〜Lively Night〜 04 |
||
![]() |
![]() |
|
![]() |
平次に手を引かれたままタクシーに乗り、おばちゃんに見送られて服部の家を出た。 おばちゃんはアタシが乗るまで、いつでも帰って来てええからなとか、何ぞあったらすぐに連絡してやとか、ずっと声を掛けてくれた。 「おかん、俺が付いてるんやそないな心配はいらんやろ」 「そんなん言いましてもなぁ、心配なもんは仕方無いでっしゃろ」 呆れた平次の声にも、珍しいおばちゃんのオロオロした雰囲気は消えることが無い。 「お義母さん、アタシほんまに大丈夫やから。平次も居るし、それに友達に会いに行くだけなんやし」 「そやね。ほな、楽しんでおいでな和葉ちゃん」 「俺には?」 「あんたもな」 おばちゃんの為に、前と変わらんやり取りをするアタシら。 前はこんなん普通やったのに、今は意識してやらんと出来へんこと。 「おかんは相当お前んことが心配らしいで」 「嬉しいんやけど…」 タクシーが走り出してから、平次が苦笑を含んだ声でそう言うた。 おばちゃんがアタシんことを気に掛けてくれるんは確かに嬉しいんやけど、本音を言うと少し煩わしくもある。 さっきの言葉やって、きっと今日だけのことを指してるんとは違うやろし。 『いつでも帰って来てええからな』 これはもうおばちゃんの口癖になりつつある言葉。 前のアタシやったらただ喜んで素直に嬉しかったやろうけど、今のアタシには警戒心を抱かせる言葉。 やってアタシが寝屋川に帰るいうことは、平次から引き離されるいうことやから。 「今日は素直に喜んどき」 「そやね」 アタシの感情なん全部お見通しの平次は、アタシを抱き寄せて眉間にそっとキスをくれた。 平次の側は温かくて、アタシが唯一安らげる場所。 ここから離されるんは絶対に嫌。 いつまでも、アタシはここに居たい。 そう思うて平次の胸に寄り添ってたんやけど、無常にもタクシーはあっと言う間に目的地に着いてしもたわ。 ドアが開く音がして、平次が先に降りてアタシの手をそっと握って誘導してくれる。 「今夜はそのまま眼を閉じとれ」 「何で?」 アタシがタクシーの運転手さんにお礼を言う時に眼を閉じてお辞儀したら、アタシを支えてくれる手とは違う手がそっとアタシの瞼を覆うように添えられた。 「その方がお前が見えへんことが、周りのヤツラに分かり易いやろ」 「そうやけど…」 「ええ子にしとれ」 「……わかった」 平次の命令は絶対。 それにご褒美を貰う為に平次の機嫌を損ねる訳にはいかへんから、アタシは言われるがままに眼を閉じたままタクシーを降りた。 一歩踏み出したそこは足場が安定せぇへん、砂利みたいな場所やった。 「建物の入り口まで白い砂利道になっとる。扱けへんように、しっかり掴まっとれ」 アタシは平次の左側に寄り添って、しっかりとその腕にしがみ付いた。 「ここって来たことがあるとこ?」 「いや。オレも初めてや」 建物の様子や周りの景色を細かく平次が説明してくれる。 今のアタシにとっては、こうやって平次が教えてくれることがすべてやから。 「入り口に木下と田中が居るで」 「それって、みっちゃんと田中くん?」 「そや。その手前に3段の階段があるから、オレに合わせてゆっくり登れや」 「うん」 「ここからや」 階段ではいつも平次が腰に手を添えて、もう片方の手でアタシの右手を握ってくれる。 握ってくれた手が少し上がると1段登る、また上がるともう1段登る。 そうやってゆっくりとたった3段の階段やけど、時間を掛けて上がるんはいつものこと。 そやけど、階段を登りきってもそこに居るはずのみっちゃんと田中くんから声が掛かる気配はなかった。 「どないしたんや?」 余りに二人の反応が無いから、平次が不思議そうに声を掛けた。 「あっいやっ、何やお前らの雰囲気が今までとえらい違うから、ちょう驚いてしもたんや。すまんな」 「ほんま、ほんま。元々美形のあんたらやから、絵になり過ぎてて見惚れてたわ〜」 「もう、何言うてんのみっちゃん」 「和葉は始めての場所やと危険やからな」 表面上は今までのアタシらを演じながら、それでもアタシと平次は僅かに距離をとった。 離れ際に平次の手がアタシの背中をトントンと2度叩く。 きっと、ここに居る間は少し距離を置くで、いうことやろ。 「中に入ったら唯(ゆい)とタクが居るから会費払うてな。ほな和葉、後でゆっくり話ししよな」 「うん。ほな、後でな」 声がする方へと笑顔を見せて、アタシは平次に手だけを取られて再び歩き出した。 「ドアまで5歩で、手前に引くタイプや」 アタシの歩幅で計算して、その先に在るドアの形状も教えてくれる。 やから言われたように5歩歩いて、その場で立ち止まった。 ドアが開く気配して、体に温かい空気が流れて来る。 「受付は右に7歩行ったとこや。松田と河村が居る」 平次が教えてくれるから、今度はアタシから二人に声を掛けた。 「唯、河村くん、久しぶりやね」 「和葉〜〜!それに服部くんも元気やった?」 「うん。唯は相変わらずそうやね」 「遠山も服部もほんま久しぶりやなぁ〜」 「ちょっとタク何言うてんの。和葉はもう遠山や無いやろ!」 「おっ、そうやったなぁ。すまん、すまん」 「別にかまへんで。その方が呼び易いやろ」 「そやで。今まで通り、遠山でええから」 友達との何気ない会話。 そやけどそこには、どこかぎこちない雰囲気が漂っている。 やって誰も、アタシが眼が見えへんことには触れて来ないから。 おばちゃんたち以外で、久しぶりに感じる気遣いにアタシの心はほんの少しだけ温かくなった。 篭に居るときは他人に接することはほとんど無いし、たまに平次と一緒に外に出てもアタシに優しくしてくれる人は少ない。 酷いときなんか平次のファンの女らから、虐められるときやってある。 それに男はアタシの眼を見ると必要以上に近付こうとするし、そうで無くても平次の奥さんいうんで興味本意に見られるんが普通や。 やからこの何の含みも無い優しさに、どうしていいのか分からなくもなる。 今のアタシには、あまりに遠い感覚やから。 |
|
![]() |
||
![]() |
![]() |