「あいたたた・・・」
流石に額を勢い良くぶつけたら、痛い上に頭痛までするわ。
両手で自分の額をヨシヨシしながら、ちらっと横目でそれと無く平次の様子を窺う。
動かへん。
「平次?」
自分でやっとって心配そうに声掛けるなん余りに業とらしいけど、仕方ないやん、やってもうたもんは取り消せへんし。
「・・・・・・・・・」

ああ、お返事がありません・・・

”手加減してくれ”言われとったのに、渾身の力を込めてしまったあたしが悪い。
絶対今のであたしの平次になってるはずやのに、なんか殺気みたいなモンを感じるんは気のせい?
「だ・・大丈夫?」
ちょこっとだけ恐る恐る平次の肩を揺すってみた。
「ひっ・・」
するとや、横目でジロッて睨まれてしもたわ。

ひぇ〜〜〜恐っ!
何で?何で?何でなん?
あたしの平次のはずなんに・・・何で?

あたしが顔引き攣らせて喉詰まらせて固まってると、上羽くんが男の人を連れて戻って来てしもた。
「待たせて悪かったな。そこに何ぞ気に・・・、ってあれ?どないしたんや?」
あたしらの向かいの席に二人して座りながら、平次を見て不思議そうに首を傾げた。
「何でもない。ちょうオデコと後頭部に刺激があっただけや」
やっと聞こえた平次の声も、心成しか低いんやけど。
「ふ〜ん。そうか。ほんで、何ぞあったか?」
それやのに上羽くんは、そんな平次と動揺しまくりのあたしをあっさりスルーしてもうたわ。
やっぱこの人、タダモンとちゃうやん。
それとも京大生ともなると、細かいことは気にせんのやろか?
「場所的にはこれと、これやな」
それに平次も、ほんまに何もなかったみたいに話し始めとるしぃ。

ええ〜〜?
ほんまにあたしの平次やないの〜〜?

軽いパニック状態のあたしを余所に、3人で話しはどんどん進んでいってるみたいやし。
上羽くんが連れて来た人は、なんと上羽くんのお父さんでこの立派な不動産屋さんの社長さんやった。
ってことは、あたしらの担当は社長自ら?
これまた、えらい立派な待遇やん。
なんか益々あたしの場違い度数も上がってしもたわ。

結局あたしはこの場の雰囲気に馴染めんで、あたしらの新居選びなんに何の意見も言えずにいつしか物件を見行く話になってしもてた。
「ほな、取り合えずこの3つを見に行きましょか」
そう言うて社長自ら車を運転して案内してくれるらしく、車回しますわ、と部屋を出て行った。
「和葉ちゃんは何も言うてへんけど、特に希望とか無いん?」
広げた紙やら写真やらを片付けながら、上羽くんがあたしにやっと声を掛けてくれた。
なんか平次が邪魔してるみたいで、今まであたしらは会話するタイミングが無かったんよ。
「あたしは別に・・・」
「普通新居言うたら女の人の方が、一生懸命になって選ぶもんやで?」
優しい笑顔で言うてくれるから、あたしも少しだけ本音を言うてみる。
「なんかどれも凄過ぎて、気後れしてもうて」
「まぁ確かになんぼ新婚て言うても、学生が住むにはちびっとええ物件かもしれへんけど、そないに気にすることはあらへんて」
「ちびっと?」
「はは。ほんまわな。うちは学生は相手にせんのやけどな、服部がどうしてもて言うからこうして物件紹介してんのや」
「え?」
「それもこれもぜ〜んぶきっと和葉ちゃんの為やで」
あたしは無言で、未だにファイルを捲っている平次の横顔マジマジと見詰めた。
「こいつが一番に付けた条件がセキュリティ面やったんや。管理人が常駐してるんはもちろん、入り口には二重ロック、階も5階より上でエレベーターは2機、それに駅からマンションまでの道は人通りが多くて明るいことやったかな」
「・・・・・・・・・」
「これだけでも条件クリアしてる物件いうんは、そうそうないんやで?」
上羽くんは面白そうに平次に視線を送ってから、

「服部に相当、愛されてんなぁ和葉ちゃんわ」

とこっちが更に赤面してまうようなことをサラリと言うた。
やから、あたしは益々目の前の平次をガン見してまうやん。
そやけどあたしが何か言う前に、
「それが分かとって未だに”和葉ちゃん”言うんかおのれは」
と平次が行き成り上羽くんの胸座掴んで自分い引き寄せてしもた。
「そらぁ仕方無いやろ?服部の嫁さんなんやから」
「それのどこが仕方無いや?」
「やってなぁ、”服部さん”言うんは畏まり過ぎてあれやし、”和葉さん”言うには和葉ちゃんは可愛らし過ぎやしなぁ。それに」
「それに?」
「おもろない」
「お前なぁ・・」
「それにや」
「まだ有るんかい」
あたしが唖然と見ている前で、二人の変な遣り取りは続いとる。
しかも見た目の状況はともかく、上羽くんがの方が優勢や。
やっぱこの人、凄いわ。

「服部が和葉ちゃんをここに連れて来たんは物件を一緒に探すんはもちろんやろけど、俺に紹介してさっさと噂を広めよう思うてたやろ?違うか?」

えっ?

上羽くんが言うてる意味が今一よう分からんで、平次と彼の顔を交互にマジマジと見詰めてしもた。
やって平次があたしとのコトを噂にして広めるなん、とてもするとは思えへんもん。
どちらかと言うと、逆に隠しそうな気ぃするんやけど。
「何で俺がそないなコトせなあかんねん」
やっぱそうやんなぁ。
「う〜ん?俺はオマエやないから詳しい理由まではよう分からへんけど、オマエの行動の不自然さやったらわかるで」
「俺のどこが不自然やねん?」
平次の眉間に更に皺が寄ってしもてる。
ほんでもってあたしにも。
「第一に、俺んとこに物件探しに来たことや。オマエの言う条件やったら、うちよりもっと手軽に探せるトコが他にいくらでもあるのに、わざわざ俺んトコに来たこと。第二に、今日ここへ来たこと。ほんで、これが一番不可解なんやけど、第三に、ほんまは俺に紹介したないのにわざわざ和葉ちゃんを一緒に連れて来たことや」
う〜ん?
言われてみれば確かにちょこっと気になる点はあるけど、それ程不自然やとは思わへんけど。
「・・・・・・・・・」
でも、上羽くんの言うたコトに平次は黙ったまま何も反論せぇへん。
もしかして、当たってるん?

え?ほんまに、あたしとのコトを噂にしたかったん?

思わず平次の顔をマジマジと見詰めてしもた。
そしたらあたしの視線に気付いたんか、平次がぷいっと顔を背ける。

「・・・・・ちゃうで・・」
ほんでもって顔を背けたままぼそっと聞こえた。
それに素早く上羽くんが突っ込みを入れる。
「何がちゃうんや?」
その声には存分に笑いと優越感が含まれとったから、平次がキッと顔を上げた。
負けず嫌いの平次はこなんされるんが一番嫌やから。

「俺は好きな女をやっと自分のモンにしたんや。それを自慢したかっただけや!」

「は?」
平次の口から出てきた思いもよらない言葉に、上羽くんは気の抜けた声を発した。
あたしなんあんぐり口開けてしもてるけど。

この発言はどっちなん?
この平次はどっちなん?





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