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鏡幻月華 ~ 六の昼 ~前編 |
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「初詣やけどな。ここからやったら八坂神社が近いんや。有名処やし、ぎょうさん人が居る思うけどええか?」 「ああ、構わねぇ。蘭もいいよな?」 「わたしは和葉ちゃんと一緒だったら、どこでもいいよ」 「アタシも。やけど人が多いんやったら、アタシ足手まといになるけどええん?」 ほんまのアタシやったらこれ見よがしに平次にしがみ付くから別にええんやけど、今のアタシは蘭ちゃんのよう知ってる『遠山和葉』やからそういう訳にもいかへんで一応聞いてみる。 「もうそんなの気にしないで。和葉ちゃんのことはわたしがしっかり守るから、ね」 「オレも服部も居るし、和葉ちゃんは何も気にしなくていいよ」 「まぁせっかくの晴着なんやし、せぇぜぇ扱けへんようにしてくれ」 「もう、子供やないんやしコケへんわ!」 「ほんまかぁ?」 「う~~やったら平次も道連れにしてやる」 そう言うて小さな鈴が鳴る方へ両手をグワッてして突き出した。 そしたら鈴の音が少しだけ近うなって、アタシの両手は多分平次の腕やろうそれを鷲掴むことが出来た。 鈴の音と共にほんまに僅かやけど、さっきのご褒美の前払いで流したアタシの蜜の匂いもした。 きっと平次はあの時に使うたモンを、自分の胸元が袖に入れとるんやろう。 たったそれだけのコトやのに、アタシのアソコはまた潤み始めてまう。 「結婚しても変わってねぇなぁオマエら」 「なんか安心しちゃった…」 やけど後ろから聞こえて来た呟きに、快楽を求めようとしとった意識はいっぺんに現実へと引き戻された。 しかも工藤くんと蘭ちゃんの声からは、安堵の響きが伝わってくる。 良かった。 ばれてへん。 平次からはアタシにだけ聞こえる声で、気ぃ抜くな、て言われてしもたけど。 所構わず欲情するなん『遠山和葉』やったら考えれへんし、下手したらあの篭を失ういう最悪の事態を想像して、思わず体が小さく震えた。 ソレダケハゼッタイニイヤヤ…… ゆっくりと平次の体から離れながら、昔の、過去に置き去りにしてきた自分を探し出す。 『遠山和葉』は今でも時々寝屋川の家に帰るときに演じとるから慣れてはいるんやけど、蘭ちゃんや工藤くんの前で見せとった姿はそれまでも他の誰にも見せてへんような姿やったから今のアタシにはよう思い出せへん。 工藤くんはともかく、蘭ちゃんは『遠山和葉』が一番仲良しやった親友や。 アタシがこんなんなる前はそれこそ毎日くらいメールして電話もようしとったし、会えば二人してお互いの幼馴染について愚痴ったり恋話もしとった。 やけど、それは2年以上も前のこと。 今でも時々電話で話しはしとるけど、こうして直接会うんはアタシが失明したあの病院以来や。 やからどうしてええんか、戸惑ってしもうてる。 「和葉ちゃんはわたしの腕に捕まって」 蘭ちゃんがアタシの右手を取って、自分の腕やろう上にそっと置いた。 アタシはもちろん平次の腕に縋って行けるもんやて思うてたから、蘭ちゃんのこの行動には正直ありがた迷惑や、て思うてしまう。 もちろん、態度にも口にも出さへんけど。 さっきは自分から平次の側を離れて蘭ちゃんのとこに来たけどそれはその時だけやて思うてたからであって、初詣の間中蘭ちゃんの側に居る気なん更々なかった。 平次の側に戻りたい、そう願いを込めて平次の方を向いたんやけど。 「ほな和葉はそうさせてもらい。オレと工藤はお姫さん二人の後ろをお供さしてもらうさかい」 「蘭こそ、コケんなよ」 「もう、新一ったら」 「ほんまええん蘭ちゃん?」 「気にしないで」 アタシの願いはそんな言葉たちで、あっさり却下されてしもた。 口調がどんなに優しうても、アタシにとって平次の言葉は命令や。 それから蘭ちゃんは平次の道案内を聞きながら、着物いうんもあるんやろうけど多分いつもよりゆっくり歩いてくれた。 人と擦違うときは引き寄せてくれて、角を曲がるときには一度立ち止まってくれる。 段差が有ると声を掛けてくれて、大通りに出るとさり気無く自分が車道側に回ってくれた。 昔のアタシやったら大感激するはずのこれらの好意も、今のアタシには平次から引き離された気持ちの方が大きうて煩わしい。 「蘭ちゃん、もうええよ。一々アタシに気ぃ使うん大変そうやから、平次に…」 「そんなこと言わないで和葉ちゃん。わたしが好きでしてることなの。