ROUND 7 「 Tear 」 |
頭の中がぐるぐるする。 和葉はまだ、沖田の女や無かった。 まだやったということに驚いて、二の句が継げへん俺が見たのは、沖田に手を取られて行くの、和葉の俺にすがるような目やった。 あのキスした日。 和葉がぽろりと言うた「あたしの気持ち」という言葉。 あの時は、「沖田への気持ちを知ってて」という風に取った。 和葉の表情の意味を読み取れんかった。 せやけど、工藤と一緒の時と、一人の時の毛利のねーちゃんを見てて。 あのねーちゃんの様子が和葉に重なって、その度に、今まで理解できんかった「女の気持ち」を少しずつ知っていった。 ・・・たたき込まれたって言う方が、正しいかもしれん。 俺が和葉をほってきたことが、ねーちゃんは激しく不満やったらしい。 「そういうもんなんか?」何て質問しようもんなら、「ひどい、そんなこともわからないの?!」と説教される。 工藤は、横で笑って見とるし。(あれは絶対に嫌がらせや。) 同級生は、失恋してから恋したくない、何て言う俺を笑って、 「さっさと違う女を見つけろよ。」と軽く言うてくるが、他の女を相手にする気もおこらへんかった。 和葉だけでええ。 和葉しかおらん。 その気持ちに無理矢理、蓋をしてきたんやけど。 さっきの沖田の発言と、和葉の目。 迷いはない。 和葉の気持ちを無視するようなヤツに、和葉はやれん。 稽古も一段落して、練習試合が始まった。 勝ったり負けたり試合が進むごとに、周りの歓声が響く。 俺と沖田の試合寸前、俺は京大側の和葉を見た。 射抜くような視線に気付いて、和葉がちょっと怯える。 胸から、あるものを出す。 紺色のお守り。 和葉が居なくなってからは特に、肌身離さず持つようになったもの。 それが見えた和葉の顔が、ほころんだ。 俺の一番好きな顔。 俺の気持ちが引きしまる。 「お手柔らかになぁ、和葉ちゃんと俺のためにも。」 にこやかに、小声でかけてきた言葉に、余裕の笑みが浮かぶ。 「アホか。あんな大事なもん、おまえなんぞにやる理由がないわ。」 沖田が驚いた顔をした。 俺自身、自分の言葉に驚いたが、恥ずかしさがない。 礼をし、構える。 勝負は3本。 俺と沖田。 今までつかなかった勝負。 1:1で後一本。 騒がしい歓声の中でもはっきりと聞こえてきたのは。 「頑張れ、平次!」 高校の頃のような、明るい声援。 一瞬、沖田がそっちに気を取られて、思いきり踏み込んだ。 「面有り、一本!」 面越しやのに、和葉の笑顔が咲いたのがはっきりと見えた。 「悪いなぁ、沖田。」 「おまえ、全然そない思てへんやろ。」 「あ、分かる?」 笑顔で謝る俺に、沖田が引きつった笑顔で返す。 白熱した試合の後だというのに、俺と沖田は「女をかけた戦い」やったと顧問にばれ、 仲良くグラウンド100周を言いつかっている。 身体がくたくたやのに、心が軽い。 「もう泣かすなよ。」 「当たり前やろ。」 「そうやないと、俺が何のために、東京にいる諸刃を説得したんかわからんようになるからな。」 「・・・もろは?」 「俺の彼女や。」 平次の足が止まった。 カチカチと頭の中でパズルが完成する。 その結果出てきた人物の顔は、華月。 「あのアマ・・・。」 今までの仕組みが見て取れた。 「ま、おかげで俺も諸刃に会う時間ができたし、感謝するわ。」 笑いながら話す沖田に平次はぶすくれる。 「合同練習はまだ後3日もあるんやから、よろしゅうな。お先!」 そう言って、走り去る沖田。 平次が止まっている間に、彼はランニングを終わらせていった。 「平次。」 夕方、和葉を東都大の道場に呼び出した俺。 道場の中心にあぐらをかいて、扉に背を向けて座っていた。 引き戸を開けて呼ばれた名前に、少しうっとりとしてしまった。 久々の和葉の声。 近づいてくる和葉の足音に心拍数は上がったが、平静を装った。(別名、たぬき寝入り。) 「へーじ?」 軽い足取りに、寝ているのを確かめるような、ちょっと甘えるような声。 高校の記憶が鮮やかによみがえる。 『そういや、この声をたまに無性に聞きたくなって、よくやったな、こんなこと。』 気持ちに気付く前から好きだったのだと、笑いたくなる。 たぬき寝入りに気付かない和葉が、俺の顔をのぞき込んでいるのが分かる。 うっすらと目を開けると、柔らかな表情の和葉。 ヤラレタ。 「きゃあっ!」 抱え込んで、抱きしめて、床に寝転がす。 ここに和葉が居る。 それだけで、幸せな気持ちがこみ上げてくる。 この部屋の中、俺の側に和葉。 この腕の中、俺だけの和葉。 「和葉、すまん、待たせた。」 「な、なにの話や、平次?!」 「好きや。」 目の前の和葉の目に、みるみるうちにしずくが貯まっていく。 でも、それより先に。 幸せすぎて、やっと伝えられて、俺の目から涙がこぼれた。 |