鏡幻月華  〜 六の昼 〜後編
「いい加減にしてくれないか!」

周りの雑踏の音も車の走る音も女たちと蘭ちゃんの声に掻き消されとった中、工藤くんの苛立ちを含んだ大きな声が響き渡った。

「君たちが服部の知り合いだと言うから我慢してたけど、行き成りこんな場所で騒ぎ立てるなんて非常識じゃないのか?それにオレの蘭に対しての暴言は、とても許せるモンじゃねぇ」

少しずつ言葉に棘が混じり、最後の方は怒り心頭いう感じや。

「わ…私たちは別にそんなつもりじゃ……」
「そんなつもりもこんなつもりも関係ねぇ。不愉快だ!蘭に謝れ。もちろん、和葉ちゃんにもな」
「な、なんでそんなに工藤くんが怒るの?このお…このヒトは工藤くんの…」
「蘭はオレの婚約者だ」

平次とアタシはただ黙って事の成り行きを聞いとったんやけど、工藤くんのこの一言には流石に驚いてしもた。
やって、そんなん聞いてへんかったから。
アタシだけやのうて平次からも驚いた様子が感じられるいうことは、知らへんかったんやろ。

「工藤…オマエいつの間に…」
「実は去年のクリスマスにおっちゃんと一線交えてさ、やっと承諾貰ったんだ」
「そうやったんか」
「まぁな。報告が遅くなって悪かったけどよ。オメェと和葉ちゃには、直接会って報告したかったんだ。な、蘭」

工藤くんの声からはさっきまでの怒りは嘘のように消え去って、代わりに照れたような少し弾んだモンになっとった。

そうなんや。
蘭ちゃんと工藤くん、婚約したんや。

「ごめんなさい!」

アタシらが一瞬和やかムードになったのを狙ったんか、女たちが捨て台詞んようにそう叫んで走り去って行く気配がした。

「あっ!おいっ!待ちやがれ!」
「もういいじゃない新一」
「しかし…」
「いいの、わたしは気にしてないから。それよりさっきはごめんね和葉ちゃん。急に押したりしちゃって」

工藤くんは女たちを追い駆けようとしたみたいなんやけど、当の蘭ちゃんがそれを止めた。
しかもそんなことよりアタシを押したコトを気にしとるみたいで、小さくなった声がほんまに申し訳なさそうに聞こえる。

ランチャンハホカノオンナタチトチガウ……

頭ん中にまたこの言葉が浮かんだ。
蘭ちゃんは平次が居っても、平次のコトやのうてアタシを気遣ってくれる。
昔もそうやったけど、きっと今も自分のことよりもアタシのことを心配してくれとる。
それに蘭ちゃんには工藤くんが居る。
平次と並ぶくらい優秀で、平次と同じ名探偵の名を持っとって、見た目も中身もええ工藤くん。
その工藤くんが蘭ちゃんには居てる。

「和葉?」
「和葉ちゃん大丈夫?どっか具合でも悪くしたんじゃ…」

何も反応を返さないアタシに、平次と蘭ちゃんの不安そうな声がする。

「蘭ちゃん」

自分でもびっくりするような甘えた声が出た。
平次以外の人に、篭に入ってからこんな声音を出したことなんないのに。

「蘭ちゃん」
「わたしなら、ここに居るから」

声がする方へ右手を伸ばしたら少し冷たい優しい手が、アタシの指をそっと握ってくれた。
やからその手を引っ張って蘭ちゃんの居場所を確認し、右手は繋いだままで左腕を伸ばしてその体に抱き付いた。

ああ、蘭ちゃんの匂いや。

忘れとった懐かしい匂いに、遠い昔に置き去りにした気持ちが戻ってくる。
アタシが大好きやった蘭ちゃん。
いっつも優しくて強くて温かくて、まるでみんなのお姉さんみたいやった蘭ちゃん。
やけど涙脆うて寂しがりやで、必死で工藤くんの帰りを待っとった蘭ちゃん。

「蘭ちゃん、ありがと」
「和葉ちゃん…」

アタシがギュッて腕に力を込めると、蘭ちゃんもそっと抱締め返してくれた。

「和葉ちゃん、大丈夫のなのか?」
「あ、ああ。数年ぶりに姉ちゃんに会えたんや、鈍いヤツやから今頃その感動が脳に伝わったんちゃうか?」
「だったらいいんだけどよ。それよりオメェ……」

後ろから聞こえてきた工藤くんと平次の声。
平次の声には珍しく少し動揺したような感じが含まれとる。
それがほんの少しだけ気になったんやけど蘭ちゃんの、このまま初詣行ける和葉ちゃん、いう言葉にアタシの意識はこっちに戻ってきた。

「もちろんやで蘭ちゃん。ほな、またアタシんこと頼むな」
「任せて」

今度こそ本当にアタシは、自分から蘭ちゃんの腕に縋り付いた。
ご褒美欲しさの表面だけ繕ったモンと違う、心底蘭ちゃんにアタシ自身を任せるために。
光を失ってから平次以外の人の側で、こんなに安心して居れることなん初めてや。

