ROUND 5 「 Bad 」 |
授業が終わって早々に、和葉達のコンビが窓にしがみついた。 おれは、昨日和葉が来なかったことを問いただそうとした。 『あいつのことや、手紙を読んどらんのかもしれへん。』 その事を尋ねたかったから。 和葉に声をかけようとして、ふと二人の視線の先を追ったら、 そこにいたのは予想外の人物やった。 「沖田・・・・なんでアイツがこんなトコにおんねん・・・・。」 目線が鋭くなっていく。 剣道方面での、俺のライバル。 あいつがわざわざ大阪まで来るなんて、よほどの事や。 俺に再戦を申し込みに・・・? それにしては時期がおかし・・・ 「和葉迎えに来たに決まってるやんか!」 木更津の発言に、あっけにとられる。 「なんやとぉ〜〜〜!!」 和葉を迎えに、っちゅーんは。 「これから、うちらダブルデートやねんで!ええやろ〜〜!!」 そういう、ことで。 「和葉!いつまでも待たせたらあかんやん!ほなっ服部くん、和葉借りるな〜〜!」 「あ、まっ・・・クソッ!」 ダンッ! 大きな音をさして、壁を蹴る。 ざわついた教室が一瞬、静かになったのを気にも留めず、俺は教室から出た。 階段に差し掛かって、猛ダッシュで降りる。 和葉を尾行するために。 その頃、教室では。 「うわっ、すっげ。」 「どないしてん、八尾?」 「見てみろ、服部が蹴ったとこ。」 「・・・足の形にへこんどるな。」 「布施、小阪、この学校、コンクリート建てちゃうっけ?」 「「「・・・。」」」 和葉が絡んだ時の平次の恐ろしさを、改めて知った3人だった。 イライラしながら、和葉たちについていく。 買い物につきおうたり、ゲーセン行ったり。 いつも、俺が一緒になってやってることやった。 ただ違うのは、沖田は何でも笑顔で受け答えするところ。 『俺は、あんなふうに和葉の言うてる事を受け止めてやってたか・・・?』 答えはNoだ。 あきれるほど、きっぱりと。 いつも、泣かせたり、困らせたり、すっぽかしたり。 「えーとこないやんけ、俺・・・。」 夕飯を食いに行った所で、俺は背を向けた。 沖田に笑いかける和葉の笑顔が消えなくて、捨てられた犬みた いな、情けない気持ちになった。 家へ帰ろうと考えていたのに、足は和葉の家に向かった。 まだ帰っているはずもないのに、ここまで来てしまう。 キーホルダーについてる和葉の家の鍵を使い、ドアを開ける。 時刻は7時丁度。 和葉が帰ってくるのを待った。 途中、一度、夢を見た。 和葉と沖田が笑いあっていた。 ふと見ると、つながれた手。 間に割って入りたいのに、自分の動きはゆっくりで、二人は行ってしもた。 『俺が、隣で笑って一緒にいたいのに。』 それなのに、似合いだと感じてしまったことに、自分への嘲笑が浮かんだ。 9時過ぎ。 和葉が帰ってきた。 「えらい遅かったやんけ。」 こんなに遅なってるんに送ってこない沖田も沖田だと思った。 「楽しかったんか?ダブルデートとやらは。」 「・・・うん。」 ストンッと隣に座り込む和葉。 気まずい空気の中、横目で改めて、和葉を見る。 一目で「可愛くした」と分かるくらい、力の入った格好。 ふんわり漂う和葉の香りに、胸が締め付けられた。 『和葉・・・。』 腕を伸ばしかけて、止める。 和葉が好きなんは、沖田や。 他の男相手やったら、無理やりでも連れ戻すけど、今日の様子を見ていたら、あいつ相手では、そんなことできへん。 ましてや、和葉が惚れているならなおさら。 『今の俺に出来るんは、これ以上、嫌な男ならんこと、やろうか。』 目をつぶって、深呼吸して、切り出した。 「せやけど、お前も見る目あるな。」 「え?」 「沖田やったら、ええんちゃうか?あいつは、優しいし、強いし。お前が惚れるんも分からんことないわ。」 「・・・何言うてるん?平次。」 「以外に、お前と沖田、似合いのカップルやで。今日の様子やと、向こうもまんざらでもなさそうやし、まぁ、頑張・・・」 「平次!」 和葉の大きな声で、言葉を止めた。 「本気?」 「・・・本気やで。」 「なんなん、それ・・・。」 眉をしかめて、大粒の涙が、和葉の目に光る。 『また、泣かせた。』 『綺麗や。』 同時に起こった二つの気持ちが、制御を効かなくする。 「平次、それ、あたしの気持ち知って・・・!」 「黙れ。」 和葉を抱きしめた。 腕の中に、華奢な、やわらかい体。 オレンジ系統の心地よい香りが、体を満たす。 「お前こそ、俺の気持ちなん・・・知らんくせに。」 口づける。 激しくもない、ただ重ねるだけのキス。 それでも、離れたくなくて、ただただ、重ね続けた。 指の間を通る髪の手触りが気持ち良いと思った。 突然湧き上がったものに突き動かされ、その衝動が消えて離れるのもまた突然だった。 はっと気づき、和葉を突き飛ばした。 玄関の上がりかまちにしりもちをつく形になった和葉は、びっくりしている。 「最低やん、俺・・・。」 ポツリとつぶやくと、和葉の家を飛び出した。 「平次!」 呼ぶ声が聞こえたけど、振り向かんかった。 振り向いたら、きっと戻って、和葉を攫ってしまうから。 その日から、俺は和葉を避けた。 3年の終わり方が自由登校で良かったと、心底思った。 休日は、家を空けた。 引越しのため、東京へ行くことも多かったから、借りる部屋の準備に精を出した。 変に張り切ってる俺を見て、おかんは俺と和葉の間に何かあった事を悟ったようや。 けど、何も言わんかった。 ・・・顔を見つめて、ため息を着かれたことは幾度となくあったけど。 卒業式は・・・ちょっとだけ会ってしもた。 けど、目線を和葉の方にやらないようにして、逃げた。 今会って話したら、決心がぐらつく。 沖田という彼氏が出来た和葉のために、俺が出来る唯一の事は「和葉の前から消えること。」やと信じているから。 片方が恋愛感情を抱いた幼馴染なんて、近くにおったらあかんと思ったから。 あわただしく過ぎた3月も去り、4月になって、俺は一人暮らしを満喫していた。 大学はおもろかった。 ただ、和葉のことは忘れられんかった。 心の底からほれ込んだ女。 俺の心は、悲しみに沈んだまま、浮き上がることはなかった。 |