〜Lively Night〜 10 |
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たかちゃんの旦那さんになる人が登場して、会場は前より賑やかになった。 しかもその人はニュースや新聞で話題になってる名探偵に興味深々やったらしく、平次を捕まえて話し込んでしもた。 「ごめんなぁ、和葉。祐介さん結構推理小説とか好きでな、ずっと服部くんに会えるんを楽しみにしとったんよ」 「そうなんや。それにしてもええ人みたいで安心したわ」 「分かる?」 「声と話し方しか分からへんけど、凄い優しいそうな感じやん」 「そうなんよ。一緒に居って安心出来るん。やからどうしても和葉に会わせたかったんよ」 「惚気たかったんやろ?」 「まぁそれもあるけど、やっぱ親友には一度は会うて欲しいやん」 アタシとたかちゃんは高校んころ、一番仲が良かった。 違う大学に入ってからも時々会うては、お茶したりショッピングしたりて楽しい時間をぎょうさん一緒に過ごした。 そやけどそれは、アタシの眼が見えへんようになったのと同時に終わりを告げた。 今では会うことはおろか、電話で話すことすらほとんど無い。 「あ〜あ、たかちゃんが選んだ人がどんな人なんか見たかったわぁ〜」 「それやったら和葉が気にするほどやないで。服部くんの足元にも及ばんから」 「平次なん色黒なだけやで?」 「あそこまで黒光りしとったら十分やろ?」 遠い過去に置き去りにした時間に戻ったような会話。 少し離れてはいるけれど平次の鈴の音も聞こえて来るこの場所で、アタシは今日始めて心からの笑顔を浮かべてることが出来た。 「あっ、祐介さんが呼んでるわ。ちょっと行って来るな」 「アタシやったら気にせんとごゆっくり」 たかちゃんが立ち去る気配を確認してから、アタシは自分のグラスに手を伸ばして取ろうとした。 それやのに指がグラスに触れた瞬間、それは何故か無くなってしもた。 「氷が溶けて薄くなってるから、新しいんと取り替えて上げるな」 「おおきに…」 聞こえて来た声はクラスメイトやったけど、あまり仲が良くなかった女の声。 「はい、どうぞ」 「ほんま、ありがとな」 「どう致しまして、服部くんの奥様には優しくせんとあかんやろ」 「……」 嫌な感じや。 この手の女がほんまに親切やったことなん無い。 やから渡されたグラスのモノを飲むことを躊躇っていると、更に親切ぶった嫌味が降って来た。 「もしかして、飲ませて上げへんとあかんの?」 「……大丈夫やから」 こんな女は早く追い払いたくて、仕方なくグラスに口を付ける。 「んっ……ごほっごほっ」 「あっ、ごめんなぁ。色がよう似てたから間違えたみたいやわ。取り替えて来るな」 何これ?! めちゃめちゃ苦いし辛い。 「ごほっごほっ…んん」 ほんの少ししか飲んでへんのに、喉が焼け付くように痛い。 あかん。 このままやったら、せっかく平次が慰めてくれたイタミへの欲求が始まってまう。 「どないしたん和葉?大丈夫?」 今度聞こえて来たんは、みっちゃんの声やった。 「ごめん、みっちゃん。水貰って来てくれへん?」 「ええよ。すぐ持って来るわ」 さっきの女は絶対に戻って来えへんのが分かってるから、高校んころ仲の良かったみっちゃんに水を貰って来てくれるように頼んだ。 するとやっぱりあの女は来えへんで、みっちゃんはすぐに冷たい水を持って帰って来てくれた。 「おおきに、助かったわ」 「さっき和葉の傍に居ったの細谷やろ?何かされたん?」 「ウーロン茶や言うて、得体の知れへんモン飲まされてしもたわ」 「やっぱりなぁ。さっき服部くんにまったく相手にされてへんかったから、気になってたんよ」 平次があんな女を相手にする訳が無い。 そう分かっていても、体の中から湧き上がって来るモンを押し留めるんは難しい。 アタシを『遠山和葉』に留めてるんは、ええ子にしとったら平次がくれるご褒美だけ。 平次のご褒美を貰うんが今日のアタシの目標やから、今は自分の感情を必死で押し留めてる。 やけど喉の痛みがまだ残ってる今の状態やと後少し痛みが増えただけで欲求を抑えられへんようになってまうから、ちょっとお手洗いにでも行って気を紛わせた方がええかもしれへんな。 