それからは会話も弾んだ。
『遠山和葉』をわざわざ演じんでも、アタシの口からはいくらでも蘭ちゃんに対する言葉が溢れてきたから。

蘭ちゃんとぎょうさん話したい。
今の蘭ちゃんをもっと知りたい。

さっきまであんなに蘭ちゃんのコトを疎ましく思うとったのに、そんな感情は今では欠片も残ってへん。

今でもアタシには、女友達いうんは何人か居てる。
もちろん会うことはなくて、電話で話しをする程度やけど。
やけどその友達らと蘭ちゃんは、明らかに違うトコロがあるんにアタシは気付いてしもた。
以前たかちゃんのお祝いを兼ねたクリスマス会に出席したとき、誰も彼もが平次のコトを気にしとって、アタシの親友いうてる友達でさえ平次の前では態度が違った。
やけど、蘭ちゃんにはソレがまったくない。
平次がすべての今のアタシには、友達などましてや女の親友など無理やと思うてたけど。

蘭ちゃんやったら……

それからの初詣は予想通りぎょうさんの人でお参りするまでにも随分の時間を並んで待ったんやけど、特に気分を害するようなことものうて楽しい時間やった。
まぁ流石に平次と工藤くんが一緒に居ったら気付く人も多て、二人は声を掛けられたり握手を求められたりしとったけど、アタシと蘭ちゃんはそれを和やかに受け入れる。
アタシでさえ感じる女たちの執拗の視線や囁きでさえ、さらりと流すことが出来た。

お参りが済んだ後みんなでおみくじを引くことになり、普通のおみくじと『恋みくじ』いうんがある言うから、アタシと蘭ちゃんはそっちを引いてみることにした。
平次と工藤くんは普通の方でええ言うてるから、そっちにしたみたいやけど。
角ばった少し重い筒状のモノを手渡され、それを数回カシャカシャ振ってから逆さにする。

「和葉ちゃんは『九』だって」
「蘭ちゃんは?」
「わたしは『十四』だったよ」
「オレは『七番』や」
「オレも『九』だぜ」

みんなの番号が出揃うたから、揃って授与所へおみくじを貰いに行く。
アタシのは蘭ちゃんが一緒にもらうてくれて、読み上げてくれるらしいんやけど、どうしたんかなかなか教えてくれへん。

「どないしたん?」
「あのね…」
「うん」
「え、とね…」
「和葉は『凶』や」

蘭ちゃんに代わって教えてくれたんは、もちろん平次。

「そうなん?」
「うん。でも、気にしないで」
「そうそう。こんなの当てになんねぇって」
「そういう工藤は何やったんや」
「……『凶』だ。悪いかよ」
「ほ〜、オレは『末吉』や」
「わたしも」

どうやらアタシと工藤くんが『凶』で、平次と蘭ちゃんが『末吉』やったらしい。

「ここ八坂神社のおみくじは一番から十六番まであって、その内2つの番号が『凶』とされとる。ほんでもって筒ん中には同じ番号が2本ずつ入っとるけど、『凶』の番号だけ1本づつや。つまり30分の2ちゅうことで、他のどのヤツより出る確率が低いはずなんやけどなぁ」
「何が言いたいんだテメェは?」
「『宝くじ』でも買うたらどうや?結婚への近道になるかもしれへんでぇ〜」
「知らせなかったコトを根に持ってやがるな」
「アホ言うな。人生の先輩として助言してやっとるんや」

平次と工藤くんの遣り取りは、昔に戻ったみたいにいつまでも続いとる。
やけどアタシもその確立の低い『凶』やから、おみくじの内容が気になってしもた。

「なぁ、蘭ちゃん。アタシのおみくじ何て書いてあるん?」
「あのね…」

蘭ちゃんは丁寧に全部読んでくれたけど、やっぱり『凶』だけあって碌なことが書かれてないようや。
そん中でも一番気になったのが、『いつわりの心有れば恋も結びつくことなし』いう文句やった。

このおみくじは恋とは違うけど、蘭ちゃんとアタシのことを思うて引いた。
やからこれはアタシと蘭ちゃんとのことや。

今のアタシは蘭ちゃんに対して偽りだらけや……

俯いてしもたアタシを心配した蘭ちゃんが、みんなでおみくじを結んで帰ればきっと御利益もあるから、言うてくれて4人揃って木に結んで帰ることにした。
途中、蘭ちゃんがお守りが欲しい言うから授与所に立ち寄ると、縁結びのお守りには『鏡』が付いていて可愛いいう声が聞こえてきた。

カガミ……

鏡があったらアタシと蘭ちゃんは、繋がっておれるかもしれへん。
到底、神様には縋れへんアタシやけど、鏡にやったら縋れるかもしれへん。

蘭ちゃんにそれとなく縁結びのお守りを勧めると、何を思うたんか工藤くんが自分のも合わせて2つ授けてもらうことにしたみたいやった。
やけど平次とアタシはお守りを授かったりはせぇへん。
蘭ちゃんたちにはいつでも来れるから言うたけど、アタシらが神様を頼ることはもうないやろ。
今のアタシらに、そんなことが許されるはずもないし。

こんなアタシやけど、アタシはもう一度蘭ちゃんと仲良うなりたい。

そう思えただけでも、この初詣はアタシには十分に価値のあるお参りやった。



和葉ちゃん、蘭ちゃんへまっしぐらの巻。(笑)
この和葉ちゃんはある意味純粋なんで、自分の欲求にも素直です。



「 ほんまや、これ大きい。……ってちゃう!お年玉いうたら『おぜぜ』のコトや! 」


by phantom
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