〜Lively Night〜 06 |
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外の寒さが嘘のように暖かい空気。 賑やかな話し声。 「なぁなぁ、和葉。服部くんとの新婚生活ってどんな感じなん?」 「どんなって言われても、別に普通やけど」 みっちゃんの声がアタシのすぐ近くから聞こえて来る。 乾杯の為に渡されたビールは一口だけ飲んだけど、どうしても苦くてアタシの口には合わなかったのと、「オレが飲んだるわ」とスッと平次に取られたからアタシの手元にはもう無い。 しかも「お前は酒飲むんやないで」と言われ、手渡されたのは味も素っ気も無いウーロン茶。 「あっ、それウチも聞きたい!」 「あんたらいつかは結婚するやろて思うてたけど、こんなに早うするなん予想外やったから興味あるわぁ」 こんな声があちこちから聞こえて来て、アタシの周りに何人か集まって来たんが分かる。 やけどこの質問は必ずされるやろうからて、平次が昨日アタシにその答えを覚えさせていた。 だから何の躊躇いも無く、戸惑うことも無く嘘の答えがアタシの口からスムーズに流れ出す。 「やから普通やて。アタシが眼見えへんから、多少は平次に負担掛けてるかもしれへんけど、特にこれといって変わったことなん無いよ」 「そんな建前なんどうでもええねん。服部くん優しいんやろ?」 「平次?優しいいうか、それこそ相変わらずやで」 「またまたぁ、あの服部平次を独り占めしてる感想が聞きたいねん!」 「独り占めて、まぁ一緒に暮らしとるんやからそう言えへんことも無いけど、部屋に居っても別々のことしてる方が多いし、昼間は平次大学に行ってるしアタシは部屋で掃除や洗濯してるだけやけど」 何気なさを装うて答えてるけど、アタシはそんな事をしたことは無い。 掃除も洗濯も平次がやってくれるから。 アタシはただ、お気に入りのソファに凭れて平次が帰って来てくれるのを待っているだけ。 「ご飯はどうしてるん?それも和葉が作ってるん?」 「それだけは平次やね。アタシがする言うても、台所だけには立たせてもらえんねん」 「ええ〜?服部くんがご飯作るん?!」 ここだけは真実を答える。 これも平次がそうせぇ言うから、やって眼の見えへんアタシがしとる言う方が不自然やからやて。 「そうなんよ。やから初めんころは大変やったんやで?味噌汁は濃いはきゅうりは繋がっとるはで、ちゃんとしたモンになったんは一緒に住み始めて数ヶ月経ったころやったわぁ〜。お蔭でえらいダイエット出来たんやけどな」 「そうなんやぁ〜。そやけど羨ましいわ〜〜」 「何が?」 「あの服部くんにそこまでして貰えるなん、和葉、愛されてるんやね〜」 「はぁ?ぶつ切り野菜がそんなに羨ましいん?」 「それも愛情やん」 「そらまた、えらい硬い愛情やなぁ。アタシは柔らかい方が好みなんやけどなぁ」 笑顔で答えながらも、そこに本当のことなんほとんど無い。 それからもたかちゃんをお祝いする為のクリスマス会やていうのに、何でかアタシが皆から質問攻めに遭うハメになってしもた。 仲が良かった友達はアタシが失明した理由を知っとるからあえてそこに話しがいくことは無かったけど、平次との結婚生活には興味深々いう感じで色んな事を聞いてくる。 ここに居るほとんどの人間が大学に進学しとるから、まだ経験の無い結婚生活いうに興味が在るんは分かるんやけどどうにも鬱陶しい。 やから友達らの会話から少しだけ耳を遠ざけて、平次の気配を探してみた。 リン…リリン… あたしより大分離れた場所から小さく平次が付けている鈴の音が聞こえたから、その方向に意識を向けてみると平次たちの会話が僅かやけど聞き取れた。 「服部、もしかして風呂とかも一緒に入っとるんか?」 「そやで、アイツ一人で入らせたらスッ転ぶからな」 「信じられへん…あの服部がなぁ…」 「しゃ〜ないやんけ、転んで騒がれるよりマシや」 「そういう問題ちゃうやろ?」 「は?他に何があんねん?」 そんなん決ってるやん。 お風呂でイチャイチャする為やんか。 心の中でツッコミ入れて、今はもう存在しない懐かしい平次の姿を思い浮かべた。 やから、みっちゃんから話し掛けられてることに気付くのが遅くなってしもた。 「…葉、和葉」 「え?」 「え、やないよ。どしたん?疲れた?」 「ちゃうちゃう」 「もしかして、服部くんが側に居らんから寂しいん?」 「はぁ?平次やったらそこに居るやん」 無意識に平次が居る方向を指差した。 「……何で分かんの?」 「平次が付けてる鈴の音が聞こえるからやけど」 アタシがそう言うと、周りから一瞬話声が聞こえなくなった。 「何も聞こえへんけど?」 「うん。ウチも」 「私も鈴の音なんか聞こえへんよ」 少しの沈黙の後、皆が口々にそう言い出した。 そうなんや。 あの鈴の音色は小さ過ぎてアタシにしか聞こえへんのや。 「アタシにははっきり聞こえるんよ。やって、今のアタシには音だけが頼りやから」 何も見えないアタシには、平次の存在を探す唯一の方法やから。 再び平次の鈴の音に耳を傾けていると、いつの間にか近くに来とった唯がアタシの知らない現実を教えてくれた。 「相変わらず服部くんの周りは男も女もテンコ盛りやなぁ」 話し声は平次の仲が良かった男友達のもんしかなかったから、女たちの存在まではアタシには分からなかった。 「それに服部くん、前より格好良さがUPしたんとちゃう?」 「あ、それウチも思た!高校ん頃より確実にええ男になってるわ」 「見てみあれ。改方は結構ボンボン多いからスーツとか着慣れてるはずやのに、あの中に居っても服部くんだけ威容に様になってるやん」 「何や男の色気みたいなんも感じるし」 平次を褒める言葉なん、高校のころから聞き慣れてる。 アタシの友達やって、日に何回かはきまって平次の話題を振って来てたし。 やから、これも聞き流せばええだけや。 「あのスーツの襟に付いてる小っこいんが、さっき和葉が言うてた鈴?」 「そうやけど」 「こっからやったら鈴てことすら分からへんわ」 「そうなん?音は今でも聞こえてるけど」 周りからは、やっぱり聞こえへん、て反応が返ってきた。 「ちょう、どこまで近付いたら音が聞こえて来るかやってみぃひん?」 「それええな」 そう言うやいなや、数人の気配が平次の方向へと動き始める。 「アイツら、服部くんの側に行きたいだけやん。ええん和葉?」 アタシの隣に座って居るたかちゃんは、立ち上がる気配を見せずに心配そうに声を掛けてくれた。 「おおきに、たかちゃん。けど、いつもんことやん」 「そやけど…」 「ほんまええんやって。そんなん一々気にしとったら、やってられへんやろ」 「それって妻の余裕てやつ?」 「そうやで。奥さんいうんは、太っ腹やないとあかんねん」 アタシは右手で自分のお腹をポンッて叩いて笑ってみせる。 「流石、和葉やわ。ウチも見習わんといけんね。腹だけは先に太っ腹になってしもたけど」 二人して声を上げて笑う。 表面上はとても楽しそうに。 やけど… どんなに完璧に昔の自分を演じてみても、心の中までは演じきれへんかったわ。 ヘイジハアタシダケノモノ… |
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