そやけど、このままやったらあかん!

このままホンモンに流されとったら、あたしの京都市民化がほんまに決定してまうやん。
京都は嫌いやないけど、あたしには鬼門。
どんな厄災が待ってるんか、分かったもんやない。
とにかく断固反対せんとな。
「あ・・あたしの好きにしてええんやったら・・」
「お前が好きにしてええんは、物件だけやで」
くそ・・・先手を打たれてしもた。
「そ、そやけど・・」
「京大近辺いうんは変更出来へんで。そやないと、事件やなんやかんやで動き回っとる俺が帰れへんようになるからな」
まったく、こん自己中が!
「そうなるとや・・・」
「 ? 」
さっきまで余裕の表情やったんが、今度は急に真面目な顔に。

「あいつも帰って来れんいうことやで」

”あいつ”の部分がやけに、強調されとった。
「あいつって・・・」
「あいつ言うたら、あいつや」
そう言うてホンモンはニヤリと笑う。
もちろん、あたしには”あいつ”が誰なんか言われるまでも無く分かっとる。

けど・・・

「あんたさっき、俺は一人や、とか言うてへんかった?」
「確かに言うたで」
それがどないした、ちゅう顔。
「やったら何で”あたしの平次”のこと言うんよ」
今度は僅かやけど眉間に皺が寄った。
「おま・・」

「服部、いつまでもそこに居られると迷惑なんやけど?」

ああ〜これからええトコやったのに!
これから核心部分に入るコトやったのに!
誰や、あたしの邪魔をしたんわ!

って思わずその邪魔モンをキッて睨んでしもた。
「あ、お・・俺・・・何か悪いことしてしもた?」
平次と同じ位長身の眼鏡を掛けた男ん人が、引き攣った笑いを浮かべて立っとった。
誰なんこん邪魔モンは?
「うん?ああ、すまんすまん」
平次も一瞬呆けてたけどすぐに体勢を立て直して、その邪魔モンと話し始めた。
ああ、この人がさっき言うてた”大学のツレ”なんや。

はっ!

ちゅうことは、平次の友達。
ちゅうこは、ちゅうことは、”あたしの平次”の友達でもある言うことで。

ああ〜〜〜なんたる失態・・・

あたしは自分でも自分の顔が一気に青褪めていくんが分かった。
いくらホンモンの核心に迫ってたからいうて、平次の友達に悪態付くなん最悪や。
絶対、”恐い女”て思われたわ〜。
やって不意やったから相当露骨に嫌な顔いうか、鬼の形相?いう顔やったと思うしぃ〜。
人間関係で一番大事な第一印象が最悪なん、悲惨や・・・。
しかも、平次が大学の友達紹介してくれるんも初めてなんに。
「・・・は。か〜ず〜は!」
「は、はい?」
自己嫌悪にどっぷり嵌っとったあたしは、またまたお間抜け面を晒してしもた。
「こいつ俺のツレで上羽勝浩(うえばかつひろ)や」
「は、初めまして」
やっぱり・・・なんか恐々って感じやん。
「こちらこそ、平次がいっつもお世話になってます。遠山和葉です」
あたしもちゃんと笑えてるか疑問や。
って思ってたら平次から怒られてしもた。

