■ 6コメのオレンジ ■ |
平次は終業のチャイムと同時に教室から飛び出そうと、勢い良く立ち上がった。 あれから翔子は休み時間の度に押し掛けて来る。 昨日の昼休みには、自分のお弁当と平次へのお弁当まで持ってやって来る始末なのだ。 ・・・・・・・・・・・逃げるが勝ちや! しかし、 『ほなっ、うちら和葉先生呼んで来るな!』 と言うクラスの女子たちの声に、その動きはピタリと止まった。 「うっ・・・・・・・・何や?」 さらに、購買部へ行こうとする隆史のガクランまでもしっかと掴んでいるではないか。 翔子から逃げ出したいのはやまやまだが、和葉が来るなら話は別。 しかも自分一人であの思い込み娘の相手は到底出来ないことをもう十分身に沁みて分かっているだけに、ここで隆史だけを逃がす訳にはいかないのだ。 「弁当やるからおってくれ。」 そう言うと、母親の方を持ち上げた。 だが隆史はもう一つを指差して、 「オレはそっちんがええなぁ〜。嫌なら別にえ〜んやでぇ〜〜。」 と余裕の笑みで平次を見下ろしている。 普段ならシバキ倒しているところだが、今はとにかく隆史にいて欲しい平次はしぶしぶと和葉の方を差し出した。 「しゃ〜ないからおってやるわ。ついでに尚登も呼んだるか?」 隆史の言葉に平次も即賛同。 味方は多いのに越したことはないからだ。 それからすぐに、翔子が現れた。 「服部く〜〜ん!今日もお弁当作って来たから食べてね!」 平次にうむも言わさず、隣の机を平次の机にくっ付けて陣取る。 「鬱陶しいから、くっつくなやっ!」 「も〜〜服部くんたらテレ屋さん。うふっ。」 「・・・・・・。」 平次の顔が引きつっているのを、隆史は気にすることなく和葉のお弁当を食べ始めた。 次に現れたのは、女の子たちに引っ張られた和葉だった。 和葉は教室に入るなり平次の方を見て足が止まってしまう。 翔子の噂は和葉の耳にまで、もちろん届いている。 さらに直接平次からも聞いていた。 いつも空のお弁当箱は遠山家のポストに入れられているのに、昨日はわざわざ和葉が帰宅するまで平次は待っていたからだったのだ。 そして、しきりに「気にするな!」と力説したのである。 それでも、とても可愛い少女が平次の側にいるのは和葉にとって辛いことに変わりはなかった。 ・・・・・・・・・・あかんやんあたし・・・・・・・・平次のためにもしかっりせな・・・・・・・・・・・・。 小さく頭を振って気持ちを持ち直し、女の子たちが薦める席に座った。 そこは丁度平次たちに背を向ける形になって、和葉は小さく安堵の溜息を吐く。 分かっていても、見てしまえば穏やかな気持ちでいられはしないから。 最後に登場したのは、尚登だった。 だが、なんと尚登は和葉がいるのを見つけるやいなや、 「おっ。和葉先生もいてるんや!やったら、オレはこっちに入れてもらうで〜〜!」 とさっさと女の子たちの輪に入ってしまったではないか。 尚登は和葉先生を気に入っていることをおおぴらに公言し、女の子たちにもいつも気軽に接しているために違和感無く受け入れられてしまった。 平次の机で平次と向かい合う形ではあるが、ただ和葉のお弁当を黙々と食べている隆史。 あっさりと平次を見捨て、嬉々として楽しそうに和葉や女の子たちとしゃべっている尚登。 ・・・・・・・・・・・俺は友人の選択を間違うたかもしれん・・・・・・・・・・・。 落ち込みと苛立ちが同時に起こった平次は、隆史が食べている和葉のお弁当に箸を付け始めた。 「はっとり〜〜。自分の食えや。」 「ええやんけ。そっちんが美味そうに見えるんや。」 「え〜〜私のも食べて〜〜服部く〜〜ん!」 「いらん。」 平次はきっぱりと言い切った。 「ううう・・・・・・・・今日も服部くんの為だけに一生懸命作ったのに・・・・・・・・・・。」 翔子は瞳をうるうるさせ始めた。 「あっ・・・こっこら・・・・・。」 平次の脳裏には一瞬にして昨日の出来事がまざまざと蘇った。 しつこく付きまとう翔子を邪険に追い払おうとしたら泣き出されてしまい、クラス中から攻められるは、授業は始められないは、教員からはしかられるは散々だったのである。 仕方なく宥め賺して、なんとかお引取り頂いた次第なのだ。 流石に和葉が見ているこの状況で、それだけは避けたいと思っているのだろう。 しどろもどろで、言葉を取り繕っている。 だが、これらのやり取りも当然和葉に聞こえているし、 和葉の顔が少し曇ったのを、目敏い尚登が見逃すはずがない。 「和葉先生〜〜、彼氏とかいてるんですか?」 突然、尚登にそう聞かれた和葉は、 「えっ。おるやん。いま・・・・・・。」 ”いまさら何言うてんのなおくん。” と言いかけて慌てて自分で口を塞いだ。 平次たちのことばかり気になっていて、今の状況を一瞬忘れてしまったのだ。 ・・・・・・・・・・あか〜〜ん・・・・・まずったやろか・・・・・・・・・。 恨めしそうに尚登を睨むが、 「あ〜〜〜あ。やっぱいてるんやぁ〜〜〜〜。」 尚登はがっくりと肩を落として大げさに落胆してみせた。 それに同調したかのように、 『和葉先生べっぴんやもん当然いてるわなぁ。』 『男が放っておく訳無いやん。杉下気の毒に〜〜。』 『えっ?あんた杉下に頼まれたん?うちは体育の亀ちゃんやねん。』 『あたしは物理の伊丹や。』 『うちもうちも。3年の米沢先生らから聞いてくれ言われてん。』 女の子たちは勝手に盛り上がって、和葉の失言にはまったく気付いていないようだった。 ・・・・・・・・・・良かった・・・・気付かれてへん・・・・・・・・・・・。 和葉はほっと胸をなでおろした。 がそれを聞いた平次は、ピキピキと青筋が立っている。 和葉が彼氏がいるときっぱり言ってくれたことは嬉しいのだが、その後が問題だ。 独身教師が挙って和葉狙いとは。 そんな狼がごろごろいる職員室に、和葉がいつもいると思っただけで気が気ではない。 もう隣にいる翔子のことなどどうでもよかった。 とにかく、和葉に何か害虫対策をしなければとそればかりが頭を巡っているようだが、 『和葉先生の彼氏ってどんな人なんですか〜〜?』 の一言にドキドキと期待しながら、さらに聞き耳を立てる平次だった。 |