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鏡幻月華 ~ 五の昼 ~前編 |
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今の和葉にとって、性的にであれ精神的にであれオレが与えてやる快楽が全て。 もし万が一、あの篭を作ってからの事を誰かに気付かれでもしたらその先にあるのは多分破滅しかないやろに、そんなモン恐くはないらしい。 まあ、そんな風に和葉を変えたんはオレ自身やし別に後悔なんしとらん。 二人一緒なら地獄の底も極楽や。 せやけど、その気付いた誰かが工藤やった場合、あの『真実を暴く』事を錦の御旗のように掲げとるヤツは、二人一緒にいる事が全ての原因やゆうてオレらを引き離そうとするやろう。 和葉は少し不安定で精神的ケアが必要やからとソレ系の病院へ。 オレは友情の名の元の監視へ。 全ては推論でしかなく犯罪の証拠を挙げられへんし、夫婦間でお互いの合意がある以上セックスに少々アブノーマルな嗜好が入っていようが他人がどうこう口を挟む事やないから、それが工藤の考えうる最善策やろう。 勿論、大人しくされるがままになる気ぃなんないから使える手段全て使って抵抗したるけど、楽園はもう二度と手に入らなくなる。 それだけは絶対に避けなならん。 褒美を増やしたるだけでそのリスクを減らせるなら、幾らでもくれたる。 和葉のおねだりを了承したると、よっぽど嬉しかったんか助手席からカラダを乗り出すようにして抱きついてきた。 「何やってんだオマエら?」 車の外から聞き慣れた声がしたんは、丁度その時やった。 京都駅に近い交番の駐車場で、ぐずる和葉を宥めとるうちに待ち合わせの時間になっとったらしい。 「褒美の量はオマエの演技次第やで」 外の2人には気付かれんように和葉の耳元でそっと囁いて、そのカラダを押し返す。 『久しぶりに会う親友を歓迎する服部平次』を記憶の奥から引っ張り出しながら車を降りた。 「よお、工藤!姉ちゃんも、よお来たな」 「久しぶりだね、服部君。あけましておめでとう」 「おう、おめでとさん。正月早々、よう来れたな。オッサン放っといてええんか?」 「お正月だし、お母さんに頼んで来ちゃった。わたしが出かけて夫婦水入らずの方が、元鞘の近道でしょ?」 工藤の隣で姉ちゃんが悪戯っ子みたいに笑う。 姉ちゃんの両親は、今も相変わらずらしい。 懲りないっちゅうか、年甲斐もないっちゅうか、会えば痴話喧嘩繰り返しとるのはもう趣味やろな。 「平次!手ぇ貸してや!」 「おう!」 車ん中から和葉がオレを呼ぶ。 助手席側に回るオレの後ろを姉ちゃんと工藤が追いかけてきた。 姉ちゃんは和葉に会いに来たんやから当然やけど、工藤は自分の好奇心を満たすためやろう。 「なにやってたんだ?」 ナイスな質問やで、工藤。 心の中でひっそりと笑う。 疑問をそのままにしとけへんて性質は中々厄介な事も多いが、場合に寄っては都合がええ。 「和葉がな、せっかく来てくれるんやから初詣は姉ちゃんにも振袖着せたい言うとるんや。一緒に写真撮りたいんやと。目ぇ見えへんクセに写真なん撮ったかてしゃあないやろと思うんやけどな、まあせっかく『着倒れ』の京都に来てくれたんやし知り合いの店に頼んでみる言うたら、はしゃいで抱きついてきたんや」 ドアを開けて和葉が降りるのに手を貸しながら、さらりと答える。 『あの頃』のオレたちなら車ん中でイチャつくなん『らしく』ないやろし工藤が面食らうんもしゃあないが、結婚して2年も経っとれば和葉がオレに抱きついとっても、それを当然のように受け止めとっても、別段怪しまれるモンやない。 現に、姉ちゃんは工藤の隣でにこにこしながら見てたしな。 気を付けるとすれば、その理由だけや。 事前に打ち合わせなんしとらんかったから、工藤の今の問いかけは和葉に状況を説明するのに丁度良かった。 和葉がちゃんと理解しとるかどうか繋いだ手に少しだけ力を入れて確認したると、ちゃんとわかっとる言うようにオレの手をぎゅっと握り返してきた。 「蘭ちゃん?」 車から降りた和葉が手を彷徨わせる。 オレを放り出して姉ちゃんに駆け寄るんが『あの頃』の和葉。 目ぇ見えへん今は、駆け出す代わりにオレの手を振り解いて姉ちゃんに手を差し出すんが『らしい』動作や。 「和葉ちゃん!久しぶり!」 「久しぶりやね、蘭ちゃん。元気やった?」 「勿論!和葉ちゃんは?」 「元気やで!あ、そうや!あけましておめでとう、蘭ちゃん」 「あけましておめでとう、和葉ちゃん」 両手を取って再会を喜び合う和葉と姉ちゃんが、若いオンナ特有の高い声で笑う。 約束通りちゃんと『演技』しとる和葉がどんな褒美をねだるんか楽しみやな。 そんな思考を呆れたような表情の下に隠して、今までに何度もしてきたようにオンナ同士の感動の再会を邪魔せえへんくらいまで下がったら、後ろから工藤に肩を叩かれた。 「和葉ちゃん、既婚者だろ。何で振袖着てんだ?」 