〜Lively Night〜
                                                  07



乾杯の後、大事を取って椅子に座った『たかちゃん』の隣に和葉を座らせた。
かつてのクラスメイトたちは恐らく今のオレたちの事を色々知りたがるやろが、今日の主役である『たかちゃん』と一緒にさせておけばそれなりに話題を分散させられるやろし、和葉と仲の良かった友人たちが2人を囲んどれば酒が入って暴走しがちな連中への押さえにもなると思ったからや。

少し離れた所からそっと様子を伺うと、和葉は5〜6人の友人たちと何か話しながら笑っとった。
もっとも、アレが本心からの笑いかどうかはわからんけどな。

「は?他に何があんねん?」

オレの周りに居るんは、あの頃仲の良かった友人たちを中心にした男女混成グループ。
予想は付いとったが、みんなオレと和葉の新婚生活に興味津々やし、特に男同士て事もあってか親しかった友人たちは所謂『夜の生活』の方に話を持って行きたがる。
まあ、あの頃のオレらからしたら今の状況は予想外やったろうし、夜のパーティーで酒も入れば当然なんやろがな。

「和葉一人で風呂放り込んだら、石鹸蹴っ飛ばすわシャンプーのボトル倒すわシャワーに頭ぶつけるわ浴槽の淵に膝ぶつけるわ、しまいには泡に足取られて尻餅ついた拍子に肘打ったて大騒ぎやで?見張っとった方が手間掛からんくてええやん」

一緒に風呂に入っとるのは本当やけど、これは嘘や。
嘘をそれらしく成立させるためのテクの1つに真実を織り交ぜるゆうのがあるが、今夜ここでオレと和葉が話すのは全てがほんの少しの真実に嘘を纏わせたものばかり。
この話題も友人たちの意図に気付かんフリして、艶話には縁遠かったあの頃のオレたちのままに色気のない話を語ってやった。

「お前らが相変わらずで嬉しいわ……」

友人たちが顔を見合わせて大きなため息をつく。

「何やねん」
「いやいや、楽しそうな毎日やなと思てな」
「まあ、退屈はせえへんわ」
「きゃっ!」

グラスのビールを空けて新しいグラスに手を伸ばそうとカラダを捻ったら、すぐ後ろに居ったらしい誰かとぶつかりそうになったんか小さな悲鳴が上がった。

「大丈夫か?」
「あ、うん、大丈夫や」

フラついたカラダを腕を掴んで支えてやる。
そこに居ったんは、さっきまで和葉の傍で話しとったオンナの1人やった。

「ゴメンな、服部君。飲み慣れとらんから、回ってもうたみたい」
「空きっ腹で飲んだんやろ?何か喰えや。結構美味いで?」

支えてやった腕を離すと、そのオンナは逆に縋るようにオレの腕を掴んできた。
チラリとオレを見上げて来る瞳ん中に媚を見つけたが気付かんフリして近くの椅子に座らせながら、料理の様子を見るために顔を出したシェフに温かいスープを頼んでやった。
ついでに、幹事の1人の田中を呼んで世話を任せる。

「ちょお休んどればええやろ」
「任せたで」
「あ……」

荒っぽくならへん程度に強引に腕を離させて、ウエイターからワインを受け取る。
ウエイターは丁度空んなった盆にグラスを集めて厨房へと戻り、何となくそれを見送ってそのまま友人たちの輪に戻ろうと振り返ると、胸元に柔らかな衝撃があった。

「ごめんなさい!」

柔らかな衝撃は、オンナの手やった。
黒いレースの手袋をした手には、空になったカクテルグラス。
慌ててテーブルにグラスを置いたオンナが、首に巻いとったスカーフを外してオレのスーツの襟元に当てる。

丁度壁に背を向けとるオレと、クラスメイトたちに背を向けとるオンナ。
偶然か故意か、恐らくは故意やろが、オンナの様子は抑えた照明も相まって他の連中からは死角になっとった。

「ゴメンな、服部君。私、余所見しとったもんやから」

カクテルが掛かったのは襟元。
その襟を固定する風を装ってオレの上着の下に手を差し込んだオンナが、深いカットの襟元から胸の谷間を見せ付けるようにしなを作りながらそっとオレを伺うように視線を上げた。

上着の下で、レースの手袋に包まれたオンナの指がシャツの上からオレの肌を撫でる。
右手はスカーフで襟元を拭きながら、左手の指をシャツの上で悪戯に遊ばせとるオンナが、紅い口紅を乗せた唇を厚みのある舌でゆっくりと舐めた。
さっきのオンナもそうやったが、このオンナの目にも発情した牝特有の光があった。

大学でも依頼を受けて行った先でもよく向けられる、情欲を隠そうともしないねっとりと纏わりつく視線。
和葉の眼が浮かべる情欲に染まった熱く潤んだ光はオレを強烈に欲情させるが、他のオンナたちから投げつけられる牡を誘う視線は利用価値のある時以外は不快でしかない。

「かまへんて。大した量やなかったみたいやし、黒やから目立たんしな」

オンナの意図に気付かんフリして、手を押し戻す。

「スカーフが汚れるで?ウエイターにおしぼり貰うから、もうええて」
「せやけど……」
「あ、すんません!」

オンナを押し退けて、丁度現れたウエイターを呼び止める。
差し出されたおしぼりを手に、便所へと向かった。

この店に入ってから、オンナたちの視線が集まっとったのはわかっとった。
その一部が、次第に良く知っとる発情したオンナのモンに変わってくのも気付いとった。
せやけど、かつてのクラスメイトたち、それもオレが幼馴染でやっぱりクラスメイトやった和葉と結婚した事もこのパーティーに同伴しとる事も知っとるから、こんなあからさまな誘いを掛けてくるとは思わんかった。

クラスメイトやったから。
同窓会やったから。
『たかちゃん』の祝いの席やったから。
何よりも『妻である和葉』が一緒やったから。

理由は色々あったが、いつもは必要以上に寄せ付けへんように適度に距離を取っとるのに今夜は直接的なアプローチを許してもうたんは、要するに油断しとったて事や。

「……面倒やな。さっさと篭に帰りたいわ」

便所の鏡で襟元の様子を確認しながらひっそりと笑う。
鏡ん中の自分もひんやりとした笑みを返してきた。



今の平次はちゃんと女たちの秋波に気がつきます。
まあ、あらぬ方向に成長しちゃって、無意識に女性を誘うようにもなっちゃいましたが(笑)。
 
「 
失礼なやっちゃなぁ。オレの若々しさはオマエが一番良う知っとるやろが。
それとも、もっとカラダに教えて欲しいてか? 」

by 月姫
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