― 非常識な幼馴染 シリーズC ― | |||||
■ 応急処置 ■ |
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蒸せるような道場に、さらに暑苦しい野郎の悲鳴。 悲鳴? ちゃうな、奇声や。 「うわっ!」 それは珍しいことに、服部のヤツやった。 学校内ではだるだるなヤツやけど、こと剣道に対してだけは真面目に取組んどるようや。 「す・・すみません!服部先輩!」 服部と練習しとった1年か。 「大丈夫ですか?」 「おお、平気や。」 どうやら汗で床がすべったようや。 そこに、まだまだ未熟な1年が止まれんで打ち込んでしもたんやな。 よう有るこっちゃ。 そやけど服部が、それを避け損ねるちゅうのは珍しいで。 「どないしたん?」 オレの疑問は、ここには場違いな程、清涼剤的爽やかさを持った声に代弁されてしもた。 道場の隅で、もうすぐ行われる大会の準備をしとった遠山や。 「ボ・・ボクが悪いんです!ボクが不注意で、服部先輩に打ち込んでしもて・・・ほんまにすみません!」 米搗きバッタになっとる。 って言うても、オレは米搗きバッタを知らんし見たことも無い、よってこの比喩は違うとるかもしれん。 どうでもええことやったな。 「気にせんでええよ。昨日も帰って来たんが深夜過ぎとって、碌に寝てへんからぼ〜としとったんやろうし。」 何故に、遠山がそれを知っている? なんて言う疑問を口走る輩は、ここには居らん。 理由は、遠山やからや。 それで十分なんや。 「そやけど・・・せっかく服部先輩がお相手して下さったのに・・・」 こんなんで泣くなや1年坊主。 「気にすな。こんなん唾でも付けとったら平気や。」 どうやら、避け損ねた時に首に傷を作ったとみえる。 遠山も「どこ?」って、服部の左側を覗き込んどるし。 「ああ〜これ?こんなん、平次にとったらほんまに怪我のうちに入らへんよ。」 って言いながら、更に服部を引っ張って屈ませた。 「・・・・・・・・・・・・・・」 「これで、こうやってバンドエイド貼っとったら、もうま〜たく問題無いから。なぁ?」 ピンク色でキティちゃんのカットバン貼られた服部も、 「そやそや。ほれ、もう泣かんでええちゅうねん。」 言うて胴着の襟を直しとるけどな。 よう見てみぃ。 その1年坊主、もう泣いてへんやろが? 涙どころか、息まで完璧に固まってもうてるやんか。 「はぁ・・・」 助けてやらんと、あかんのやろなぁ・・・。 可愛い後輩を失くしたないしなぁ。 「ほな、ちょう休憩しよか〜〜!」 新主将たるオレの一声で、皆、一斉に練習を止めた。 動きがギクシャクしとるのが1年、やれやれ言うとるのが2年、3年は何もなかったことにしたようや、雑談しながら道場を出て行った。 諸悪の根源たる服部と遠山も、仲良うケンカしながら行ってもうた。 「ほれ、しゃっきとせい。」 未だ動いてへん1年に、気合を入れるようにその肩を敲いてやる。 「・・・・・・青木主将・・」 オマエはどこを見て言うとんねん。 オレはこっちや。 「何や。」 「服部先輩って、凄い人ですね。」 「・・・・・」 そのキラキラお目目は違うやろ? 「ボク、服部先輩に憧れて剣道始めたんです。服部先輩はボクの憧れなんです!」 「・・・・・」 「ああ〜早く、ボクも服部先輩みたいになれたらなぁ・・・」 「・・・・・」 まぁ、服部に憧れるんは分からんでも無い。 そやけどなぁ、オマエのそれはやっぱ違うやろ? 「飯田よ・・・憧れるんなら剣道だけにしとけや。」 両肩しっかり抑えて言い聞かせんとな。 「?」 「あれは無理やで・・・あんなん普通の女はしてくれへんからな。」 「そうなんですか?」 「・・・・・」 やっぱ、そっちかい。 「あれはな、幼馴染やからなせるワザなんや。」 「え?恋人やからちゃうんですか?」 「ちゃうちゃう。そもそも、アイツらはただの幼馴染や。見えへんけどな。そんで、あ〜いうんは幼馴染だけが出せる特殊なワザや。」 「ワザ?・・・ですか?」 「そうや。そやから、ゲームの裏ワザでも見たくらいのつもりでおれや。」 「裏ワザ・・・」 伝わっとるか? オレのこの真心親心、主将心が? 「珍しい・・」 「やっぱり服部先輩は凄いです!」 「はぁ?」 「あんな凄い裏ワザまで持ってるなんて、流石はボクの憧れの先輩です!」 「・・・・・」 お目目キラキラ度が増してしもた・・・。 最近の若者はどないな思考回路してんのや・・・・・・・オレと1コしか変わらんけど。 それとも何か? オレの例えが悪かったんか? 「はぁ・・・」 服部、それと遠山も。 どんだけ周りに悪影響及ぼしとるか、ほんまにええ加減気付いてくれや・・・。 公衆の面前で、女が男の首筋舐めるなん非常識にも程があるやろがっ! ちゃんちゃん |
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