和葉ちゃんと少しでも一緒に居たいから、だってわたしたち親友でしょ」 「蘭ちゃん…」 平次の側に戻りたいいうアタシの気持ちは、蘭ちゃんの優しさいう大義名分の前には無理強い出来へん。 さっき平次からご褒美の前払いを貰うたばやりやけど、平次の側に居ったらもしかしたらこんな蘭ちゃんや工藤くんが居る状況でも、人がぎょうさんおる場所ででも、何かしらの喜びをくれたかもしれへんのに。 平次の側だけが、アタシの居場所なのに。 蘭ちゃんが居るせいで、それすら叶わへんなんて。 『遠山和葉』やったら絶対にこんな場合、平次より蘭ちゃんを優先したはずやから。 蘭ちゃんが居るだけで嬉しうて、はしゃいでた昔のアタシ。 やけど、今のアタシにそんな感情はない。 今のアタシにとっては平次が全て。 平次からアタシを引き離そうとする人間はすべて……テキ…… 笑顔で『遠山和葉』を演じとっても、心の中では蘭ちゃんへの不満が溜まっていった。 やけど平次からご褒美を貰うためには、内と外の感情がどんなに掛離れようと完璧に『遠山和葉』を演じきる必要がある。 そう思うて蘭ちゃんと笑顔でそれぞれの近況なんかを話しながら歩いていると、前方から酷く耳障りな声が響いてきた。 「あっ!服部くん!」 「わぁ~~着物着てる~~!」 「新年あけましておめでとう、今年もよろしくね、服部くん!」 「ねぇねぇ、もしかして隣に居るのって平成のホームズで有名な名探偵の工藤くん?」 「うっそう~!マジで~~?!」 何人居るんか分からへんけど、騒音のような女の甲高い声がそれこそ機関銃のように矢継ぎ早に捲くし立てて、いくら表面上だけやいうても和やかな雰囲気やったんをいっぺんに壊してしもた。 「服部くんて何着ても似合うだろうなぁって思ってたけど、和服姿もとっても素敵!」 「ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に写真撮ろうよ」 「もちろん工藤くんも一緒に!」 「新年早々、服部くんと工藤くんに会えてるなんてもう最高!」 「絶対みんなに自慢するんだから。ね、いいでしょ?」 ウルサイ…… 女たちのキィキィ声で、唯一平次がアタシの側に居るいう証の鈴の音が聞こえへん。 やから、思わず蘭ちゃんの腕を掴んでいた手に力が篭ってまう。 平次の周りに群がってくる女なんか、みんなそうや。 どいつもこいつも少しでも平次に気に入られようと、猫なで声で擦り寄って来る。 モシカシタラ ランチャン ヤッテ…… 「ごめんなさい。わたしたちも一緒なんで、少しは遠慮してもらえませんか」 アタシの思考が最悪な方へ傾きかけたとき、蘭ちゃんらしくない尖った声が隣から響いた。 それまで平次や工藤くんが何言うても、しゃべるんを止めへんかった女たちが一斉に押し黙る。 「それにこんな所で大勢で立ち止まっていると、他の人の迷惑になると思います」 「行き成りなんなのよ」 「そうそう。邪魔しないで、ほしいんだけど」 「ちょっと何なの、この女?」 女たちの矛先は、お楽しみを邪魔した蘭ちゃんへと切り替わった。 さっき以上の早さでまるで人数と言葉で蘭ちゃんをねじ伏せるように。 そやけど蘭ちゃんは、アタシを庇うようにしてまるで動じる気配がない。 「服部く~ん」 そんな中一人の女が、甘えるような高い声で平次の名前を呼んだ。 っと思うた瞬間、アタシの体はポンッと後ろに強い力で押されてしもた。 「え…」 あまりに突然やったから後ずさることも出来へんで、そのまま背中から誰かにぶつかってしまう。 「大丈夫か、和葉?」 チリンという小さな鈴の音と一緒に、聞こえてきたんは平次の声。 「ちょっとあなた服部くんの奥さんになんてことするのよ!」 「なんだ和葉ちゃんのこと知ってるんじゃない。だったら、和葉ちゃんの前で気安く服部くんに触れないで下さい」 あ、さっきの女は平次に触ろうとしてたんや。 やから蘭ちゃんはそれを止めさせよう思うて、アタシのことを。 アタシが見えへんのをええことに、女たちはこれ見よがしに平次に縋ろうとしてたんや。 きっとこれまでも、そうやったに違いない。 それを蘭ちゃんがアタシに気付かせてくれた。 そして言葉と態度で、平次はアタシのモンやて言うてくれた。 蘭ちゃんや…… アタシが好きやった、『遠山和葉』が大好きやった蘭ちゃんや…… アタシの中で小さな変化が生まれてきてる最中にも、蘭ちゃんと女たちの言い争いは続いとる。 蘭ちゃんはどんなに自分のことを言われても言い返さずに、アタシのことを言われたときにだけ本気で怒ってくれとる。 蘭ちゃんはちがう…… ランチャンハホカノオンナトチガウ…… |
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