「こらっ!違うやろがっ!」

「へ?」
ちょっとの間、何を怒られたんか分からんかった。
「もっぺんやり直しせや」
これって笑顔のやり直しやなくて、
「・・・・・・と・・」
ちゃうちゃう、
「は・・・服部和葉・・・です」
こういうことやんな?
そろ〜と平次の顔を窺ったら、満足そうに頷いてたわ。
「うわっ!!結婚したて、ほんまやったんか!」
上羽くんがほんまに驚いたッちゅう顔して、平次の肩をたたいとる。
「何やお前信じてへんかったんか?」
「そらぁ無理やろ?此間まで一緒にバカやって遊んでたヤツが、ほんの数日会わん間に結婚したやで?しかも、それがあの服部平次やで?可愛ええ子やごっつい綺麗な子が告ってもバッサリ切り捨ててたあの服部やで?誰がそんなん信じるんかいな」
「そらぁ〜信用がのうて悪かったな」
「かまへん。かまへん。そうかぁ〜、ほんまに結婚したんかぁ〜。こらぁ、休み終わったら大騒動やなぁ〜」
平次が鬱陶しそうに肩の手を払い除けてるんに、この上羽くんいう人はまったく気にせずバンバン笑顔で叩いてるわ。
「で、君がその栄えある服部の奥さんなんやね。改めてよろしく。俺、服部の悪友で同じ京大剣道部に所属してる上羽勝浩。カツって呼んでな?」
しかも今度は矛先がこっちに向いたんか、あたしの両手掴んでブンブン振り回してるし。
こ、この人見掛けに寄らずパワフルやん。
初めて服部和葉て名乗ったことや、奥さんって呼ばれて発生したあたしの照れなんこの勢いに押されて呆気に変わってしもた。
「よ、よろしくお願いします。和葉です」
「和葉ちゃんかぁ〜可愛ええ名前やなぁ〜」
「こらっ、いつまで手ぇ握ってる気やさっさと放さんかい。そんで、気安う”和葉ちゃん”とか言うな」
平次はペシッて上羽くんの手叩き落とすと、あたしを自分の腕ん中に納めた。
「そらぁえらいすんませんでした。そうか、そうか、この子が例の幼馴染ちゃんかぁ〜。俺らにアホな相談してくる思うてたら、こういう事やったんか」

アホな相談?

「お前もアホみたいに喋ってへんと、さっさと物件紹介せぇや」
「はいはい。ほな、こちらへどうぞ、新婚ホヤホヤの服部くんと和葉ちゃん」
「やから、気安う呼ぶなっちゅうとろうが」
上羽くんは平次の忠告なんまったく聞いてへんちゅう態度で、さっさと自動ドアの中に消えて行った。
凄い・・・有る意味平次の上を行くマイペースさんや。
それにしても、さっきのアホな相談って。
「なぁ?アホな相談て何なん?」
「そんなん気にすな。しょうもない事や。ほれ、入るで」
このホンモンの平次はそう切り捨てると、あたしの手を引っ張ってお店の中に足を踏み入れた。

そやけどあたしには、アホな相談が何なんか分かっとった。
アホな相談て、きっとあたしの平次が友達にしたいうあのトンデモナイ結論を出した相談のことなんやろな。
あん時はなんてアホなことをて思うたけど、今となってはアホな相談したあたしの平次もトンデモナイ結論出してくれた友達らにも感謝状を贈りたいくらいやわ。

店内に入ると上羽くんがお店の奥に有る扉の前で、あたしらを待ってくれとった。
「こっちの個室ん方がええやろ」
そう言うて笑顔であたしらを中に通してから、
「一応手頃な物件をピックアップしといたで、取り合えずそれに目ぇ通しとってくれ。その間に俺は、お前らの担当を連れて来るさかい」
と自分はドアの外に出ていった。
予想通りこの部屋もあたしらには、相当場違いな位豪勢や。
椅子もテーブルもとても不動産屋には見えへんで、どこぞの高級レストランて言われた方がしっくりくる感じ。
それやのに相変わらず平次はいつもん通りで、あたしの腕を掴んで無理矢理座らせると自分もすっと座って、早速机に置かれているファイルを捲りだした。
「なぁ平次?ほんまに、ここで探すん?」
「そうや」
どうしても落着けないあたしはキョロキョロと周りを見渡しては平次に話し掛けてるんやけど、平次は真剣に物件を物色しとって顔すら上げてくれへん。
「こんな凄いお店やったら、扱ってる部屋も相当凄いんばっかりなんやろね?」
「そうやな」
「そうなるとお家賃もええ金額なんやろね?」
「おお」
「誰がそんな凄いお家賃払うん?」
「おやじ」
「・・・・・・・・・・・・」
「どんなに金掛かっても、ちゃんとしたとこにせぇ言うたんはおやじやからな」
「そ・・そうなんや」
つまり、このセレブモードはおじちゃんの意向でも有る訳なんやね。

そうなるとあたしの京都市民化は、どう足掻いても避けられへんちゅうことなんや。

はぁ・・・

心ん中で溜息吐いて、平次の後頭部に目をやった。

後頭部・・・

平次は真剣にファイルん中にある物件の詳細を読んでる。
しかも他に誰も居てへん。


あたしは自分が考えるよりも数段素早い動きで、その目の前にある後頭部に頭突きを喰らせとった。

目からお星様がちらほら飛び散ったけど、この痛みは報われるはず。


あっ・・・


そやけど・・・頭突きやのうてもよかったかも?





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