにチョコ握り締めとったら・・・・・溶けてまうよ・・・・・・。」 今度は慌てて腕を外す。 力いっぱいお守りと一緒に握り締められた箱は、少し形が変わってしまっていた。 「・・・・・・すまん・・・和葉。」 「ええよ。それより、早う食べてみて。」 平次はお守りを大事にポケットにしまうと、ゆっくりとラッピングを解いて箱の蓋を開けた。 箱の中身は一口サイズのハート形チョコがいくつも入っている。 しかも、一つ一つに丁寧にメッセージが書かれているのだ。 その中の一つ、”スキ”と書かれたモノを口に放り込む。 甘いモノが苦手な平次の為に、ほんのり甘いビターチョコ。 「どう?」 「美味いで。」 「よかった。ほな、あたしコーヒー煎れてくるから。」 和葉は平次を残して部屋を出ていった。 残された平次は、ドアが閉まるとドサッとソファーにもたれ、両手で顔を覆った。 平次自信、耳まで真っ赤になっているだろうことは、鏡を見なくてもわかる。 「・・・・・・・・あかん・・・・・・・やられた・・・・・・・。」 2人が恋人同士になって初めてのバレンタイン。 だから、平次は和葉がどんなチョコをくれるのか期待していた。 ドキドキしながら箱を開けたら、目に飛び込んで来たのは”スキ”の二文字。 和葉には「美味い」と答えたが、平次はもう味が分かる状態ではなかったのだ。 今日貰った他のチョコは全部、母親に無理矢理押し付けた。 欲しかったのは、今、目の前にあるこのチョコだけだから。 改めて1コ1コメッセージを読みながら、チョコを口に入れていく。 その度に顔がニヤケテいく気がする平次だった。 和葉がマグカップを2つ持って戻って来たときには、ハートのチョコは半分以上無くなっていた。 |