平次は動くなて言うてたけど、お手洗いやったら怒らへんやろし。 「なぁみっちゃん、悪いんやけど、ついでにお手洗いまで連れてってくれへんやろか?」 「うん、かまへんよ。ほな、ウチの腕に掴まって」 アタシの右手をそっと取ってくれたみっちゃんの腕に掴まって、賑わう会場をゆっくりと歩いて行く。 みっちゃんは邪魔な物を避けてくれたり、固まってる人らを退かしてくれたりしとったのに、アタシは不意に何かに左足を引っ掛けてしもた。 「きゃっ…」 「和葉!」 完全に足元を掬われてアタシはバランスを崩し、みっちゃんの腕に掴まってる腕に力を入れたけど体勢を保つことが出来へんでそのまま前につんのめってまう。 しかもアタシの前には誰か居ったらしくその人にぶつかってしもて、更にはその人が持っとった何か冷たい液体がアタシの上に降り掛かって来た。 それらはほんまに一瞬の出来事やった。 「す、すまん遠山!」 「大丈夫、和葉?」 慌てて謝る男の声と、アタシを支え直してくれるみっちゃんの声。 それと一緒に聞こえて来たクスクス笑う女たちの声。 「ちょっと!今業とやったやろ?!」 「変な言い掛り付けんといて。私ら何もしてへんのやから」 明らさまに笑う女たちに向ってみっちゃんが怒ってくれても、返って来たんは蔑むような笑いを含んだ女の声やった。 この声には覚えがある。 この女もさっき平次に言い寄っとって、軽く遇われとったヤツや。 「それより早う拭いて上げた方がええんとちゃう?せっかくの服部くんの奥様が台無しやで」 そう言い残すと、クスクス笑いながら女たちの気配はアタシから遠ざかって行った。 「アイツら…」 「おおきに、みっちゃん。そやけど、あんなん気にせんでええから」 「はぁ…。和葉は相変わらず人がええんやから。あんなんガツンと言うたったらええのに」 「それ一々やっとったら切が無いやろ?」 「まぁ、そうやけど。服部くんも罪な男やなぁ」 みっちゃんはブツブツ言いながらもアタシを近くにあった椅子に座らせてくれて、自分はすぐにタオルを貰いに行ってくれた。 相変わらず人がええ。 そんなコトないんやで、みっちゃん。 今のアタシは未だ喉から来るイタミと、髪や体に掛かった冷たい液体がくれる僅かなイタミに悦びを感じてるような女なんやで。 同窓会やから。 クラスメイトやから。 たかちゃんのお祝いの席やから。 そして何より平次のご褒美を貰うため。 ええ子にしてるだけなんやから。 お人好しの『遠山和葉』を演じてるだけやのに、アホな女はアタシの状況も分からずに嫌がらせをしてくる。 高校の頃はほんまにただのお人好しなアタシやったから、どんなに嫌がらせをされても黙ってそれをやり過してた。 そやけど、今は違うんやで。 「ほんまにすまん遠山…」 アタシが必死でイタミから来る快楽を抑えようとしていると、さっきアタシがぶつかってしもた男の声がした。 「お前がボケッとしとるから、あかんのやで」 「そやそや」 「遠山にちゃんと謝れや」 他にも数人の男の声がする。 「ぶつかったんはアタシなんやか………あんっ…」 少し体を上に向けたら、髪の雫が胸に落ちて更には胸の谷間を伝わってワンピースの中の体を直接刺激した。 「とお…やま…?」 ああ。 業と髪をゆらせば、冷たいイタミが数回アタシに襲い掛かって来る。 その度に、頭の中は朦朧としてしまう。 ええ子にしてへんとあかんのに… ええ子にしてへんと平次のご褒美が貰えへんようになるのに… こんなんなったんも全部、あのアホな女たちのせいや。 あんな女たちが居るから。 あんな女たちが平次に言い寄るから。 平次に近寄る女なん… ミンナ シンデシマエバ エエ… 『遠山和葉』の仮面は以外にも、あっさりと剥れ落ちてしもた。 イタミがくれる悦びに浸り始めたアタシは、今の本当の姿を曝け出す。 「なぁ…アタシ…欲しいモンがあるんやけど…」 眼の前に居る男たちを見上げて、アタシは極上の笑みを浮かべた。 もちろん。 両目にしっかりと”邪魅の眼”を湛えてや。 |
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