信じられへんけど、あたしは20歳で婚姻届なるモノに名前を書いてしもた。
う〜ん?
な〜んか表現がちゃうなぁ〜。
書かされた、言う方が状況的には合うてる気ぃするし。

平次を起こしてから2人で下にると朝食の準備は出来とって、テーブルにはおっちゃんとお父ちゃんも居った。
おばちゃんも入れて5人で、微妙な雰囲気のまま滞りなく朝食は終了。
それからそのまま5人で居間に移動して、大きな机の真ん中に置かれてる1枚の紙を囲んで敷かれてたお座布団にそれぞれ座る。
この間もご機嫌でずっと何かしらしゃべってたんは、おばちゃんだけやったわ。
座る場所もおばちゃんの指示で、あたしとお父ちゃん、向かいに平次とおじちゃんで、おばちゃんは机の横に陣取った。
そして、
「ほな、これから平次と和葉ちゃんの婚姻届に記入しましょか」
言うて手に持っとったボールペンを添えて用紙を平次の前に持ってった。
「まずはあんたからや。間違えんように書きなはれや」
すると平次は何の躊躇いもみせずに、そそくさと書き始めてしもたわ。

そやけど・・・

あたしは平次の手元を見ながら、婚姻届にすでに書き込まれてる場所が有るんに気ぃ付いた。
証人欄の右側。

大滝悟郎て・・・

あの・・・大滝はんやんなぁ・・・

なんで?

普通こ〜んな状況やったら、おじちゃんとお父ちゃんが書くんとちゃうんやろか?

それより・・・

あたしと平次の婚姻届に最初に署名したんが、大滝はんてどうなんよ?

「ああそれな、さっき大滝はんに持って来てもろたついでに書いてもろたんよ。やっぱり、親族だけやのうて第三者の証人が居ってくれた方が安心やさかいなぁ」
あたしが眉間に皺寄せてるんに気付いたおばんちゃんが、何も言うてへんのにそう答えてくれた。
つまりこの大滝はんの署名は、お父ちゃんへの牽制言うことや。
お父ちゃんが『やっぱあかん』て言い出したときに、部下である大滝はんに醜態を晒すことになって、上司の威厳も今まで培って来たイメージも木っ端微塵になるでちゅうおばちゃんの脅しやわ。
「大滝はんも大喜びやったわ。これで大阪も安泰や言いはってな、結婚式では自慢の喉を披露する言うて張り切ってましたで」
「・・・・・・」
これって、微妙にあたしも牽制されてるんやろか?

そうこうしてる間に平次が書き終わってしもた。
「はい。ええでしゃろ。ほな、次は和葉ちゃんな」

うわ〜〜〜!どないしょ・・・

うかうかしとったらあたしの番になってしもたや〜ん。
改めて婚姻届をマジマジと見てまうわ。
ひゃ〜、『夫になる人』『妻になる人』やて〜〜〜マジかいな。
いやいやマジやな。
うん。
真面目に書かんとあかんよね。
そう思うて『妻になる人』んトコに”遠山和葉”て書こうとしてるんやけど、手が震えてボールペンの先が定まらへん。
「な〜に百面相してんねん?」
なかなか自分の名前を書かないあたしに、平次の声が飛んでくる。
「や・・やって、緊張して手が震えるんやもん・・・」
自分でも情けない声が出てしもた。
きっと顔も相当情けなかったに違いない。
平次が大きな溜息付いて、
「しゃ〜ないヤツやのう」
言うて立ち上がった。
どうするんやろ?て思うてたら、当然の様にあたしの後ろにしゃがみ込んで抱き込むみたいにあたしのボールペンを持つ手に自分の手を添えた。
「平次?」
「落着け。間違えたら訂正印押したらええんやし、何も緊張することないやろが」
「そ・・そやけど・・・」
「それとも何か?俺と結婚するんが嫌になったか?」
「・・・・・・」
耳元でそんな真面目な声で囁かれたら、もうどうしてええんか分からんようになってまう。
「どうやねん和葉?」
「そんなん・・・ある訳無いやん・・・」
「やったら書けるな?」
「うん」
あたしは今までの緊張が嘘みたいに消え去って、背中に平次の温もりを感じながら自分が書き込むべき場所をすべて埋めることが出来た。

間違えて無いか確認して、ほっと肩の力抜いたら、
「うっほん」
てお父ちゃんの咳払いが聞こえてきた。
見ると眉間に皺寄せまくったしぶ〜い顔して腕組みしとる。
「!」
そんでやっと今の状況を思い出した。

し・・しもた・・・

おばちゃんもおじちゃんも、更にお父ちゃんも居るの状況で後ろから平次に抱き締められてるあたし。
しかも、そのまま嬉し気にしてるなん。

は・・恥ずかし過ぎるわ〜〜〜〜〜!

あたしが平次が居らんと何も出来へんのがバレバレやん。
昨日に引き続いて軽いパニックに陥ったあたしを、またもやおばちゃんが現実に引き戻した。
「よし。これで後は印鑑を押すだけやわ」
気付けば証人欄の左側におばちゃんの署名。
「・・・・・・」
お父ちゃんとおじちゃんは何の為に居るんやろ?
素朴な疑問やけど、今は聞かんとこ。
「印鑑は認印でええみたいやから、これ平次と和葉ちゃんのな」
と青と赤の印鑑ケースがあたしらの前に差し出された。
平次は相変わらず、おばちゃんに言われるままにそそくさとその新しい認印をいつの間にか出てきてた朱肉に数回ポンポンとして自分の名前の横に押しとるし。
捨印も押し終わると今度はあたしの認印出してあたしの手に持たせた。
「ほれ」
しかも更に自分の手を重ねたからあたしは認印を持ってるだけで、実際押してるのは平次。

これも共同作業なんかなぁ・・・

と思わず結婚式のケーキカットのシーンを想い描いてしもたわ。
そんで最後はやっぱりおばちゃんや。
あたしが終わるとスッて婚姻届を引き寄せると、素早い仕草で2箇所にポポンて。
「これでええですわ」
するとお父ちゃんとおじちゃんの前に婚姻届を突き出して、
「ええですな」
とドスの効いた声で最終確認の念を押した。
おじちゃんは静かに首を縦に振ってくれたけど、お父ちゃんは動かへん。
「ええですな、遠山はん」
「往生際が悪いで、遠山」
あっ、今日始めておじちゃんの声聞いたかも。
お父ちゃんはおじちゃんをジロッて睨んでから、
「ええ」
て言うとがっくりと頭を前に落としてしもたわ。
「ほな、早速出してきましょ!」
おばちゃんは嬉そうに完成した婚姻届を手に持って、すでに準備されとったバックに平次とあたしのやって言うた認印と一緒に入れると足取りも軽やかに居間を出て行ってしもた。

今日があたしらの結婚記念日になるんや。


今日って・・・8月の何日なんよ?





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