工藤の次の疑問は、和葉の着物やった。 これは和葉も含めてオレのオカンと話し合った事やから、素直に答える。 「ああ、アレな。去年の成人式、オレらは出えへんかったんやけど祝いだけでもしようやってなって、オヤジたちの休みに合わせて寝屋川のオレん家で祝いの膳囲んだんや。そん時に遠山のオッチャンが、和葉の成人式に着せよう思て振袖仕立てといたんにその前に結婚してもうたから着せられへんかったて嘆いとってな。普段オレらん事に口出さへん人やけど、酒もええ具合に入っとったからか本音が出たんやろ。ほんでまあ、正月やしいい機会やから着て見せてやろてなってな」 「府警、忙しいんじゃないのか?」 「オヤジも遠山のオッチャンも休み返上で働いとるわ。しゃあないから、ココ来る前に府警寄ってきた」 「あの格好でか?」 「当然やろ」 和葉と姉ちゃんが楽しげに笑っとるのを眺めながら、知り合いの貸衣裳屋に電話する。 前に、呉服屋も営んどるその店の跡取り息子を狙った殺人計画を未遂に終わらせてやった事もあるし、和葉のために浴衣やら何やら仕立ててやる時にも贔屓にしとる馴染みやからか、忙しい時期やろうに飛び込みの依頼も快く引き受けてくれた。 「和葉!予約取れたで!」 「ほんま?」 「いつでもOKやて」 「ありがと、平次!一緒に振袖で初詣行こう、蘭ちゃん!」 「でも……」 姉ちゃんが戸惑ったように眉を寄せる。 和葉が姉ちゃんに着物を着せたがっとるのはさっきの会話でわかっとったんやろが、いくらオレでも正月二日にいきなり貸衣装の予約が取れるとは思ってへんかったらしい。 「着物はイヤか?」 「ううん。でも……」 「支払いなら気にしなや。知り合いの店やし、姉ちゃんの艶姿見るためなら安いモンやて。な、工藤?」 ニヤリと充分に含みを持たせて笑いながら、工藤に振ってやる。 オレの笑みの8割がからかいやと気付きながらもさらりと受け流した工藤が、迷っとる姉ちゃんの背中を押した。 「せっかくの好意なんだし、着せてもらえよ。綺麗な振袖、蘭もやっぱり着たいだろ?支払いなら俺がするし、東京に帰ったらその分を手料理で返してもらうからさ」 「……うん。それならお言葉に甘えて着せてもらおうかな」 「ほな、早速行こか」 荷物をトランクに積んで、工藤と姉ちゃんを後部座席に乗せる。 和葉と姉ちゃんは2人で後ろに乗りたがったが、野郎同士で並んで座るのはゴメンやっていう工藤の主張で却下された。 ここまでは問題ない。 車内での会話も、はしゃぐ和葉と姉ちゃん、会話に入れずに不満げな工藤をからかうオレと、あの頃のままや。 あと約一日、工藤と姉ちゃんを送り出すまでこのままやり過ごすだけ。 ……それがどれだけ神経を磨り減らす時間になるんか。 後ろに座っとる工藤の気配を注意深く観察しながら車を走らせ、馴染みの貸衣装屋の駐車場に車を入れた。 着付けや簡単な髪結いまでしてくれる貸衣装屋はいつにも増して混んどったが、オレの顔を見ると女将さんが直々に迎えに出てくれた。 「急にすんません」 「いっつもウチがお世話んなっとるんやし、ええのんよ。ほんで、この方たちどすか?」 おっとりと上品に笑う女将さんに、工藤と姉ちゃんを『東京に住んどる友人や』と紹介する。 女将さんは工藤ん事を知らへんようやったが、従業員や客ん中には平成のホームズて異名を取る大学生名探偵を知っとるのも居るようで、あからさまやないが結構な視線が集まっとった。 「どうせやから、工藤が見立てたったらええやん。ついでにオマエも着たらどうや?」 「そうだな」 「寝屋川からずっと車での移動やったから和葉が疲れとるみたいやし、奥でちょお休ませてもらってくるからゆっくり選んだれや」 「ああ」 女将さんが呼んだ馴染みの従業員に工藤と姉ちゃんを託す。 姉ちゃんを貸衣装屋に連れて来るんはほんの思い付きやったが、緊張が続いとる和葉を少し休ませてやるのに丁度よかった。 「奥さん、スマンけどそっちの座敷借りるで?」 「ええけど、奥様大丈夫なん?」 「静かなトコで少しカラダ伸ばさせてやりたいだけやから大丈夫や。お茶とか気ぃ使わんといてな。ああ、男の方にな、支度が終わったら電話してくれて伝えてや」 「はい。ほな、狭くて申し訳ないんやけどこの部屋使うてください。ここやったら従業員も来ぃひんからゆっくり休めますやろ」 心配して世話を焼いてくれようとするのをツレに電話するよう伝言頼む事で暗に人払いを頼むと、察しのええ女将さんは少し奥まった座敷に案内してくれた。 重ねられた座布団と文机が置いてあるだけの窓のない四畳半のその座敷は、恐らくは主人夫妻が休憩に使うとる部屋やろう。 店からもそこそこ離れとって、オレにとってはかなり都合が良かった。 座布団を借りて和葉を座らせて、人の気配が無くなるのを待つ。 すっかり気配が消えてからも念のため一呼吸置いてから、外の人間に見せとる『服部平次』の仮面を外した。 |
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